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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第31話 翁坂⑸

「何で上の階に行くエレベーターに乗ってたのよ!」


 女性が歩きながら叫ぶ。俺の少し後方にいる。


「3階って言っていたろうが」


 隣にいた野球帽を被った男性が反応する。どうやら喧嘩をしているらしい。2人のそばには警官が同じ数だけ。苦々しい顔をしている。仲裁でもしてるのだろうか。こんな時に無関係な話の仲裁をしなくてはいけないとは、お勤めご苦労様、というやつだな。


「いいえ、1階って伝えたわっ」


「いいや、1回も話してないっ」


 俺は渡された毛布にくるまりながら、つい笑ってしまった。あんな一大事を経験した今だからだろう、まさか他人の痴話喧嘩がこんなにも安らぎの材料になるとは……


「そもそも、アンタが言わなきゃ私はこんな……この腐れヤク中バカッ!」


 ……え? 今、なんて言った??


「俺だけ捕まるか。道連れに決まってんだろっ、このアバズレ!!」男も負けじと言い返す。


「なんだと、このクソ……」


 女性も言い返そうとしたところで、隣にいた警官が「そこまでだっ」と一喝した。同時に、両者とも腕を強く引っ張られるように掴まれた。それを契機に、下劣な罵り合いが終わり、電池の切れたおもちゃのようにピタリと喋らなくなった。


 引かれるように歩いているからか、両者の歩行スピードが上がる。次第に俺の横を通り、前方へ。その時、間違いに気づいた。警官は仲裁しようとしたのではなく、逮捕したからそばにいたのだと。


 俺はふと気づき、再び視線を斜め後ろに戻す。確認は取れた。あの2人が歩いてきたのは、アイトドス。つまり、あの騒動があった施設の中にいたということだ。あんな大変なことが起きていた裏で、一体何が起きてたんだ……


 俺は視線を戻す。連れられている2人が見慣れた青い作業服の隣を通る。仁王立ちで首を左右に折り、肩を回していた。俺は駆け寄り、距離を詰めた。


「あのっ」俺は声をかけた。


 橘さんは肩から上だけ振り返る。ほぼ同時、俺も急がせていた足を止める。


「さっきは色々とありがとうございました」


 残りの部分も後ろに向けると、「言ったろ、気にすんなって」とポケットに手を突っ込んだ。


「ただあいつらが気に食わなかったからボコっただけだ。姑息な手を使ってるあいつらを叩きのめしただけだ」


 叩きのめす、という表現がここまで的確に似合った人を俺は見たことがない。


「で……そのぉ……」俺は耳たぶの後ろを掻く。理由は、かゆかったからということ以外に、緊張と迷いを感じていたからだ。こんな変なことを聞くべきなのだろうか、と。


「俺と昔会ったことあります?」


「……は?」


 やはりな。何言ってんだコイツ、という反応をしてくる。


「いや……すいません、ないですよね。ゴメンなさい」


 俺は一言挟んで言葉を変えて、2回謝罪した。


「なんかちょっと、心当たりがあって。最初に会った時から」などという取って付けたような言い訳をすぐ様とつとつと述べながら、俺は自分の中でこんな想いを抱いた理由付けをしていた。そうだ、これは他人の空似というやつが起きたのだ。橘さんは誰かの顔におそらく似ているのだ。うん、そうだ。そうに違いない。


「ずっと心の中で誰かに似てるなーって思ってたんです。それで……」


「翁坂さん、だっけ?」


 橘さんが口を開く。顔はしかめっ面のままだ。


「は、はい……」


 俺は顔が勝手に傾いていくのを感じた。で、上目遣いになる。何か言われる。ていうか、怒られる。もしかしたら殴られるんじゃないかという予感が脳裏をよぎり、俺はビクビクと神経をとがらせ、体に緊張を走らせる。


「面白いな」


 橘さんが表情を崩した。しかめっ面が笑顔に変わったのだ。予想とは180度違う現象に思わず言葉を失い、顔が元の位置に戻った途端に固まった。何がどこが面白かったのか、全く分からなかった。言葉を失い、何と言っていいか。どうにか言葉をひねり出そうと考えるも、頭の中はまだ白いまま。


「じゃあな、また会ったら」


 橘さんはそれ以上補足説明はせず、体を元向いていた方向に戻すと、歩き出した。もちろん、規制線の方にだ。さほど距離はない。


 俺はその勇ましい後ろ姿を見て、思った。いや、よく思い出せない他人の空似ってなんだ、と。誰かの顔におそらく似ている、とかアバウトにもほどあんだろ……そうだ違いないとまで思っていたさっきまでの俺が恥ずかしくなる。歳のせいなのか、疲れのせいなのか。はたまた老けのせいなのかもしれない。


 なら、他人の空似じゃなく、ただの勘違い? 思い違いだった? けれど、どこかで……


「ったく……後片付けする身にもなってくれよ」


 橘さんが顔を上げる。そちらに視線を俺も向けると、焦げ茶色のコートを着た男性が手を挙げながらそばに近寄った。


「すいません」橘さんは首を前に倒した。


 男性は表情を和らげた。「久しぶりだな」


 知り合いなのだろうか?


「ここにいるってことは、なんだ? お前も巻き込まれてたのか?」


「ええまあ。仕事で来たらたまたま」


 男性は笑みを浮かべた。「お前が仕事とはねぇ……」としみじみと話した。やはり、知り合いなのだろう。初めて会った人だったら、あんな反応はしない。


「なんだ? 橘って」


「いや、本名でやったら断られていたので」


 えっ……てことは、橘って偽名だったのか? 脳内がパニックになる。


「それ、大丈夫なのかよ」


「なんか、ニックネームでもいいらしくて」


「……まあそれだったら、ギリオーケーか」


 男性は腕を組んで、「そういや、あいつらとは会ってるんか?」と話題を切り替えた。


「たまに」


「たまに?」


「任せられる奴に任せてるんで」


「下手に干渉し過ぎてもってやつか。くぅ〜頼られる人間も大変ですなぁ〜」


「まあまあですよ」


 橘さんのトーンが下がっていく。気を悪くしている、というのが遠目でも分かった。


「すまんかったな、呼び止めて」


 俺よりも遥かに近い距離で見ていた相手の男性も気づいたのだろう、規制線を持ち上げた。


「ま、今度から喧嘩は島の外頼むぞ、エンペラー(・・・・・)


 ん? エンペラー??


「昔の名前で呼ぶのは止してください。今は、まともに暮らしてんですから」


「悪りぃ悪りぃ」顔の前で手を見せた。


「それじゃあ、この辺で」規制線をくぐって去っていく。


「おう」


 エンペラー……後ろ姿を見ながら、俺は視線を落とした。どこかで聞いたような……あっ……えっ、エンペラー!? 橘さんって、あのエンペラーだったの! 何百人が一斉に殴りかかってきたのに、即座に全員泡吹かせた、っていう!? あの“タイガー&ドラゴン”のタイガー!?!? マ、マジかよ……


 まるで棍棒で殴られていたような凄まじい衝撃が体を襲う。同時に、異常なぐらい強かったことも、人間離れしたい力で人間を吹き飛ばしていたことも腑に落ちる。


 けど確か、島から出たんじゃなかったっけ? 今の平穏があるのもそれのおかげ……理由だって聞いたことある。行方不明になったとか死んだとか色んな噂があったけど、あの元気な姿を見る限り、どれも間違ってたみたいだ。てことは、どっかで……あっ、そういえば、バックパックをしてたとか話してたけど、もしかして??


 色々な疑問の答えと更なる疑問が頭の中で続々出現し、そして整理されていく。一方で、俺の体は既に手帳とペンを取り出すために、ポケットやバックの中を探った。エンペラーと何かしらコンタクトを取れるかもしれない。ようやく見つけた俺は手に持って、落としていた視線を上げる。が、もう姿は見えない。こんな機会はない。急いで、追いかけようと足を動かす。


 だけど、目の前をストレッチャーが通過して、早速阻まれる。


「目を覚まして下さいっ」


 ねずみ色のスーツを着た男性が横になっている男性の肩を揺らしながら叫んでいる。その隣と向かいに2人、マスクとヘルメットをした男性救急隊員がストレッチャーで運んでいる。皆、駆け足だ。


「起きて下さいよ、ビージェー(・・・・・)さんっ!」


 呼んでいるのは名前だろうか。だとすれば、外国人か。とにかく、必死に声をかけていた。距離が離れていく。目で追うと、先に赤いサイレンが点滅した救急車が待機しているのが見えた。いつでも来いと言わんばかりに、バックドアが開ききっている。


 ん? ちょっと待って。凄い勢いで去っていったから、顔とかまでは見えなかったけど、上に乗ってた人、白衣着てなかったか?


 確認しようも、すぐさま扉が閉められ、叶わなかった。間髪入れず、救急車は、危機的状況だからそこどけそこどけと、激しいサイレン音をかき鳴らしながら、走り去っていく。


 知り合いでもなんでもないけれど、ウーウーという波のある音は精神を妙に不安にさせる。


 大丈夫だろうか……

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