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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第25話 早乙女愛⑷

「う、動いたら刺すからなっ!」


 抵抗しようにも身体を動せない。ナイフを首元に突きつけられた時からずっと、体は固まったままだ。まるで冷たい氷水でも浴びせられたみたいに、心臓が急激に締められて恐怖で身体がすくむ。

 移動する時だって、後ろで構える男の人と一緒。一歩前に出れば、私も出る。一歩横に動けば、私も動く。操られるがまま、従うしかない。目の前にいる男性たちは脅迫のせいで、一定の距離を置いている。ただ、私の顔を心配そうに見ているけれど。


「お前も仲間なのか?」


 そう話すのは、私が腕を拘束した店員さん。手首に赤くなった痕が見える。


「そうだ。そうだよ。何が悪いっ」


 一言も口にしていない悪いという言葉を発し、大声を出す。シャッと、耳元で聞こえた。空を素早く切る音。直後、目の前の3人の顔つきが変わる。視線も落ちている。


「いいか、少しでもその場から動いた……」


 声が止む。


「あっ気づきました?」


 後ろから声がした。女の人だとすぐに分かった。ロリータファッションの人だというのも。


「ど、どこにそんなの……」


 首元に突きつけられているナイフが揺れ始める。動揺のせいだというのは、声の震え具合から把握できた。


「見ての通り、袖の下ですわ」


「お、下せ」


 ふふ、と息を漏らす。多分、笑ったんだ。


「それはわたくしの台詞です。女性を人質にするなど、殿方がすることではないですわ」


「うるさいっ。少し動いたら」


「ゴメンなさい。見えてないようなので、教えて差し上げます。実は、あなたの首元に針があるんです。細くて長くて鋭いのが」


 ロリータファッションの人は「感じるでしょう」と続ける。


「息を吸うたび、唾を飲むたび、喉に微かな痛みが走る感覚がほら」頭の後ろからカチャという金属音が聞こえてくる。「少しでもナイフを動かしてみなさい。全て終わります」


 体が震えだす。私ではなく、後ろにいる男に向けて言ってるって分かってるはずなのに……可愛らしい声の中に潜んでいる異様な雰囲気と有無を言わせない圧が脅しじゃないと伝えてくる。


 だから、男はもっと、だ。手元が何かの間違いで狂ってしまうのではないかと思うぐらい、小刻みな揺れが止まらない。


 耳元に何かが触れる。横目に見る。長い髪の毛だ。


「雨が降りますわよ」囁き声は女の人。「あなたの血のね」


 視界にとらえた、ナイフが床に落ちていくのを。


「逃げてください」


 聞こえた途端、燃え盛る炎が出現したように、大量のドライヤーで温められたように、凍っていた体が動き出す。私はすぐさま、その場を離れる。


 直後、横を何かが通る。私がいた方向へ進んでいく。

 それが、《《要君》》だということに気づいたのは、通った方向に視線を動かしてからだった。




 ——強圧的に叫ぶと、黒い棒状のものの口を天井に向けた。直後、強烈な炸裂音が口から吹いた。


「キャァアァ!」短くも強烈な悲鳴があとを追うように続いた。


 たじろぐ人々。当然だ。銃を天井に放ったのだから。


「だから動いてんじゃねえっ!」覆面の、おそらく声からして、男は再び銃声を轟かせた。


 声も体も固まる人々。瞬間冷凍でもされたかのようだった。


「全員手をあげて、ここに集まれ」指をさしたのは、私がいた入口近くのスペース。指示通り、私も他の人も手をあげて、歩く。


 命令した人が顔を後ろに動かし、他の2人と話し始めた。時折、1人が持っていたスマホを持ち上げながら。


「組長」


 耳元で聞こえた声に脳が過敏に反応する。こんな状況でも、判別つけられる脳みそを持ち合わせていることに驚いた。視線を向ける。


「か、要君!?」


 とは言っても、一番驚いたのはこのことだけれど。


「しっ、静かに」要君が小さい声で呟く。格好は、いつも着ている青いスカジャンではなかった。「振り向かず聞いてください」


 私が少し顔を動かしたからなのか、そう忠告すると、淡々と「作戦があります」と一言。


「今より1人減ったら、俺がトイレに行きたいと奴らに伝えます。そしたら、一緒についてきてもらえますか」


 私は少しだけ首を動かす。


「減らなかったら?」


 手短過ぎた事と詳細が一切分からない事もそうなのだが、一番の理由はこれだ。


「どうにかします」


 作戦はなし、か、苦肉の策、か……


「信じてください」


 何かあるわけでもない。私は縦に一度頷いた。分かった、の意味で。


「ありがとうございます」


 今より……てことは、2人になったらってことか——




 要君はナイフ男の前で止まる。そして、足の甲を左足で強く踏みつけ、えぐる。苦悶の表情を浮かべて怯むと、えぐった足を軸にして空いていた右足を上げ、顔の側面を蹴り飛ばした。


 男の顔が波打つ。頬、顎、そして髪。そして顔から真横に弾け、多目的トイレの緑色のスライド式扉へと飛ぶ。体ごと無抵抗なまま、当たる。ドゴンという鈍く大きな音が響いた直後、液体が伝うかのように地面へと垂れた。どんな顔をしているのか、状態なのか分からないけど、通常の人間の動き方ではないことは確か。ぞっとする。


 要君は足を揃えると、ゆっくりと歩き出す。あの男の前で立ち止まると、しゃがんで、かけていた《《サングラス》》を外した。


「二度とやんな、クソ野郎」


 唾でも吐く勢い。辺りは静寂に包まれる。


 や……やりすぎだよ、要君……




——「私が話すよ」結束バンドで要君の手首を結びながら、そう囁いた。怪しまれない程度に耳元の近くで声を落とす。


 いつもと違う服装だったから、タイミングを見計らって姿を見た時は一瞬判断が遅れたけど、組長オーラが凄いから分かった。


 要君は視線を斜め右下に落とし、咳き込み、「そんな辱め、させられません」と誤魔化した。


「女性発信の方が受け入れられやすいし」なんとなくそんな感じがした。


「しかしっ」


 私は結束バンドを結ぶ。同時に話す声もやむ。


「組長命令よ」


 要君は眉を一度ピクリと動かすと、視線を戻した。どっかの将軍様が印籠を見せた時みたいにねじ伏せ、押し通した——




「お怪我は?」


 視線を右へ。先ほどのロリータファッションの女の人が私を見ていた。


「いえ、大丈夫です」


 女の人は安堵の表情を浮かべた。「なら、良かったですわ」

 そして、右の袖下に針をしまった。確かに、先が見えないほど長く鋭く細い。あんなのを突きつけていたんだ……


「ありがとうございました」


 私は頭を下げながらお礼を言うと、「礼には及びませんわ」と別人のように優しく微笑んだ。


「こんな状況下ならばできることをするのが当然のこと。わたくしはただそれをしたまでです」


 続けて、「まだ手を洗っていませんので、一度失礼致します」と優雅に一礼し、トイレへと戻った。


 私は深く息を吸い、大きく吐いた。とりあえず自由になった。となると、問題は翔の安否だ。今どこにいるんだろう……


「そういうことだったのか」


 そう話したのは要君。左に顔を戻すと、蹴り飛ばした男の靴をじっと見ていた。ねずみ色に派手なオレンジで模様付けされているスニーカーだ。


「何がです?」


 話しかけようとした店員さんが要君に声をかける。


「スニーカーの模様です」要君は指をさす。「少し妙だなと思ってたんですよ」


「心当たりでも?」


「まあ……」


 歯切れの悪い返事をすると要君は、「模様が左右バラバラで一貫性がない。なんとも変です」と続ける。敬語のままなのは、あくまで一般人であると、正体を隠すためなのだろうか。まあ、いつものスカジャンではなく、爽やかで溶け込みやすい服装をしているあたり、その類いのことなんだろう。けど、サングラスはそれに不相応であるように思う。


 店員さんはじっとして話を耳を傾けている。


「それと、ここ」


 靴のかかと部分を指差す。


「最も濃く模様が施されているのがここだというのも、なんだか妙です。左右バラバラでかかとにあるのが仮にオシャレだとしても、靴の側面だったり甲の部分だったりにこれほどまで無機質で残骸のような模様にもならない模様が描かれているというのは、ちょっと考えにくい」


「じゃあ、何が?」


 要君は返答せずに、男の足の裾を持ち上げた。折れて重なっていた部分が顔を出す。


「あっ」


 店員さんは気づいたようだ。私も遠目にだけど見えた。そして気づいた。


「同じ色なんです」


 そこには、オレンジの染料が小さな点を2、3箇所作っていた。


「既に作られた靴から飛ぶというのは考えられない。ならば、このマークは靴の製作以後、もっと言えばついさっき作ったのではないかと」


「でも、そんな模様がつくようなこと……」


カラーボール(・・・・・・)を当てられたんです」


「カラーボール?」


 確か、コンビニとか銀行とかで防犯や装備に使われる、店員さんが犯人に向かって投げる特殊染料入りのボールのことだよね?


「ついでに盗むとか話してましたから、おそらくどこかで強盗か何かしたのではないでしょうか。その際に、カラーボールを当てられた、もしくは足元で弾けた染料がはねたのではないかと」


「だから、こんな妙な模様になった……」


「そういうことです」


 そう話している間にも、私の不安は膨らんでいく。私たちのところにいないってことは捕まってはいないはず。そんな報告も来てなさそうだったし。となると、考えられるのは外に出ているか、まだどこかに隠れているか。電話は通じないと言ってたし、探すしか……


「そこまでだ」


 明らかにおかしなワードが後ろから耳に届く。私たちの誰もこの言葉を使うことはない。なのに、聞こえた。


 恐る恐る振り返る。自然と出た行動。だから、もうどこかで分かったのかもしれない。両目で全てを捉えた瞬間、最悪という言葉が頭と体を駆け抜けた。もう嫌だ、これ以上は止めてと叫びたくなる。


「やけに遅いと思って来てみりゃ……」


 リーダーは視線を落としながら、他の2人よりも前に出る。


「何暴れてくれてんだ、テメェら?」


 怒りがこれでもかと込められた表情で、リーダーは私たちを見てきた。


 はい……絶体絶命というのはこういう時に使うのだと、今、身をもって知りました。

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