王という者
1年以上あけての投稿となります。間隔があいたため文体の統一が損なわれて読みづらくなるかもしれません。申し訳ありません。
「この者で最後にございます。」
「うむ。異界の男、こちらに参れ。」
先ほどまでいた暗く湿った、寒々しい水牢とは違い、今俺は広く豪奢な空間に立っている。
周りに俺と同じ地球人はいない。順番に扉の中に通され、別の出口でもあるのか、その後戻ってきた人はいなかった。
さきほどの”見せしめ”を見た以上、俺に目の前の男、アセト王に対して軽率に抗おうという気など起こるわけもなく。いわれるがまま、石畳の床から絨毯の上へと1歩、また1歩と進む。
横目に視線だけで周囲をぐるりと見渡すと、豪華ながらに趣味の悪い華美さはなく、むしろ堅牢な部屋の様相が見て取れた。
(玉座の間、ってやつだな。)
玉座の間というと、ばかでかい扉に赤じゅうたん、これでもかという豪華な飾りをイメージするのは俺だけじゃないと思う。だが現実は、他よりいくぶん大きい程度の重々しい感じの扉に、絨毯も豪華さよりも純粋に防寒のため、って感じでお世辞にも色鮮やかといった感じはない。色彩でいうなら、そもそも部屋を灯す明かりが壁に掛けられた燭台やかがり火、そしてそこそこ豪華な暖炉が1つ程度なのがどこか陰気というか重苦しい雰囲気を植え付けてくる。
この建物に来るときに一度外を通ったが、外は夜の帳の降りる頃で、雪も積もっていた。防寒と、もしかしたら侵入者対策もあるのかもしれないが窓も締まっている。なんとも、息の詰まる重苦しさだ。
閉められた窓。豪華さよりも堅牢さを感じさせる作り。もしかしたら、入り口の扉がそこまで大きく作られていなかったのは、一度にたくさんの敵が入るのを防ぐための設計だろうか。
(戦争でもしてるんだろうか……。)
「とまれ。」
そんなことを考えながらも歩みを止めずにいれば、気が付けば玉座の前まで来ていたようだ。衛兵の声にビクリとし、一度正面を見る。玉座には、俺と同年代か少し若い程度だろうにその風格はたしかに王様なんだろうと思わせる、アセト王の姿が。その横には、こぎれいな恰好をビシっと着こなしている側近だろう初老の男と、鎧を着こんだ衛兵。
と、じろじろ観察するのは良くない。衛兵の言葉に素直に従い、その上で命じられてはいないがその場に膝をつく。この世界での王族への礼儀作法なんてものは知らないが、直立不動で相手を見据えられるほど、俺は肝が据わってはいない。
「ふむ。礼を心得ているか……それでいて、先の者どものようにひどく怯えた風もなし、と。」
首を垂れる俺の頭上からそんな言が聞き取れる。聞き覚えのない声は、側近の男だろうか。どう評価されているかは知らないが、いいのか? 悪いのか?
「……この者で最後といったな。」
これはアセト王の声だな。
「はっ」
それで、これが衛兵の声、と。
「わかった。では、さがれ。」
「……は?」
ん? さがれって、俺……じゃないよな? 衛兵が変な声をだしてるけど……え? なんだ?
王様、この状況で衛兵を下げるの、か?
「聞こえなかったか。下がってよいといった。もう夜も更ける。そなたは本来非番であったろう。ご苦労であった。もどって休むといい」
「は、いや、しかし! 陛下と宰相殿をお守りするのが私の……」
「この男に害はない。我が言うのだ。案ずるな。」
いや、案ずるなってなにを根拠に。俺が言ってもしょうがないけど、こっちは常識も違うだろう異世界の人間だぞ……
いわれた衛兵だって困るだろうに……
「……承知しました。では、失礼いたします。」
って、え!? 引くの、そこ!? なんで?
宰相と言われた初老の男性も、溜息ついてるけどとめはしないし、一国の主として、その無警戒さはどうなんだ……?
「……さて、男。いつまで頭を垂れている。楽にして良いぞ。スルバ、椅子を頼む。」
「かしこまりました。」
宰相さん、スルバっていうのか。っていや、宰相さんに椅子を出してもらうとか、恐れ多すぎるだろ……!
「お、お気遣い感謝します。ですが、私はこのままで……」
「我が椅子に座せと言った。なにか不服か?」
「は、いえ。」
だめだ、完全にあっちのペースだが、従う他ない。
謙虚にと思った申し出を一蹴され、宰相さんがもってきた椅子に俺は座らせられる。
それでいて宰相さんは座らずに当然のように王様の横にたたずんでるから、これがまたひどく居心地が悪い。
背中に嫌な汗をかきながら、俺がどうしたものかと考えあぐねていると、そんな様子を察したのか、アセト王は「ふっ……」と笑みをこぼした。
「そう固くなるな。そなたも気づいているだろうが、我はおそらくそなたとそう歳も変わらぬ。
礼儀作法については不思議なことだが、先に渡ってきた者たちの様子を見るに、そちらの礼をわきまえている者であれば、こちらでもほとんど問題はあるまい。恰好を崩せ。自然で良いぞ。我が……いや、俺が許す。」
そういって、アセト王は笑った。その表情は、先ほどまでの王の威厳に満ちたそれではなく、俺と何ら変わらない、ただの一人の青年のものだった。少なくとも、俺はそう感じた。
一瞬驚き、時がとまった感覚があった。それでもすぐに俺は彼の意を汲み、笑みを返す。
「では、お言葉に甘えて……ただ、この通り口調や、陛下を陛下とお呼びすること、最低限の礼は崩さないことをお許しください。」
その言葉にアセト王は一瞬眉を顰め、隣に立つスルバ宰相になにやら視線を泳がせる。無言の視線に、しかしスルバ宰相は瞑目したまましっかりと首を横に振り、アセト王の希望を否定した。
その様子にアセト王は深く溜息を吐き、おれに向けて手をひらりと振って見せた。
「よいよい。他の物の目もある故な。俺としては、臣下ではない歳の近い者として、よい話し相手にでもなってくれればとおもっていたんだがな……仕方あるまい。」
王ともなれば、周りの人たちもそうフランクには接することもできないだろうし、王自身も威厳を見せないといけないんだろう。立場故に、孤独なのかもしれないな……
「陛下がそれを望むのであれば、言葉は選ばせていただきますが、私でよければ話相手くらいでしたら……」
その言葉に、まだ十二分とはいかずとも、アセト王も満足したのか、「うむ」と頷くと、椅子のひじ掛けを一度叩き、背を正して俺に向き直る。
「うむ。その言葉だけでも、嬉しく思うぞ。感謝する。異界の……そうだ、名をまだ聞いていなかったな。」
「武之上 徹です。」
「トオル、か。他の者にも伝えたが、こちらの世界では人の名にミョウジというものはないのが通常だ。我々の慣習に倣い、トオルと呼ばせてもらうぞ」
「はい。お好きなように。」
日本、というかあっちの世界で苗字があるのも、元々色々と戸籍やらなにやら管理するためだったろうし、こっちの世界ではそこまで厳密にそういう管理をすることがないのかもしれないな。
「うむ、トオルか。しかし、そなたは本当に肝が据わっているな。他の者は皆歯を鳴らし、落ち着かぬ様子で話していてあまり楽しいものではなかったが。」
もともと人の死、それも老衰や病死なんかじゃないものにふれる機会の少ない日本人がいきなりあんな光景を目の前に見せられたんだ。それは仕方がないだろう。むしろ、妙に冷静な俺の方がおかしいのかも、か。
そこまで考えて、思わず自嘲めいた笑みを浮かべていることに気づきあわてて表情を正す。いかんいかん、いくら恰好を崩せと望まれてはいても権力者の目の前だ。油断はできない、と。
「その話ですが、陛下。先ほど、私でこの部屋に入るのは最後とおっしゃいましたね。」
「うむ。その通りだ。」
「水牢でも、上に引き上げていただくのは私が最後でしたね。」
「いかにも。」
「先ほどの衛兵殿の反応を見るに、他の人と対峙される際には、衛兵を伴ったまま、退席を促すようなことはなかったように見受けられましたが……?」
そう、あの衛兵は「下がれ」という命に心底驚いていた。あれが初めてでなければ、言われる前に下がるか、あるいはそのまま素直に従うなり、「またですか……」とでもいった感じで下がるのが普通なはずだ。あの反応は、本当に寝耳に水な様子だった。
「単刀直入に伺いますが、王はなにか私にご質問かなにかがおありだったのでは……?」
自意識過剰かもしれないが、水牢を上がった直後の邂逅。あの時、俺は確かに相対したアセト王と目が合ったと、そして次の瞬間、アセト王は俺に対してその瞳の奥で笑みを浮かべたと感じた。目が合うというのは、相手を認識している証拠。その上でさらに目線をそらす出なく、感情を向けたのとなれば、偶然ではなくなんらかの興味の対象となっている。
それが、順番を最後に回し、兵まで下げて時間を設けた理由ではないか。それが俺の、俺なりの疑問と解だ。
「……ククッ。」
わらっ、た……?
「ハハ、ハハハハハ!! 見ろ、スルバ。俺の言った通りだろう。この男、トオルはやはりなかなかの男だ。」
「たしかに、それなりの観察眼と冷静な判断力は持っているようですな。」
ほ、褒められているのか、な。無言で瞑目したたずんでいた宰相さんの目がうっすらとこちらに向けられているのはいいんだが、その視線はまるで猛禽類のそれで、思わず下腹部が委縮する感覚を覚える。いや、実際にはそんなことはないんだが、まさに蛇ににらまれたカエルというやつだ。
「そうだな。そろそろ本題に入るとしよう。たしかに、俺はお前に聞きたいことがあって、お前を呼んだ。だがそれはなにもお前だけではない。他の者たちにも皆この問いは投げかけている。『己のスキルを知りたいか』とな。」
来た。いきなり来た。スキル。この世界で皆が授かる者。それは異界から渡ってきた俺たちも同じという。
その言葉を聞いた途端、俺の心臓はドキンと一度大きく脈打った。早鐘のようになろうとするそのリズムを、俺はあくまで平静を装うように、息を整え落ち着かせる。落ち着け。焦るな。
「陛下は、私の……私達のスキルがお分かりなのですか? 軽業のスキルをお持ちだった兵士のモリスさんは、『上に上がった後に説明があるかと思う』と話していましたが……。」
俺の問いに、モリス王は口角を上げ、楽しそうに答える。
「いかにも。俺にはお前の得たスキルが分かる。それは俺のもつスキルに由来するのだが、それはまた別の話だ。
正直いって俺はお前の得たスキルに興味がある。」
と、そこまで言ったモリス王だったが、彼はそこで一度目を伏せて静かに大きく頷くと、改めて佇まいを正した。
「さて、そこで我から選択を与える。
ひとつ。我が国で国のために貢献することを約束し、その見返りに己の得たスキルを知る。
ひとつ。我が国に縛られずこの世界で自由を謳歌する。
前者であれば、そなたが我が国に害なす存在とならぬ限り、当面の衣食住の保障から、スキルに適した仕事の斡旋まで便宜を図ろう。
後者であれば、我が国に剣を向けぬ限り、そなたの自由を妨げぬことは約束しよう。当面の衣食住に関しても多少の便宜は約束する。ただし、我が国に仇なすやもしれぬ者に己がスキルを教えるまでの義理はない。」
俺に投げかけられたのは、いきなりの、それも王様モードのアセト王からの選択だった。
今後も変わらずおもいだしたようにの投稿になるかと思います。