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選別と洗礼

前話の王の言い回しが少し年齢とあわなかったため、訂正しております。

「さて、察している者もいるようだが、来訪者諸君は今、本来我が国の重罪人が刑を待つ最期の一時幽閉される牢の中におる。

 先に断っておくが、来訪者諸君がこの牢に案内されたのは我のせいではない。その異界への扉を生み出した男が、この牢で刑をまつ国の重罪人であった故だ。けして我やこの国の民が諸君らを頭ごなしに牢へぶち込もう、気味が悪いから殺してしまおう、などと思っているわけではない。誤解しないでほしい」



 こちらの困惑を察してか、自らを王と名乗った男、アセト……アセト王が俺たちに言葉をかける。

 言葉の言い回しにどこか不安は感じられるものの、どうやら有無を言わさずここで水攻めにあうようなことはないのかもしれない。それだけでも背中の嫌な汗が少し引いた気がする。周りの皆も、一応は話の通じる相手からの言葉に幾らか安心したようだ。


 それにしても……口調は尊大だが、この声、そんなに老け込んではいないな。20-30代……俺と同年代くらいじゃないか?

 魔物の危険に晒されている世界というから平均寿命は日本とは比べ物にならないだろうけど、それにしても、国を統治するにはずいぶんと若いんじゃ。ただまぁ、言葉から感じられる威圧感というか、雰囲気からして、本当に本物のお偉いさんなんだろうけど。



「先に一度、遣いをたててそちらの世界へと我の考えは伝えたと思うが、それは諸君らの耳に届いておるかな?

 我や民は、この国を害さない者であれば、そちらの世界からの移民であっても快く受け入れようというものであったはずだが」



 王の言葉に、少なくとも俺は頷く。

 故郷を悪く言うわけではないが、普段の外交関係やら政治の汚職事件然り。今回他国を出し抜こうとこんな政策を打ち出したあの日本という国が、全ての情報を自分たち民間に開示したとは思えない。

 それでも、開示された情報の中には、今アセト王が言った融和姿勢について明示されていた。というか、そうでなければ銃社会でもない日本のただの民間人が、こんな異界渡りをできるというか。

 周りの何人かも互いに顔を見合わせて頷きあっている、そんな光景に、頭上の男からも「意を得たり、満足だ」とでもいうかのように「うむ」と声が漏れ聞こえる。



「良い。我らの意を理解し世界を渡った勇気ある者たちには、敬意を持って遇するが、この世界で初めて諸君らを迎え入れる国の王たる者の務め。でなくばこの世界はすべからく諸君らの世界に対し礼節を持たぬ蛮族と評される故な。安心するがよい、来訪者よ。先にも言うたが、諸君らに害意なくば、我らも諸君らに礼を持って返そう」



 アセト王が、どこか声のトーンを和らげて話すその言葉に、一同からは安堵の声が漏れる。ただ一人、壁に背を預け脂汗を浮かべた男を除いて。いい加減その態度は失礼だと思うんだが……かといって、あぁいう精神状態の奴に下手に絡むと怪我をしかねないのは、仕事柄身に染みている。今のところ何か暴言を吐くでもないし、触らぬ神になんとやらだ。



「さて、長話も辛かろう。我が言うのもなんだが、このような劣悪な環境では諸君らも堪えよう。これ、梯子を」


「はっ!」



 王の指示に、頭上から何かが放り投げられ影を作る。とっさに手で頭をかばうが、何のことはない、縄梯子ってやつだ。いやしかし、これもまた現代日本じゃ知ってはいてもめったに実物にはお目にかかれない代物だな……

 ……というか、え? これ、上るのか? 自力で? マジか……

 昔、小学校の体育の授業で、体育館の天井からぶら下がってる荒縄をよじ登ったりした記憶が思い浮かぶ。降りるとき、一気に降りて太ももとか手に荒縄の棘が刺さって痛かったなぁ……なんて余計な記憶も思い出されて、なんとなく手や太ももが痒くなる。

 当時の俺は木登りとか上り棒とか、あぁいうのは得意だった。だが今の俺は中年だ。重い。気もそうだが、身体が。

 げんなりしながら、その縄梯子で登り切らなければいけない壁の高さを目で追うと



「うわっ!?」

「あぶない!!?」



 とっさに頭をかばうもの、目を覆うもの、身を躱すもの。それもそうだ。

 今度は先ほどの縄梯子よりも大きな何かが頭上から降ってきたのだから。

 その何かは俺たちの視界の中で、空中でバッっと身を翻す。手足を伸ばしたその姿は、人だ。影の主は俺たちと同じ人らしい。

 というか、人がこの高さから飛び降りたら……


「避けろ!!」



 周囲の人間にそう叫ぶ。とたん、悲鳴を上げながら壁際に逃げる面々。そんな足元の様相など気にも留めないかのように、頭上から飛び降りてきた人間は俺の視界の中で、華麗に空を舞った。

 ありえないだろう? 大人5人くらい。下手をしたら10メートルの高さから飛び降りたんだぞ。なのにその影の主は、まるでサーカスの演劇かのようにクルッっと身体を回転させて、滑る壁を数回蹴って、最後は縄梯子を掴んで、まるでアメコミの蜘蛛男みたいなロープアクションで勢いを殺すと、何事もなかったかのように俺の隣、水牢の真ん中へと着地した。



「皆さんに声をかけてくださったのは貴方ですか? いやいや、場所を開けていただいて、感謝します。ですが、できれば貴方も端へ寄っていただけたならもう少し楽だったのですが。危ない所でしたよ?」



 空から降ってきた男……そう、男だった。今は俺と同じ目線になったそいつはそういってこちらへと笑顔を向けてくる。顔色もいいし息も乱れていない、短い金髪を整えた好青年だった。手を差し出してきたので思わず握り返したが、あぁ、握手はこっちの世界でも共通のコミュニケーション、ってやつか。

 

 ……ふと、握手をしながら「アレ?」と思う。

 そういえば、なんで俺は落ちてくる人の真下に飛び出してるんだ? 周りの人間には危険だ、逃げろと言っておきながら。バカじゃないのか?



(人を助けるため、ってやつか)



 自分の無意識の行動とその原理に、思わず笑ってしまった。ただ、握手の相手はその笑顔を別段不敬とはとらなかったようで、助かった。むしろ緊張が解れたのだろうとでも思ったのか、一度頷くと手をほどき、周りの人間へと姿勢を正した。



「私はモリスと申します。この国の兵の一人です。これより、皆様には順番にこちらの縄梯子で上へと上がっていただきます。もしどうしても難しいという方がいれば、私の背に掴まっていただき上へとご案内いたします。ですが、できればご自分の御力で上に上がっていただくことを、我が王は望んでおります。

 魔物の脅威のあるこの世界で、自分の身は自分で守る。その第一歩とお考えいただければ。これも、この世界の洗礼とお思いください」



 モリスと名乗った好青年はよくとおる落ち着いた声で皆にそう話すと、揺れる縄梯子を支え、上る人間を順番に指名する。

 中には「俺を先にここから出せ!」と騒ぐ輩もいたが、縄梯子は揺れて危険であり、混乱を避ける必要があるため指示に従うよう言われ、渋々引き下がっていった。

 正直、その言葉よりも、彼が一瞬上に視線を誘導したのが効いたんだろうなとは思う。さきほどまではアセト王しか目につかなかったが、縄梯子が降ろされて、俺たちが上っていくという段になって、牢を囲むように影が連なっている。その影が、それぞれに何か長柄のものを持っているのが、影ながらに分かった。これは、「従った方が身の為だぞ」ってことだよな。


 縄梯子なんて普通に生活していれば上る機会なんてない。一人一人、その感触を確かめながら手に取り、足をかけ上っていく。反転しないように上下でしっかり支えてはくれているようだが、如何せん長さがあり、中ほどになればなるほど、両端に比べたわみ易く、左右に揺られて思わず恐怖の声を上げる同郷人もいた。



「気を付けてくださいね。私は『軽業』のスキルを授かり、その修練を積んでおりますので、先ほどお見せしたようなことも可能ですが、皆さんの場合、落ちたら最悪のこともあり得ますので」



 笑顔でそう言い放つモリスに、俺はどこか冷めた感情が芽生える。

 あぁ、こっちの世界では、命が軽いのだろうか。それとも、俺たちが同郷の人間ではないからだろうか、と。

 とはいっても、ここまで説明もしてくれているし、手伝ってもくれている。彼らの言葉が正しいなら、この水牢に扉ができてしまったのは彼らの本意でもないというし、責めるのもお門違いって奴だろう。



(それに、さっきの握った手は……俺たちと変わらなかったしな)



 一人上るのにもずいぶん時間がかかる。今やっと二人目が上りきろうというくらいか。正直暇だ。

 ただ、だからといって何もしないでいるのもと思う自分もいる。



 ――――4人、か



 王が言ったその言葉。それに、繰り返し言っていた「害意がないならば」という言葉。

 今のこの猶予のうちに、少しでも自分は無害だとアピールしておいた方がいいかもしれない。

 なにもしていないでいるのも不安になるし、気になることもある。そう思って、俺は縄梯子を抑えているモリスに声をかけた。



「モリスさん、でしたか? 先ほどの身軽さはすごかったですね。こちらの世界の方は皆さん、あれくらいのことはできるんですか? 私達の世界の人間では、とてもあんなことはできません。本当に凄いですね」



 俺の言葉に、モリスは口元に笑みを浮かべる。褒められて、嫌な感じはしないのかな?

 けど視線は縄梯子と今上り始めた3人目の様子から外さない様子は、さすが職業人といったところか。

 この人、しっかりしてるな。



「あぁ、いえ。もちろん訓練を受けた兵たちの多くは一般の民に比べて、体力も優れているのは事実です。ですが、先ほどのことに限って言えば、あれは私が授かったスキルに由来するところが大きいでしょう」



 そう、それだ。この世界にこようという人間の大半が気になる存在。



「そういえばスキルって言いましたけど、僕たちも何かスキルを授かることはできるんですか?」



 特別親しい間柄じゃない他人と話すとついつい崩れつつも敬語になってしまうのと、一人称が「僕」になってしまうのも、もう長年の経験のせいだ。それはもう気にしない。

 今はただ焦ったり食い気味にならないように気を付けながら、まさに気になっていたことを尋ねる。どうせ、これまでの人達も似たような質問をしてきたんだろう、向こうも慣れているだろうし、このモリスという男はかなりしっかりしてる。礼節を欠かなければ会話には会話で返してくれるタイプの人間だ。むしろこちらの疑問を思惑を伝えていった方が、信頼関係は築けるだろう。大事なのは対話だ。



「えぇ。おそらくですが、皆さんもあの扉をくぐってこちらにこられた時点で、なんらかのスキルは授かっていると思います。もしかしたら、身体に何らかの変化が表れている方もいるかもしれません」



 まじか。俺にも、さっきのモリスみたいなスキルが?

 そう思ってやや目を輝かせた俺の様子を察したのだろう。モリスは苦笑し、言葉をつづけた。



「ですが、今はあまりそのことを口外したり試さない方がいいかと思いますよ」


「それはどうしてですか?」


「スキルは授かっただけでは大した力を持っていないことが多いです。授かったそれを鍛錬によって高めることが大事となります。スキルを授かったからと自らを過信し、その結果身を亡ぼすものは、この国では愚か者として評されます。また、優れたスキルや珍しいスキルはそれ故に重宝されますが、スキルを知った何者かに利用される危険もあります」



 あぁ、なるほど。スキルを授かったからと言って、いわゆるチート的なものはないわけか。

 でもそれはある意味助かるな。どんな危険なスキルだって、授かったばかりなら大したことはできないってことは、世界を渡ってきたばかりの俺たちは、この世界の熟練者からすればどんなスキルを持っていようと簡単に対処できるってことだ。だからこそ、有無を言わさず処分されるなんてことなく対話が成立したんだろうな。

 それに、あまりスキルを口外しない方がいいというのも納得できる。誰かに利用されたり、あるいはスキルによっては肩身の狭い思いをすることもあるかもしれないしな。



(……それじゃあもしかして、これもスキルのせいなのか……?)



 そう思いながら俺はふと周りを眺める。

 壁際で自身の両肩を抱えて落ち着きなく周囲に視線を向ける男に一羽。

 縄梯子の周囲で順番を待つ男に一羽。

 寒いのか、落ち着かないのか、ポケットに手を突っ込んだま周囲をぐるぐると歩き回っている男に一羽。

 上を見上げるのに疲れたのか、座り込んで「あ゛ぁー……」と首を回している男に一羽。

 四羽の烏。

 おそらく、他の人には見えていないこの黒い鳥は、いったい何を示しているのか。


 ……いや、正直、予想はついているんだ。



(4人と、4羽……まさか、な。いや、でも……)



 俺はその疑問を解決できないかとモリスにもう一度質問をした。



「すみません。自分のスキルというのは、どうやったら知ることができるんですか?」



 その質問に、モリスは立ち上がり、笑顔で答えてくれた。



「それについては、上に上がった後に説明があるかと思います。さ、まずは上へどうぞ。

 ”最後”は貴方の番です」



 もうその場に残っているのは、俺と、肩に烏と止まった4人だけだった。



(……あぁ、やっぱりか)



 信じたくなかったけど、俺はその言葉に、これから起こることと、あの烏の意味をなんとなく、理解した。

 ただ、スキルについては口外するなと言われたし、言っても信じてはもらえないかもしれない。何より、俺自身まだそのスキルが何かわかっていないのに、説得力もあったモノじゃない。

 それに、このままここに留まっているのは危険だ。そう、おそらく俺が上った後、ここは……



「……わかりました」



 たぶん、表情に出ていたんだろうな。モリスも苦笑し、縄を支えてくれる。俺はあまり下を見ないようにして、努めてはやく梯子を上っていった。下を見たら怖くなるというのもあるし、それになにより、彼らから一秒でも早く離れたかった。彼らの顔を目に焼き付けたくなかった。

 案外、昔取った杵柄ってのはあるもんだ。他の人が上っているのを見ていたのもあってか、割とスムーズにあがれたんじゃないだろうか。


 俺が縄を上りきると、両側から兵が俺を引き上げてくれる。そのまま拘束されるかと思ったがそんなことはなかった。ただ、上ったそこにはまさに中世の騎士といった恰好で物々しく武装した兵が整然と並び、先に上っていた人たちは水牢の縁にそって一列に並べられていた。

 促されるままに俺はその列に加えられる。



(あぁ……やめてくれ……)



 先に上がっていた面々がどうかはわからないが、俺にはこれから起こることが予想できている。そして王はおそらく、それを俺たちに見せたいんだろうということも……



「あれ、なんで縄を引き上げているんだ」



 一人が気づいた。そう。兵たちが、降ろしていた縄梯子を引き上げ始めているんだ。

 まだ下に4人いるのに。


 下ではすさまじい叫び声が上がっている。そりゃそうだ。なんでまだ自分が下にいるのに梯子を外されるんだ、自分を置いていくのかと焦るだろう。だが、置いて行かれるだけじゃないんだろう、な。


 ちらっと視線を上げると、まさに水牢を挟んで自分たちの対岸にその男は立っていた。

 やはりこの男、若い。30前後か、俺と変わらない程度だ。

 だが、その佇まいと周囲の兵を従わせるその姿は、まさしく王の風格。

 けして豪奢ないでたちではないが、一目で彼が先ほどまでの声の主、アセト王だと分かった。


 その彼もまた水牢から目線を上げると、偶然だろうか、俺と目が合い……そして、笑った。

 そう、笑ったのだ。

 まるで俺の表情から、「なんだ、わかっているじゃないか」とでも言うかのように……



 下の騒ぎはさらに激しさを増していた。「何故縄を上げる!?」とモリスに食って掛かった男が一人、モリスによって赤子のように成す術もなく組みひしがれ、それにひるんだ周りの3人がたたらを踏んだ。



(あぁ、そこで踏みとどまったら、もうおしまいだ……)



 モリスは周囲の3人がひるんだその隙に壁を蹴って飛び上がると、すでに常人では届かない高さの縄梯子を手で掴み、逆上がりのように器用な様子で身体を反転させ、縄に足をかけた。



「王の御意思だ。この地で我らが同胞たちに害成すことは許さん。異界の罪人共よ、ここで神に裁かれるがよい」



 縄はそのままモリスとともに、完全に水牢の外まで引き上げられた。

 それを見て、アセト王は一度頷くと、一歩踏み出し、水牢の縁へと立つ。



「選ばれた来訪者たちよ、しかと見届けるがいい。我はいかなる罪も見逃さぬ。そして、この国に害ある者には、いかなる慈悲もかけぬ。諸君らがひとたび悪心を抱けば、その先に待つは彼らと同じ末路と、その目に、心に焼き付けよ!」



 アセト王はそう言い放ち、手にした錫杖を石畳に強く打ち付けた。

 そして……あたりは激しい水の音と、悲鳴に満たされた。



(あぁ……これが、異世界の現実か……)



1週間に1回程度の遅筆な上に話の展開も遅くて申し訳ありません。

今後も不定期更新となります。

段落や段替え等、適宜書き方は修正するかもしれません。


よろしくお願いいたします。


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