真相、その後。
煮干しが嫌いだというから、それ以来ポムのご飯に煮干しを避けるようになっていた。
幸いなことに、今までご飯に煮干しを入れる機会が―――というか煮干しの使い道がおやつにそのまま食べるかラーメンのダシにするかしか使い道を知らなかったので―――やってこなかったおかげで、ポムがそれを発見して癇癪を起すということはなかったものの、美人さんのカミングアウトにより、もし知らないままでいたらうっかりあたえてしまって起こっていたかもしれないそれを未然に防ぐ事ができた。
こちらとて、もう二度とポムの怒った様子を見たくない。
怖いから。
とはいったものの、やはり文字通り何でも食べるポムが本当に煮干しが嫌いなのか、少し検証してみたい衝動に駆られ、夕食にこっそりと一匹だけ煮干しを忍ばせてみたことがある。
一匹だと気が付かないのではと思ったけど、まぁ食べてくれたらくれたで、あわよくばという気持ちもあったのでそのままにしておいた。
しかし食べ終わったあと、まぁやはりそうなのかというべきかきっちりとその一匹だけお皿の隅っこによせてあったので、まぁやはりそうなのだろう。ただの一匹でさえ口に入れるのもはばかるくらいに、煮干しは嫌いだと。
残ったその一匹の異様な哀愁が忘れられない。
ありがたいことに、その時はしばらく不機嫌になっただけで、美人さんの時のようにポムが出ていってしまうということがなかったので、実は少しほっとしている。
〇
さて、その後美人さんはどうなったのかというと。
「……」
「ああああああポムぅぅぅぅぅぅぅ!!やっぱりかわいいいいいいいい」
「ぽむぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ベタベタという擬音がそのままくっきりと空中に描きだす事ができるようなその光景に、僕のお玉が奏でるシンプルで軽快な打撃音が響き渡る。
ッコーーン!!
「いったああああああ!?いきなり何するのよーー!!!」
「それはこっちのセリフですよ。講義が終わったから夕飯の買い物済ませて帰って来てみれば!人ン家でなにしてるんですか!」
「ぽむー!」
「ポムと戯れていただけだもの!」
「不法侵入という考えにはいたらなかったので?」
「ぽむー!」
「あら、いいじゃない。一人暮らしのアパートに帰ってきたら華が……」
ッコーーン!!
「いったああああああ!?またぶった!二度もぶったわね!?」
「やかましい」
美人さんは何故かしら、僕の家に入り浸る様になってしまったのだ。
というかやっぱりこの人キャラ変貌してる。
〇
はふはふと、熱々に煮込まれた食材を口に入れる音が重なる。
残り一つの肉をとろうと、机の両側から差し出された箸が、空中で幾度かせめぎ合ってから、一方があきらめ一方が肉を強奪していく。
「というか温かくなってきたのに鍋ってどういうことなのよ?」
「だからですよ。本格的に温かくなる前の、最後の鍋です。それこそあなただって何ちゃっかりご相伴にあずかっちゃってるんですか」
「いいじゃない別に」
しばらく沈黙が流れて、
「大体、今日大学はよかったんですか。なぜ僕が帰ってきたらもう既にあなたが僕の家にいる状況になってるんですか」
肉を奪われた腹いせに、ポムを美人さんの目の前で抱きしめながら僕は聞いた。
「だって今日私は午前だけだったもの?終わったらすぐポムにあいに来たわよ」
恨めしそうに美人さんが答える。
「え!?講義が終わって、それからずっとここにいるんですか?」
「そうよ?」
「そうよって……」
「何か問題でも?」
問題でもというか、一番最初に問うべき疑問であったのだが、
「どうやって僕の家に入り込んだんですか。これでもしっかり戸締りは怠らない性分のつもりなのですけど。カギ開いちゃってましたか?」
すると、口では応えずに、美人さんはジーンズのポケットから―――まるでこの質問が飛んでくるのを見越して事前に用意していたみたいに―――何かを取り出した。
じゃらりと、それは音を立てる。
鍵束。
自転車のカギだとか、多分美人さんのお家のカギだとか、色々ついているのだろう、彼女はそのうちの一つを人差指と親指で掴んで僕の目の前で鍵束ごとじゃらじゃらと振った。
僕はそれをしばらく眺めた後、言い知れぬ予感を―――いや悪寒を感じながら、おそるおそる口を開いた。
「なんです、それ?」
「合鍵」
解答には一瞬もかからなかった。
「こぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!この人こぇぇぇぇぇぇ!?」
美人さんはじゃらじゃらと、今度は鍵束をカバンにしまう。
「え、なに!?いつの間に!?え、は、え!?」
パニックになる僕をよそに、美人さんはポムを抱え込んでパクパクとお鍋の残りを平らげている。
ポムも、嬉しそうに「ふぁ~」と目を細めていた。
最後まで読んで下さりありがとうございます……!
鍋はいいですね。寄せ鍋は特にいいです。
毎回肉の取り合いになるのはどこも一緒ですかね?
次回も是非、ご覧いただけたら幸いです。