襲撃、真相
「はっきりと説明してくれるまで帰らせませんからね」
「うわぉ、なんとまあ大胆な発言ね。し、び、れ、る!」
語尾にハートマークを付けたような言い方に、コーンと僕の手に納められたお玉がとても素敵な音を立てた。美人さんの頭の上には、二つ目のたんこぶが膨れ上がった。
「いったーーー!」
「やかましい、です」
ポムと美人さんが抱き合って泣き合っていつまでも離れないので、業を煮やした僕はつい先ほどお玉を取り出してきてそれぞれの頭に叩きつけたのであった。
それにしてもこの人、キャラが変わってないだろうか。
「で、どういうことなんですか。是非とも僕に分かる様に説明して頂きたいところです」
一人暮らしの狭いアパートの一室に僕等は、テーブルを挟んで向き合うように座っていた。
ポムはテーブルに乗って、美人さんに頭を撫でられて気持ちよさそうにしている。
今まで僕以外には懐かなかったので、少し複雑な気分である。
「僕は最初、ポムが空中浮遊をしているところを目撃されたと思っていたんです。だから、真相を確かめるためにここに押しかけて来たもんだとばかり」
「押しかけて来たなんてそんな、お邪魔してるだけよ」
大学で僕の意見も何もなしに勝手にこの訪問が決定されたことについてはどう思っているのだろうか……。
とにかく、だ。
僕は真相が知りたい。
どうして彼女がポムのことを知っているのか。
ならばどうしてある日ポムは俺の部屋の前に転がっていたのか。
そんな思いで美人さんを見つめていると、彼女もこちらの意図が伝わったのか真面目な顔になった。
「……そうね、確かに私はポムが空中を浮遊していたのを見かけたわ」
やっぱり。
「順を追って話しましょうか。あなた、ポムと出会ったのはいつ?」
「二年前くらい、ですかね」
「それは秋ぐらいのお話し?」
「いえ、冬の寒い時期でした」
「そう……」
しばらくの間沈黙が続く。
「あの、美人さ……」
「二年前、ポムは突然私の前から姿を消した」
「え……!それじゃあもしかして」
「そう。私はポムの、前の飼い主よ」
「やっぱり……」
美人さんが話してくれたところによると、彼女がポムと出会ったのは五年ほど前の春の日だったという。
桜の吹雪が吹き荒れる満開の時期のある日、ポムが空からゆっくりと降りてきたらしい。まるでこの前公園で遊んだ時みたいに。それが彼女とポムの出会いだそうだ。
それから、色々あってポムを引き取ることになってからの、美人さんとポムとの「楽しい生活」と称された思い出話がつらつらと三時間くらい続いたので重要なところまではこちらも楽しくその話を聞かせてもらった。半分くらい適当に相槌を打っていただけだったけど。
さて、ポムとの生活が始まってから三年ほど経ったある日のこと、突然、ポムが空中に登っていこうとしたという。
「上って行こうとした?」
「降りてきた時みたいに、垂直に、空に浮かんでいったのよ」
数分も経たないうちにポムは見えなくなってしまったという。
私はポムに嫌われたかと思ったわ、美人さんはそう呟いた。丁度その前日、ポムの苦手な煮干しをあげてしまって喧嘩になったらしい。
「え、ポムに好き嫌いがあるんですか!?なんでも、本当に「なんでも」食うやつなのに?」
「ええ、どうしてだか煮干しはだめみたい」
「なぜ……」
それから彼女は消えてしまったポムを探し回ったが、結局今の今まで見つけられなかったそうだ。
「それが昨日、偶然あなたと楽しそうに歩くポムを見つけたの。最初はびっくりしたわ、やっぱり。ずっと探してたポムが、目の前にいるんだもの!驚きどころじゃなかったかもね。……それから少しショックでもあったわね。やっぱり私、嫌われちゃったんだって、だから別の人のところにいるんだって。でも、よく見たら貴方私と同じ大学の生徒だったじゃない。そしたらもういてもたってもいられなくなっちゃって」
「そういうわけだったのですか」
「ずっと気がかりだったの……もう一度だけ、もう一度だけでいいから、ポムにあってあの時のことを謝りたいと思ってたわ……。ポム、あなたの嫌いな煮干し、あげちゃってごめんね」
「ぽむ!」
ポムは顔を美人さんに擦り付けた。
多分、気にしてないよ、という意味だろう。彼女も、それを感じ取ったようだ。
「ありがとう……ありがとう、ポム……!!」
再び抱き合う二人。
これで、めでたしめでたし、だな、一応は。
謎は残るけれど。
「どうしてポムはあなたの元を離れようとしたのでしょう。お話を聞く限りでは、相当仲良しだったようですし、今実際に目の前であなたたちを見ても、ポムが美人さんのもとを離れる理由が見当たりません」
「そうね……その時は怒ってて衝動的に飛び出していったとしても、私だってすぐ戻って来るだろうと思っていたもの。きっと何か理由があるのよ……ねぇ、ポム。どうして?どうしてあなたは急にいなくなってしまったの?」
しかしポムはきゅーっと鳴くだけだった。
「ねぇ、ポム。あなたとあなたのご主人様さえよければ、その……またうちにこないかしら……?前みたいに一緒に暮らしましょうよ、きっと楽しいわよ」
それはできないんだ。
なぜか、ポムがそんなことを言ったように聞こえた。
実際には、先程と同じようにきゅーっと鳴いているだけだったのだが。だけど、その少し悲しそうなしぐさと表情から、なんとなくごめんなさい、と言っているようにも聞こえる気がした。
まぁ、分からないことに頭を抱えていても仕方ないか。もし分かる時がくるならば、自ずと答えが出るだろう。
そのような旨を美人さんに伝えると、彼女も少し釈然としない様子ではあったが、そうねと呟いた。
「しかし美人さん。ポムというのは僕が名付けた筈なのにどうしてご存じだったのですか……?」
「あら、私だってこの子をポムと名付けたのよ。ねー、ポム?」
「ぽむ!」
そうだったのか。何とびっくりな偶然もあったものだ。
「……やっぱり、鳴き声と見た目からですか」
「鳴き声と見た目からね」
人間は意外と感性が似てる生き物なのかもしれない。
ここまでお読み下さりありがとうございます……!
ポムの形態を思いついたのはアンゴラウサギを見たときです。
持っふもっふしてていいなー飼いたいなーと思いまして。
もはやポメラニアンですらねー!と思ったそこのあなた、ナイスツッコミです。