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8.学ぶことで得られるもの


「改めましてレナリア・シュヴァルツと申します。どうぞレナとお呼びください、エリカお嬢様」


 ふわりと肩先で波打つ金茶の髪に、深く神秘的な琥珀色の双眸。

 全体的にキツめの美少女という顔立ちだが、高飛車というよりは几帳面な印象を受ける。

 彼女はエリカの傍付きの中でも身の回りの世話や、時には主の代理として立ち振る舞う専属侍女としての教育を受けることとなる。

 養女ではあるが伯爵位よりも更に上にある侯爵位を受けた赤騎士団長の娘として、話し相手兼護衛という役目を負ったユリアとは立ち位置を別にした、という形だ。


「ま、自己紹介は済んだが……レンウィード・シュヴァルツだ。レンでいい」


 こちらは双子の姉よりも茶色味のやや強い白茶色の髪に、とろりと甘そうな蜂蜜色の双眸を持つ。

 一見すると姉とそっくりの顔立ちはやはり気が強くて生意気に見えるが、その中身が20代半ばまで生きた記憶を持つ青年だと知っている者が見れば、そこに隠れた知性の色に気付けるだろう。

 彼は主と同性の姉やユリアとは少々立場を異ならせる。

 名目は傍付きだが、受ける教育は邸内を取り仕切る執事としてのそれである。

 セバスがフェルディナンドに仕えているように、いずれはレンもエリカに仕える執事という形になるらしい。



「ちょっとレン、お嬢様に対してその口のきき方は失礼でしょ」

「いいんだよ、俺はこれで」

「いいわけないでしょう!傍付きの品位のなさは、主の品位まで落とすんだってお母様に言われたじゃない!」

「あーもう……外に出る時だけちゃんとすりゃいいんだろ?」

「そういう問題じゃないでしょ!」


 恐らくいつもこんな感じなのだろう、レナが一方的に叱りつけレンがそれを受け流す。


 言い分としてはレナの方が正しい。

 公爵令嬢であるエリカの傍付きともなれば、マナーや社交、ダンスや学園での成績まで、常に隙のない姿勢を求められることとなる。

 当然、主であるエリカにもそれ以上のものを求められることになるため、主従揃って中々に高い壁に挑まなくてはならないというわけだ。


「少し落ち着いて、レナ。レンも貴方もこれからうちの使用人達から教育を受けてもらうのだから、今は出来なくても当然ではないかしら」

「……ええ、ですが……」

「私のことまで考えてくれてありがとう。……レナがここまでしっかりしているんですもの、レンも勿論しっかり教育を受けてくれるわよね?」

「…………ええ、お嬢様。お望みのままに」


 チッ、しゃーねーな。やってやるよ。

 そんな彼の心の声が、エリカとユリアには聞こえた気がした。




 それからというもの、レナは公爵領内に設けたシュヴァルツ伯爵家別邸からの通いで、レンは完全なる住み込みでそれぞれ傍付きとしての教育を受けることとなった。

 そしてレナの受ける淑女としてのマナー講習には、ユリアも同席するようにとフェルディナンドからお達しがあり、堅苦しいことが苦手な彼女もエリカに恥をかかさないためにと授業を受けている。


「はい、いち、にい、さん!ユリア様、背筋が曲がっておりますわよ!背筋は真っ直ぐ、足元を見ない!なんですか、その人形のような足取りは。もっと優雅に、女性らしく!目線は前!レナ様、大きな足音を立ててはいけませんわ!」

「どうしろっていうのよ……」

「ユリア様っ、そこは『わたくしはどうしたらよろしいのでしょうか?』です!」

「はぁ……」


 淑女マナーの講師役を任されたメイド長補佐のスージーは、パンパンと手をリズミカルに叩きながら部屋を行ったり来たりする二人の少女にダメ出しを続けている。

 淑女たるものどこまでも優雅に、歩き方さえも気品高く。

 足を踏みそうなドレスであっても、転びそうなほど高いヒールであっても、常に笑顔でたおやかに。

 足音を極力立てず、すべるように、自然に歩く。

 いきなりそんな無理難題を突きつけられて、それでもレナはまだダメ出しの回数が抑えられているが、剣技や身のこなしなどの修行以外は奔放に躾けられたユリアは、あれもだめこれもだめと指摘されっぱなしだ。



「もうやだ足パンパンー!!スージー先生、おにちくー」

「『おにちく』が何のことだかわからないけれど……スージーはメイドの教育に関してはプロ級なのよ。あと5年もすれば学園に入るわけだし、学園内は小さな社交界っていうくらいだもの。ユリアへの評価は私への評価でもあるわけだけど、同時にマクラーレン家、ひいては落ち人への評価にも繋がるわけよね?そう考えたら頑張れないかしら?」

「うー…………辛いけど、でもがんばる」


 次の授業までの空き時間を使って、レナはぐったりと椅子にもたれながら果実水を飲んでおり、ユリアは筋肉痛を起こした足をとんとんと叩きながら涙目になっている。

 この筋肉痛は、エリカにも記憶がある。かつての生において、スージーの熱血指導は引きこもりであったエリカに対しても向けられていた。

 だがどんなに指導を受けても彼女は病の所為でぶっくりと膨らんだ己を磨くということを諦めており、淑女としての所作やマナーなどは殆ど身につかなかったし、夜会などにも出なかったため実践する機会もなかった。


「次からは私も出席するわね。……スージーの気苦労が増えるだけのような気もするけれど」

「そんなことないって!エリカならできるよ」

「その根拠のない自信はどこからくるのですか、ユリア様……」


(気苦労が増えるのはレナも同じかもしれないわね)


 お気楽なユリアと生真面目なレナ、実に対照的だとエリカは困ったように首を傾げた。




「さて、魔術というのは体内に流れる魔力を構築し直して放出する、簡単に言えばそういう術のことです。物語などでよくある方陣などを書く必要はありませんが、どの属性でどのような威力のどんな力を行使したいのか、はっきりと想像し同時に創造することが大切です。皆さんは、ご自分の属性をご存知ですか?」


 魔術の授業だけは使用人から選抜というわけにもいかず、フェルディナンドの部下から魔術に長けた元騎士を派遣してもらうことになった。

 やってきたのは見た目30歳そこそこといった感じでがっちりとした体格の男。

 ナムルというその名を聞いた瞬間、レンがすかさず「韓国か」と呟いたがその意味が唯一わかるだろうユリアは、魔力の通じない体質ということで別メニューに参加中だ。


 突っ込み手不在のまま授業が始まり、まずは自分の属性を知っているかと問いかけられた3人は、


「得意属性は風、それ以外でしたら火も使えますわ」


 とレナが答え、


「得意属性は火、それ以外に闇も使える」


 とレンが答え、エリカは


「得意属性が何かはよくわからないのですが、光と火と水と風……でしたかしら」


 と答え、他の3人を唖然とさせていた。



 魔力を持って生まれる子供、というのはそれほど珍しくはない。

 血を尊ぶ貴族はもとより平民の子供でもあることだし、その中でも稀に魔術の適正がある子供も生まれるという。

 だが殆どの場合適正属性は持っていても2つ、普通は1つだ。

 エリカの母であるレティシアは珍しい3属性持ち、しかも魔力量も相当多かったということもあり、魔術師の中でもエリートに分類されていたらしい。

 娘であるエリカはそれを越える4属性の適正持ちとわかり、ナムルはうっとりと目を細めながらうんうんと何度も頷いた。


「ご令嬢は4属性持ちですか……さすがはフェルディナンド様とレティシア様のお子様なだけあります。あの方は火の属性持ちでしたし、奥方様は3属性持ちでしたから。現役の頃のあの方々は本当に惚れ惚れするほど美しく、素晴らしかった。フェルディナンド様の炎を纏わせた剣技、レティシア様の複数属性を同時に操る幻想的な魔術……それを目にすることが許された我々は幸せ者でした」

「ナムル、貴方がお父様とお母様を本気で尊敬しているのはわかったから、授業を続けてもらえないかしら」

「……おっと、これは失礼を」


 放っておいたら夜まで語りつくしかねない上司バカの男は、尊敬する上司の愛娘の指摘に慌てて顔を引き締めた。

 その口の端に涎がついていたことに気付いたレンは、呆れ顔でため息をつくことでつっこみを諦める。

 そういう人種なのだと思わなければ、この個性の強い教師陣の指導にはついていけないだろうと思い直して。



「そうそう、魔力には精霊が司る属性以外にも特殊な属性が存在するということは、エリカお嬢様はご存知ですね?」

「ええ、お兄様の持つ治癒属性ね?」

「はい。その特殊な属性は、精霊に力を借りることができないかわりに、大きな恩恵をもたらします。その者の魔力自体に力が宿っておりますので、例えば精霊の力が及ばない場合があったとしても力を変わらず行使できる、という利点があるのです」

「それは…………」


 便利ね、と言いかけてエリカはふと考える。

 精霊の力が及ばない、そんな特殊な状況下に置かれたとして例えばそれが戦闘中だったとする。

 そうなれば魔術の力を使わずに戦わなければならず、受けた傷の回復にはラスティネルのような治癒属性を持つ者の力しか及ばない。

 だとするなら、その者は力をいいように使われた後どうなるのか。


(使い捨て……?まさか、そんなことあるわけ…………ない、わよね?)


 公爵家の跡取りであるご令息を使い潰したとあっては、上に立つ者が罰せられる。

 だがラスティネルの場合は保護されたとしても、他の者はどうなるのか?

 希少な属性とはいえ、今までにも国に登録された例は数多くあるという。ではその者達は?


「……それは、なんです?」


 全てを見透かすようにじっと見つめてくるナムルの視線を受け止めきれず、エリカは俯く。


「それは…………怖いわね」

「お嬢様がそのように考えられる人で安心しましたよ」


 試されていた、と気付いた時には彼はもう穏やかな笑みに戻っていた。

 エリカはこの時改めて、お父様の部下なだけあるわねと畏敬の念を彼に抱いたのだった。




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