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7.毛色の違う『転生者』


「納得できません。あれが選考試験だとするなら、勝てなかった全員が不合格となるべきではないですか?……中でも実力があった者をというなら、彼女の方が選ばれるのはまだわかります。でも何故、棄権を申し出た彼の方まで合格となるのですか?もし男性の傍付きもというなら、改めて別の試験をすべきでは?」


 邸に戻ってきて、フェルディナンドの口から傍付き採用者を告げた途端、異議を申し立ててきたのはやはりテオドールだった。


 エリカは知っている。

 この時の彼は既に『彼女』に心惹かれており、エリカよりも多少魔力の保有量で劣る彼女を【聖女】にすべく、エリカを取り込もうとしているということを。


(言ってることはしっかりしてるけど、泥だらけじゃ格好つかないわね)


 ここへ戻ってくるまでに拭ける部分は拭き、洋服はラスティネルが着なくなったものを渡したのだが、それでもまだ髪や首筋などに泥が跳ねたものが、乾燥して固まってしまっている。

 フェルディナンドは風呂をと勧めたのだが、さすがにそれはと彼の父親が固辞してしまったらしい。

 自分の容姿に恐らく自信を持っているだろうテオドールからしたら、すぐにでも泥を洗い流したいというのが本音なのだろうが。



 言いたいことを言い切った息子を隣の父親はやめなさいと諌めているが、当の本人はエリカから視線をはずさない。

 この場の決定権は彼女にあるとわかっているからか、それとも往生際悪く篭絡しようとしているか。


 フェルディナンドにどうする?と視線で問いかけられたエリカは、仕方なく一歩前に出た。


「確かに、ユリアと対戦していただきたいとは申しましたが……その勝敗の結果で合格者を決める、とは申しておりませんわ」

「それは……っ」

「わたくしがレナリア・シュヴァルツ様を選んだ理由は、咄嗟の判断力と応用力の高さです。そしてもう一人、レンウィード・シュヴァルツ様を選んだ理由は、ユリアを落ち人だと知っていたその情報力と『進むべき道をあえて引き返す』決断力にあります」


 そこで一度言葉を切り、以前は直視することすら躊躇われたラベンダー色の双眸を静かに見つめ返した。

 そして、小首を傾げながら僅かに口元だけで微笑んでみせる。


「わたくしが間違った道を行こうとしていた時、それを正して欲しい……そういった意味で、傍付きとは信頼関係を築きたいと思っておりますの。それらを考慮した結果ですわ」


 暗に、貴方は信用できないと告げたつもりだった。

 テオドールもそれを察したのか、どうして、と問いかけるように目を大きく見開いて驚きをあらわにした後、悔しそうに唇を噛んで俯いた。




 ユリアを翻弄した風の魔術の使い手がレナリア・シュヴァルツ、そして自ら棄権を申し出たのがレンウィード・シュヴァルツ。

 エリカと同じ8歳というこの双子の保護者として付き添ってきた母親を、フェルディナンドは別室に呼んだ。

 何しろ跡継ぎではないにしても子供を二人同時に他家に預ける形になるのだ、契約の詳細を話すと同時に先方の要求も聞いておこう、ということのようだ。


 魔力不足という状態で気絶したレナリアは既にマティアス医師の診察済みで、今は客間のベッドで静かに眠っている。

 やはり倒れた娘の方がより心配だということなのか、保護者同士の話し合いはその客間でということになったため、子供達は一時的にエリカの部屋へと移動した。



「でも良かったよね!あいつが傍付きになるっていうフラグはひとまず回避したわけだし、だったら騙まし討ちなんてこともないでしょ?これで死亡フラグも折れたってことだよね」


 良かった良かった、と無邪気に喜んでいるのはユリア一人。

 エリカはどこか納得いかなさそうな顔で首を傾げており、第三者であるレンウィードは腕を組んで顎を僅かに反らし、何事か考え込んでいる。


「え、なに?」

「……本当にそうだといいのだけど……でもそう簡単に諦めるとは思えないの」


 不安げにエリカが呟いた一言を拾い上げ、この会話では部外者であるはずのレンウィードがひとつ頷く。


「『あいつ』ってのがテオドール・ヴァイスのことなら、お嬢様の読み通りだろうな。傍付きの座は諦めても、他の手段を取ってくるだろうさ。こういった場合のテンプレは婚約者だろ?」

「はぁ?婚約者ってエリカの?ちょっと待ってよ、あいつって伯爵家の三男でしょ?公爵令嬢が嫁に行くにはちょっと身分差ありすぎない?」

「嫁に出さずに婿を取って分家を継がせる、ってのならアリじゃないか?……つかそもそも、あいつの目的が『騙まし討ち』なら、婚約だけしとけばひとまずミッション・コンプリートだと思うが」

「うーん、言われてみれば確かにテンプレっぽい展開だけど…………ん?テンプレ?」


 ユリアは首を右に捻り、そして左に捻り。

 言われたことを頭の中で反芻してから、ようやく「あぁっ!」と声を上げた。


「テンプレとかミッション・コンプリートとか……もしかしてあんたも落ち人っ!?」

「アホか。さっきうちの母上が双子だってご丁寧に紹介したろ?俺は正真正銘、こっち生まれのこっち育ちだっつーの。ただ……ちょこっと前世の記憶ってのがあるだけだ」



 レンウィード・シュヴァルツは、3歳の時に高熱を出して『かつての生』を思い出した。

 それは、就職したての22歳という人生これからな時に突然こちらの世界に落ちてきて、なんとか帰ろうと足掻くもののその希望も願いも全て打ち砕かれ、失意のうちに自ら命を絶ったという……3歳の子供が背負うには重すぎる記憶だった。

 何度も何度も熱を出し、悩み、苦しみ、家族を心配させた後、彼は開き直った。

 今度こそ、誰にも利用されない自分だけの人生にしてやる、と。


「正直、傍付きだなんだってのは全く興味がなかった。さっきまではどうやって断ろうかと考えてたんだが……あんたらの話を聞いて、考えが変わった。死亡フラグ回避、手伝ってやるよ」

「……なんか信じらんない。なんで急にそんなこと言うわけ?自分のためだけに生きたいんなら、首突っ込むべきじゃないと思うんだけど」

「ま、そうだろうな。俺でもそう言う。……一応、警戒心ってのを持っただけでも、まぁ褒めてやるよ」


 そうは言うが、とレンウィードはトントンと人差し指で頬の辺りを叩きながら意地悪く微笑んだ。


 テオドール・ヴァイスという少年のことは、レンウィードも事前にある程度情報を得ていた。

 まだ正式デビューもしていないというのに、既に社交界では話題に上ることが多く、既に水面下では彼の隣の座をかけて密かな争いが起こっているのだとか。

 そんな噂を嘲笑うかのように、彼本人は100年に一度現れるかどうかという【聖女】に仕える【聖騎士】を目指すと豪語しており、既に家庭教師をつけて様々な勉強を始めているのだとか。



 そんな彼を、レンウィードは「胡散臭い」と一蹴する。


「【聖女】すら選ばれていないのに、【聖騎士】を目指すなんてどう考えてもおかしい。夢見がちなタイプでもなさそうだし、むしろその逆のように見えた。そんなあいつがどういうわけかお嬢様に執着してて、騙まし討ちってのをやろうとしてる、とマクラーレン嬢は言う。なら、諦めるわけないだろ。フラグの一本や二本、あっという間に立てにくるに決まってる。……なぁ、あんたもそう思ってるからレナリアだけじゃなく、俺も合格にしたんだろ?事情を知ってるのがこの単細胞だけじゃ、あいつに出し抜かれかねない……違うか?」

「……正直、ここまで全てを打ち明ける気は、最初からなかったけれどね」


 エリカの事情を知っていて、なおかつ信用して相談できるのはユリアだけだ。

 だがユリアは真っ直ぐすぎる。良くも悪くも。

 事情は話したが、それでもあのテオドールの狡猾さと全く疑わせることのない演技力は、目の当たりにした者でないと理解しがたいものがある。

 実際、今回悔しそうな顔をして帰途についたテオドールを見たユリアは、これで死亡フラグが折れたも同然だと無邪気に喜んだ。

 だがしかし、レンウィードの指摘するように別方向から……例えば婚約者といった違う意味での身内として近づく手段は、まだ残されているのだ。


 真っ直ぐなところがユリアの魅力だとわかっているエリカは、だからこそ彼女と正反対の冷静さ……そして必要ならば主の首根っこを掴んででも方向転換させる行動力を、レンウィードに求めた。

 傍付きを選ぶための手合わせであえて棄権する、という決断を下した彼ならば、と。



「……確かに、信用できないって言いたくなる気持ちもわかる。事情もわからんうちに手酷く裏切られて、一種の対人恐怖症みたいな感じになってんだろう。だから信用しろとは言わない。実際、俺もまだあんたらのことを信用したわけじゃないからな」

「じゃあどうするっていうのよ」

「あんたが以前いくつまで生きてたのかは知らないが……聞いたことないか?『試用期間』だよ」

「それって本採用にする前のお試し期間ってことよね?」

「そう。あまり知られちゃいないが、このお試しってのは雇用主に関してだけじゃない。雇われる労働者にとっても条件はイーブン……あぁつまり、期間内はお互いにお試し中ってことだ」


(もしかして彼も、無条件で人を信用することができないのかしら)


 かつての生で裏切られたのは彼も同じ。

 身近な人に裏切られたエリカやユリア、そしてこの国に裏切られたレンウィード。

 心的外傷トラウマから対人恐怖症になるなら、むしろ彼の方が重症だと言える。

 人を容易に信じられない、だから彼は人一倍情報を集めようと努力したのではないか。

 もしかすると家族のことすら信じられず、家のことや家族の評判まで情報を集めたのかもしれない。

 そうでもしないと、人を信じられないというのなら。


「わかったわ。その『試用期間』……しばらくはそれでやってみましょう」

「エリカ、いいの?」

「ええ。……あの頃の私は、盲目にテオドールを信じすぎていた。いえ、盲目になるように仕向けられていたの。彼の狡猾さにも本来の目的にも、彼の目が誰を追ってるのかすら気付かなかった。でもそれはもっと視野を広くして、周囲の声に耳を傾けていれば防げたことなの」

「反省するのは悪いことじゃない。ただそれを引きずらないことだ。……と、誰かが言ってた。俺もそれに賛成だ、反省を生かして前に進めるならそれでいい」

「……その『誰か』って誰よ?」

「さあ、忘れたな。随分昔の話だから」


 お前も転生者ならわかるだろう?

 そう逆に問いかけられて、ユリアはぐっと言葉に詰まった。



 偶然か、必然か。ここに集ったのは毛色の違う転生者が三人。

 かつての自分の生をやり直しすべく、幼子の自分に成り代わったエリカ。

 かつて遊んだゲームの世界に転生し、手酷く裏切られた経験のあるユリア。

 かつて絶望のままに命を絶ち、今その国でやり直そうとしているレンウィード。

 三人が三人とも『かつての記憶』を持ちながら、幼子からやり直そうと必死で足掻いている。


「では『試用期間』開始ということで、ひとまずよろしくねレンウィード」

「レンでいい。……それじゃ、ひとついいことを教えてやるよお嬢様。あんたは既に、最大のフラグを折ることに成功してる」

「最大の?なにかしら」

「気付いてないのか?……誰も見向きもしないもっさりとした外見、社交界で笑いものにされた魔力飽和の病……それを克服してるじゃないか。今のあんたを見て、誰も笑ったりしない。テオドールなんかがつけこむ隙なんてないほど、そのうちモテ始めるだろうさ」


 違う意味でやっかまれるかもな、と笑うレンの双眸はとろりと甘そうな蜂蜜色で。

 それを美味しそうねと感じるエリカの感覚もどこかおかしいのかもしれないが、それでも彼女はつられて笑った。

『モテ始める』ってなんのことかしら、と内心首を傾げつつ。




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