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33.革命のエチュード

 ヴィラージュ王国の西……小国バーベナとの国境に位置する砦を挟んで、ついにアルファードとヴィラージュの軍が顔を合わせた。

 当初帝国側について参戦するかと思われていたバーベナだったが、軍の規模がそれほどではないこと、国の特色が軍備よりも農耕に重きを置いたものであったことから、直接参戦はしないことになったようだ。

 ただ、国内を帝国の軍が通り抜けること、ヴィラージュ王国と接する領地を明け渡した上で帝国の軍が陣を張るのを静観していることから、どうやら帝国と協定を結んだのではないかと見られている。


 両軍が人数を認識できる位置まで近づいたことで、すぐにでも戦端が開かれるかと思われたが、予定通りヴィラージュ王国側は国境の砦の手前で止まって、そこで陣を張った。

 敵の出方を探るように交代で見張りについたり、遠距離攻撃ができるように魔術師が数人待機したりする姿が帝国側からも確認できたが、それ以上の行動が見られないためか帝国軍も進軍できずにいた。


 だがどの国にも無鉄砲で自信過剰な者はいるようで……睨み合いから数日経ったある日、その日夜の見張り当番があたっていた数人が、夜の闇にまぎれるようにして国境の砦へと侵入を試みた。

 砦さえ落としてしまえば一歩前進、とでも考えたのだろう。


 彼らは疑問に思わなかったのだろうか?……何故ヴィラージュ軍が、わざわざ砦の手前で陣を張っているのかを。


 結果的に、この愚か者達の行動は帝国軍にとって有益な情報をもたらした。

 …………己の命と引き換えに。

 砦に侵入した彼らを待っていたのは、何重にも仕掛けられた魔術式の罠。

 魔力の高い者が多いヴィラージュの民であれば凌げただろうが、総じて魔力の低い帝国の兵達はひとたまりもなかったようだ。

 変わり果てた仲間の姿を見て、激昂した数人の兵が砦に向かって矢を射掛けたが、それは全て見えない『何か』によって弾かれ、矢を放った者へと正確に戻ってきた。

 これらのことによって、ヴィラージュ王国がただ防戦の構えを敷いているだけではなく、砦及びその周辺に魔術を仕掛けて帝国軍がそれにかかるのを待っていた、ということがわかった。


 わかったにはわかったが、魔術の知識に乏しい彼らにはどう対処すればいいのか判断がつきかねたため、やむなく本国にいる第二皇子お抱えの魔術師部隊へと応援を要請し、その間は不毛な睨み合いが続けられることとなった。



「魔術に造詣の深い第二皇子殿下のお力をお借りいたしたく……か。ふふっ……はははっ、あはははははははははっ♪ざまをみろ、脳筋どもめっ。これまで散々ボクを馬鹿にしておいて、今になってやっと魔術のありがたみがわかったか!あははははっ、けどすぐに助けてなんてやるもんか、バーカっ!」


 アルファード帝国の王宮、今は静まり返ったその奥の宮で、気が狂ったかのような高笑いをする青年……否、まだ少年と呼んだ方が相応しい幼さをたたえた皇族が一人。

 その傍らに座り、しなだれかかるように彼を見上げていた美しい金の髪を持つ少女は、ぱちぱちと瞬きながら「助けてさしあげないのですか?」とやんわり問いを発した。


「これまで貴方様を散々見下してこられた兄君にたっぷり恩を売る、いい機会ではございませんか。殿下もそのおつもりで、これまで準備を進めてこられたのでしょう?」

「んー、まぁそれはそうなんだけどー……いやいやっ、兄上にされた仕打ちはこれくらいのことじゃチャラにはできないね。ボクがすぐに助けに入ったとしても『そうか、ご苦労』の一言で済ませるに決まってる。あーあ、なんで()()()殺りそこなっちゃったかなぁ……。成功してれば今頃、あの国に全ての責任を押し付けて、ボクが次期皇帝で確定してただろうに」

「この国が軍事大国であるように、かの国が魔術大国と呼ばれているのは殿下もご存知でしょう?最も命を狙われやすいのは王族ですわ、ですから王城には腕のいい治癒術師が常駐しておりますの」

「あのさぁ、そういうことは前もって教えておいて欲しいんだけどー。…………あ、ごめんウソウソっ!()()()は何も悪くないんだ!だからそんな泣きそうな顔しないでよ!!」

「……殿下は本当にお優しいですわね」


 少女が俯くと、長く豪奢な金の髪がさらりと肩先から前に零れ落ちる。

 その髪と口元を覆った袖口に隠れて、王子は大事なシグナルを見逃してしまった。

 その口元が、弧を描いていたことも。

 馬鹿な方、と声に出さずに呟かれた言葉も。

 彼は最後まで、それに気づかなかった。

 望まぬ者と添い遂げよと命じられた可哀想な【姫】を救い出してきた【英雄】……自分自身のことをそうだと疑うことなどなかった。


 その【姫】に飲まされた遅効性の毒が全身をまわり、心臓の鼓動を止めてしまう瞬間まで。




「申し上げます。第二皇子ミリアス殿下、奥の宮内にて急逝されました。死因は()()だとのことです」

「そうか……では全軍に申し伝えよ。これより三日間、我が軍はミリアスの喪に服す。誤って仕掛けてこぬように、ヴィラージュの軍にもそう伝えよ」

「はっ」


 第二皇子ミリアスは、幼い頃より身体を動かすことを何故か嫌っていた。

 故に周囲の同年代に比べて身体は小さく、体力もそれほどない。

 この武力を誇る軍事大国においてその小さな身体は蔑みの対象となり、彼は何かあればすぐに亡き母の住まいであった奥の宮に引きこもってしまっていた。

 この戦争が始まると聞いた時も、彼はそんな野蛮なことには協力できないと頑なに首を横に振り、どこからか連れてきたという異国の少女だけを傍に置き、奥の宮に引きこもってしまう。

 皇族が戦場に立たないのは外聞が悪いため、指揮を取る第一皇子ルドルフはいつものように『第二皇子は病気』と称して、これを放置したのだが……。


(あの女狐め。いつかはやるだろうと思っていたが、まさかこの時期を狙ってくるとはな)


 引きこもりだった第二皇子ミリアスが、ある日突然どこからか連れてきた少女……類稀なる美貌を持ったその少女の素性を、ルドルフはほぼ正確に把握していた。

 ルドルフと比較され常に落ちこぼれの烙印を押され続けたミリアスが、唯一誇れるのが保有している魔力量だ。

 だがこの国では武術に優れた者こそ有能だと認められる、それ故彼はずっと魔術大国ヴィラージュに憧れ続けていた。

 そのヴィラージュの第一王子と侯爵家令嬢が婚約披露を行うとの連絡が入った時、だからこそルドルフは真っ先に自分が行くと名乗りを上げたのだ。魔術かぶれの弟が、何かをしでかさないように。


 結果、彼はまんまと罠に嵌められて命を落としかけた。

 ヴィラージュ側は『帝国との交流にいい顔をしない貴族の仕業だ』と説明したが、彼はその裏で弟の息のかかった者が動いているのだと最初からわかっていた。

 だからあえて騙されたフリをして激昂して見せ、『よろしい、ならば開戦だ』と捨て台詞まで残して国に戻ってきてみたのだが……こっそりと調べてみれば、出てきた証拠は『交流反対派』を利用したという一人の少女の名を挙げていた。


 彼女の名は、フィオーラ・グリューネ。

 その後に【聖女】であると指名され、神殿に向かう途中で()に襲われ行方不明になったとされている、ヴィラージュ王国の侯爵令嬢である。

 そして、帝国の第二皇子ミリアスが浚ってきた…………というのは見せかけで、実は早くからミリアスと連絡を取り合い、その魅了の術を持って彼をすっかり虜にして操っていたという、年齢にそぐわぬ魔性を備えた存在でもある。


(まぁいい。動くなら三日だ……この間に、逃げるなり本懐を遂げるなり好きにしろ)


 フィオーラがどんな意図をもって、今このタイミングで自分を保護してくれていた第皇子を害したのかは、ルドルフにもわからないしそもそも興味などない。

 ただわかるのは、彼女が動くならこの喪に服した三日の間であるということだけ。

 この間だけは敵味方関係なく停戦状態となるため、何かを成すにしても国境を越えて国に戻るにしても、動くなら今しかないのだ。

 できることなら面倒ごとはさっさと国にお帰り願いたいものだが、と彼はそこでフィオーラに対する思考を打ち切った。




 ところかわって、ユリシスの第二皇子であるミリアスの急逝が伝えられたばかりのヴィラージュ王都。

 珍しく過保護な父も兄もいない、傍付きのレンとレナも一時的に実家に戻っていることもあり、閑散とした印象の強いローゼンリヒト家の邸。

 その邸に、隣国バーベナから急ぎの郵便が届けられた。

 宛名はエリカを名指ししているが、エリカにはバーベナに知り合いなどいない。

 誰かしら?と首を傾げながらも、奇妙な胸騒ぎに襲われつつ手紙を開封した彼女は、そこにしたためられた見覚えある文字に、そしてその内容にハッと息を呑んだ。


「……エリカ?どうかした?」


 唯一傍に残ってくれたユリア。

 彼女はもう、エリカにとって運命共同体と呼んでもいいほどの相手だ。

 エリカは、ユリアにそっと手紙を差し出した。

 それに目を通したユリアの表情も、苦々しげなものに変わる。


「なに、これ…………なによこれっ!勝手すぎじゃないのっ!!」

「ユリア」

「だってそうじゃないっ、これまで散々好き勝手やらかしといて、今更なんなの!?『あの木の下でお待ちしております』って、ナニサマなわけ!?ってか、あの木ってなに!?」

「…………学園での最後の日のこと、覚えてる?彼女と初めて真っ向から挨拶を交わした、あの木のことだと思うわ」

「それ、って……つまり、学園に来いってこと?」

「ええ」


(彼女がこれまでどこにいたのかなんて、わからない。でもきっと、この服喪期間に決着をつけるつもりだったんだわ)


 これがきっと最後になる。

 そのことが、エリカにもわかってしまった。

 だからこそ、兄も父も他の傍付き達もいない今、すぐに出発すべきだと彼女は考えた。


「あたしは一緒に行くから!」

「わかってるわ。……お願い、ユリア。最後まで見届けて頂戴」

「最後だなんて縁起でもないこと言うのやめてよね!なんかあったら引っぱたいて殴って蹴倒してでも止めるからねっ!!」

「はいはい」


 じゃあ、いきましょう。

 その言葉に、場違いだなと思いながらもユリアは考えた。

『いきましょう』に当てはまる漢字は、『行き』なのか『逝き』なのかそれとも『生き』なのか、と。




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