32.開戦の足音
第二王子についての説明が抜けていましたので後半追記しました。
「やはり開戦は避けられぬか……」
苦々しげな声でそう呟いて、ヴィラージュ王国の国王は腕を組んだ。
会議に集った大臣達や要職にある者達の表情も冴えない。
国王の眼前には、ひとつ国を挟んだ先にあるアルファード帝国から届けられた書状。
そこには、第一王子の命を狙ったとして宣戦布告の内容が書きしたためられている。
当初はすぐにでも開戦だといきまいていた帝国のお偉方だったが、命を狙った者が危険思想の持ち主であったこと、その者は自殺、実家も取り潰しの上一族郎党処刑を行ったと聞き、何より命が危ぶまれた第一皇子の危機を救ったのもまたこの国の魔術師達であることも考慮して、開戦発言は撤回しなければというところまできていた。
「第一皇子殿下、第二皇子殿下、それぞれの派閥で意見が割れているという話も聞いておりますが」
「うむ、そうなのだ。断固開戦を推し進める第一皇子派と、逆に積極的な交流を持とうと声高に叫ぶ第二皇子派……一時期は第二皇子の派閥が力を持ったとも聞いていたが、やはり皇太子に最も近いと言われた第一皇子に軍配が上がったか。レミニス、お前はどう考える?」
「そうですね……第一皇子殿下が国王陛下を説得され、宣戦布告に踏み切ったと考えるのが妥当でしょう。ですがそれにしては第二皇子殿下の派閥が静か過ぎるのが気になります。どうでしょう、陛下。ここは開戦の準備を進めつつ、第二皇子殿下の派閥に探りを入れてみては?」
「そうだな。では、皆もそれで依存はないか?」
国王はぐるりと周囲を見渡し、一様に頷きが返ってきたのを見て取ると「では解散」と臨時会議の終了を宣言した。
「戻ったよ、エルシア」
「お帰りなさいませ、レミニス様」
「うん。…………他の皆、少し下がっていてくれるかな。これから公務の話を詰めなければならないのでね」
「かしこまりました」
城内の中枢に位置する王太子用の部屋、その隣が王太子妃に与えられる部屋である。
まだ婚約段階とはいえ、公の場において国王及び王妃に承認された存在であるエルシア・グリューネは、実家における不当な扱いを忌避する意味合いもあって、王太子妃としての教育を受けると言う名目でずっとこの部屋に滞在している。
心得たとばかりに侍女や護衛の騎士達が退出したのを確かめ、そこでようやくレミニスは肩の力を抜いた。
お疲れ様でした、と紅茶を淹れようと立ち上がりかけたエルシアの手をそっと引き、彼は真剣な表情を崩さぬまま傍に座るようにと視線で示した。
部屋の前に待機しているだろう使用人達に、万が一でも聞きとがめられないために、である。
「…………どうやら、帝国との開戦は避けられないらしい」
「……ルドルフ殿下は余程お怒りだったのでしょうか?」
「いや。確かに当初はかなり激怒されていたようだが、療養されている間にある程度は落ち着かれていたように思う。元来賢い方だ、うちに対して宣戦布告するということの危険性と被る不利益に関してきちんと計算できているはずなんだ。……だが、父上のもとに宣戦布告状が届けられた。私はこれに、少なからず第二皇子殿下が絡んでいるのではないかと考えている」
「第二皇子殿下といえば…………お父様から少し妙な話を耳にしましたわ。元は、ローゼンリヒト公爵から伺ったお話らしいのですが」
エルシアの父であるグリューネ侯爵。
現在は親戚たちの勧めで娶った後妻のグリューネ侯爵夫人にすっかり邸内を取り仕切られてしまっているが、元来は気が優しく真面目な家族思いの御仁である。
彼は後妻とその娘であるフィオーラに虐げられ続けたエルシアを不憫に思っており、公に助け舟をだしてやれないながらも陰ながらその力になろうと必死だった。
そして、エルシアが第一王子の婚約者として選ばれると、レミニスの申し出を受けるという形でエルシアを義母・義妹の手から逃し、時折仕事の合間をぬって面会を申し込んだりしている。
そのグリューネ侯爵だが、エルシアが第一王子の婚約者に選ばれて以降、ローゼンリヒト公爵フェルディナンドと内々に交流を持っている。
元々は、フェルディナンドがフィオーラ及びグリューネ侯爵夫人の動向を探るために、グリューネ家へ部下を潜入させていたのがきっかけだった。
その調査の結果、当代の侯爵は真面目で不器用、しかも前妻の子であるエルシアを不憫に想っていることがわかり、それならばと侯爵夫人の目の届かない王城でフェルディナンドは侯爵に接触を図り、フィオーラや侯爵夫人、更には付き合いの古いヴァイス伯爵家の家人達についても、情報を交換しあっている。
「……フィオーラが何者かの襲撃を受けて行方をくらましたことについてですが……襲撃を行った者達が妙に統率の取れた動きをしていたということは、既にお聞き及びのことかと存じます。その襲撃の翌日、とある旅人一行が隣国バーベナの国境にある関所を訪れたそうですわ。どうやらそのうちの一人が難病に倒れてしまったらしく、高名な医師を頼って帝国まで向かう途中なのだとか」
「それだけ聞くと、普通の話のようだけど。あのフェルディナンド殿が持ち込んだ話だ、当然それ以上の裏話がおまけについているんだろう?」
レミニスがあえて茶化した物言いをすると、それまで泣きそうになっていたエルシアはホッとしたように表情を緩め、2,3度深呼吸を繰り返してから「はい」と小さく、だがはっきりと答えた。
「旅人達は、自分たちは冒険者だと名乗ったそうです。そのうちの一人が魔術師の使うような杖を持っていたそうで、自分はヴィラージュの者だとわざわざ名乗りを上げ、簡単な魔術を使って見せたそうですわ」
「随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか。……そうか、第二皇子殿下は魔術至上主義の方だ。部下にも魔術師が多いと聞くな」
「ええ。ただ確証はございません。旅人達は全員土色のマントを身に纏っており、そのうちリーダー格らしき男性以外は、皆フードを目深にかぶっていたとのことですから。それと……病に倒れたという、恐らく女性であろう同行者なのですが、フードの隙間から長い金の髪が零れ落ちていた、と」
「…………フィオーラか」
「ええ、わたくしもそう思います。恐らく薬をかがされるか何かで、一時的に気を失わされていたのではないでしょうか?」
「だとしたら……」
我が国にも、開戦に応じるだけの理由ができたかもしれない、とレミニスは声には出さず唇の動きだけでそう呟いた。
開戦の準備と称して国は魔術を使える者の中でも、より実戦的な魔術を使いこなせるものを前線に、治癒術師や防御魔術に長けた者を後方支援部隊に、そして騎士団の中でも実戦向きな赤騎士団を中心に部隊を編成しつつ、帝国内の動向も探っていた。
相変わらず第一皇子は血気盛んに開戦を叫んでおり、第二皇子の派閥は不気味なほど沈黙を守り続けている。
そんな中、二国の間に挟まれる形になる小国バーベナは、力関係上やむなく帝国側につくのではと目されており、ますますヴィラージュの置かれた状況は不利になる一方だった。
「……防御壁を張るからエリカの力を貸せ?あのクソ陛下、何を寝ぼけたことを抜かしてやがる」
「全くです。父上、無理強いされるようなら、いっそのこと我が領地だけでも独立宣言してしまいませんか?幸いなことに領民達もエリカを慕ってくれている者ばかり。きっと了承してくれますよ」
「ああ、それはいい案だ。一応あの阿呆陛下には断りの連絡を入れるが、それでもごねやがったらさっさと爵位返上して独立宣言をしてしまおう。そうだ、そうしよう」
「…………お父様もお兄様も、少し落ち着いてください。……ユリア、レナ、レン、貴方達もそこでうんうんと頷いていないで止めて頂戴」
頭を抱えんばかりに救いを求めたエリカの視線の先で、だってねぇ?そうですわよねぇ、だよなぁ、とフェルディナンドやラスティネル同様すっかりやる気になっている傍付き達。
(もしかして、冷静な私の方がおかしいのかしら……いえ、そんなはずは)
ひとまず防戦の準備を、と国王が命じたのは国境付近にぐるりと防御壁を作ることだった。
国境と言ってもかなりの長さがあり、とても宮廷魔術師や騎士団に所属する魔術師だけでは人が足りない。
そこで、王都を中心にして一気に国境全体に防御壁を張るという大型の魔術を展開することとなり、学園に所属していた魔術科の生徒の中でも高い魔力と4属性の使い手であるという事実、そして最近やむなく明らかにした精霊王の加護を受ける者として、是非エリカの力を貸して欲しいと国王直々に声がかかったというわけだ。
「あの陛下の考えはわかっている。フィオーラ嬢が失踪した今、彼女よりも高い魔力と精霊王の絶対的加護を持つエリカを【聖女】に仕立て上げて、戦場に立つ者の士気を挙げようという魂胆だろう。確かにうちのエリカは聖女と呼ぶに相応しい美人だし、清楚だし、気品もあって、賢いが……だからといって、誰があの尻軽娘の後釜になど座らせるものか」
「そういうわけだ、エリカ。安心していいよ。僕や父上が絶対に国の思い通りにはさせないから」
「……は、はぁ……」
(国王陛下のご命令って、絶対のものじゃないのかしら?)
いいのかしら、と困ったように首を傾げるエリカの肩をぽんと軽く叩き、「大丈夫!旦那様ならやってくれるから!」と妙に自信たっぷりな口調でユリアはにやりと意地悪く笑った。




