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24.助っ人登場

 この世界には『夏季長期休暇』というものが存在する。

 あちらの世界で言うところの『夏休み』というやつだ。

 気温自体は学園をすっぽりと覆う特殊な結界によって過ごしやすく調整されているのだが、夏のこの時期は貴族達が別荘地へ避暑に出かけたり、街中で大きなイベントが開催されていたり、普段行き来のない周辺国との外交が盛んになったりと、主に生徒達の実家関係で忙しかったり慌しかったりすることが多い。

 そのため学園では、身分や出自の関係なく一定の期間は授業を休みと定め、その間は寮にいても実家に戻っても構わないと通達が出されている。


 エリカもこの機会に一度領地に戻ろうと前もって父に連絡を入れ、ユリア一人を連れて領地にあるお邸に戻ってきていた。

 護衛はユリア一人でどうにかなるからと、レナとレンは一時的に実家のシュヴァルツ家に戻っている。



「エリカ、ちょっといいかな?」

「お兄様、どうなさったんですか?」

「ああ、うん。ほら、以前調査すると言っていたテオドールのことなんだが……事情が色々とわかってきたのでね、ちゃんと説明しておこうと思って」


 どうぞ、と勧められたソファーにゆったりと腰掛け、ラスティネルは明らかに覇気のない様子のユリアにちらりと視線を向けてから、エリカに向かって軽く首を傾げて見せる。

 まだ不調なの?と無言で問いかけられたエリカは、今はそっとしておいてくださいという意味で小さく首を横に振った。


 そこから始まったラスティネルの話は、ある程度エリカも予想できていた範囲内のものだった。

 現在のヴァイス家の夫人は後妻であり、前妻はテオドールを産んですぐに亡くなってしまっている。

 そのため彼は後妻である現ヴァイス伯爵夫人を母と仰いできたのだが、どこの家にもお喋りな使用人というのはいるもので、ある程度分別のつく年頃になった彼はある日、己が母と慕う女性が父の長年の愛人であったこと、己の産みの母は不幸な事故で亡くなったとされているが、実は父の愛人であったその女性の存在を気に病んだ上、手綱捌きを誤って事故を起こしたのだと知ってしまう。


(ああ、だから彼は…………『裏切り』行為が許せないのね)


 厳格な父は、『母』を裏切っていた。

 母を名乗っていた女性は、その存在だけで『母』を苦しめた張本人だった。

 優しい兄だと慕っていた相手とも血が繋がっておらず、それどころか『母』を間接的に死に追いやった女の連れ子だった。


「この事実は……まぁ、醜聞と呼ぶに相応しい内容だからね。社交界でもこの話題は禁忌とされているらしい。現段階、伯爵家の次期当主は後妻の連れ子である長男が、と言われているが……実際伯爵家の血を引いているのは三男のテオドール一人だ。彼が実力を示し、正当な次期当主として名乗りを上げれば、どうなるかはわからない、というところかな」

「ですがテオドールは騎士科に所属してますわ。魔術騎士専攻ですから将来的にはそのままいずれかの騎士団に、と考えているのではないですか?」

「そうかもしれないが…………ねぇエリカ、神殿に仕える騎士の存在を知ってるかい?」


 ぎゅ、と反射的にその小さな拳が握られたことに、ラスティネルは気付かない。

 彼は穏やかな表情のまま、テオドールがいまや伝説の存在となってしまった【聖騎士】を目指したいと言っていたこと、そしてそれは幼馴染のフィオーラが珍しい3属性の使い手であるためいずれ【聖女】として選ばれるだろうから、と幼い頃近しい者に話していたことなどを語ってくれた。



「【聖騎士】単体なら、夢に憧れる子供の微笑ましい言葉だと言えるんだけどね。【聖女】もとなると、事情は変わってくる。エリカも知ってるだろう?【聖女】が任命されるのは、その国が荒れた時だって」

「…………ああ、だからその言葉はなかったことにされたのですね」

「そう。そしてテオドールは物騒な夢を抱かないようにとフィオーラ嬢と引き離され、ちょうど募集中だった我が家の傍付きに差し出されたわけだ。ま、結果的に不合格だったから、面倒なヤツを押し付けようっていう伯爵家の考えは失敗に終わったわけだけど」

「そう、だったのですね」


 それはきっと、『かつての生』でも同じだったに違いない。

 名ばかりの家族達に幼馴染と引き離され、そして体よく公爵家の傍付きとして送り込まれた彼は虎視眈々と機会をうかがっていたのだろう。

 エリカを思いやっているフリをしながらフィオーラに近づき、まんまと逢瀬の機会を手に入れた。

 そしてあちこちで手を回して彼女が【聖女】として任命されると、神のお告げだと言って自分を【聖騎士】に指名させ、そして後は邪魔になったエリカを廃すれば終わり、だ。



「お兄様は……もし、私が誰かに裏切られたら、……裏切られた挙句命を落としたら、どう思われますか?」


 それは、聞いてはいけない質問だった。

 だがずっと、聞いてみたいと思っていたことだった。

 エリカがテオドールとフィオーラによって謀殺された後、この優しい家族達はどうなってしまったのか。

 やり直している今となっては想像もつかないことだが、だからこそこのタイミングで聞いたら答えてもらえるかもしれない、と彼女は意を決した。

 隣に控えているユリアも、声には出さないが心配そうに主であり友人でもあるエリカを伺っている気配が伝わってくる。


 ラスティネルは、困ったように首を傾げつつ苦々しげに微笑んでいる。


「困ったな……エリカにそんな想像をさせたくなかったんだが。もしかして、以前父上に話したあの『未来視』を思い出してしまったかな?」

「…………ええ、少し」


 ラスティネルが言うのは、かつて王宮に呼び出された際にエリカがフラッシュバックした『フィオーラ嬢と黒髪の男によって殺される未来』のことである。

 事情を知る者以外はそれを『未来視』だと理解しているため、エリカもその方が説明しやすいからとあえて否定はしていない。


「そうだな……僕自身想像したくはないけど……やはり復讐を、と考えるだろうね。その前にまず、何が起こったのか、どうしてそうなったのか、情報収集した上で相手に報復行動を取るだろう。……とはいえ、父上の報復に重ねる形になるだろうけど。父上ならきっと相手を生かさず殺さず、最も苦しむ手段で徹底的に追い詰めて…………ああ、もうやめよう。なんだか本気で殺意がわいてきたから」


 誰に、とは聞けなかった。

 聞かずともきっと、彼の頭の中ではエリカの『未来視』に出てきた男女が『犯人』として決定付けられているのだろう、とわかったからだ。

 そして頭のいい彼が、その男女を現段階で既に『ローゼンリヒト公爵家の敵』として認定しているということも。



 話が一段落したタイミングを見計らったかのように、コンコンとノックの音が聞こえた。


「どうしたんだい、ナターシャ」

「お話中大変失礼致します。旦那様の元部下をされていたというペルツィーナ男爵が、お嬢様に面会をご希望されておられますが、いかが致しますか?」

「ペルツィーナ男爵?…………あぁわかった、それじゃ応接室にお通ししておいて」

「かしこまりました」


 一礼してナターシャが下がると、ラスティネルは怪訝そうな顔をしているエリカを伴って応接室へと足を向けた。

 当然のように付き従おうとするユリアには、「大事なお客様だから、ここで待っていて」と告げて同行をやんわりと断ってしまう。

 そのことについて問いかけるタイミングを逃し、エリカはどこか不安の残る表情のまま応接室でゆったりと待っていた客人の顔を見て、アッと小さく声をあげた。


「先生……!」

「正式なご挨拶が随分と遅れてしまい、混乱させてしまったようで申し訳ありませんでした。わたくしは、以前お父上のもとで側近として勤務しておりましたルシウス・ペルツィーナと申します。数年前父の家督を受け継ぎましたので、今は正式に男爵を名乗っております」


 そこにいたのは、あの能力測定の時にエリカの得意属性を『光と水』だと告げ、周囲の嫉妬や羨望から護ってくれたあの教師だ。

 あれ以来授業でもそれ以外でも会う機会がなく、一度しっかりとお礼を言いたいと思っていたエリカにとって、これは願ってもない再会だった。


「改めまして、エリカ・ローゼンリヒトでございます。先生、その節は機転をきかせてくださったお陰で助かりましたわ。ありがとうございます」

「ん?何かあったの?」

「ええ、お兄様。実は……」


 世にも珍しい4属性の適正持ちでしかも精霊王の加護持ちであること、それをあの場で咄嗟に誤魔化してもらったということについては、既に報告済みである。

 だがそれをしてくれたのがかつての父の部下の方だった、とは手紙に書いたがその素性がわからなかったため詳しく書けずにいたのだ。


 そのことをラスティネルに告げると、彼は兄として丁寧に礼を述べ、それから本題に入るべく『当主代理』の仮面を被った。


「では男爵、頼んでいたことの結果報告をお願いします。エリカを訊ねていらしたということは、それなりに成果が上がっているということなのでしょう?」

「ええ、勿論。ですがその前に、機密に関することなのでどうぞお人払いを」




「実はねエリカ、ユリアにも遠慮してもらった理由がこれなんだ」


 ラスティネルはルシウスから受け取った報告書を読み終わると、それをエリカへと手渡した。

 ざっと目を通してみて、エリカはああと納得する。

 そこにはこれまで精神干渉系の術をかけられたと思われる者達が起こした犯罪歴が並べられており、現在公にわかっているだけでその禁術を使える術者のリスト、その者達と繋がりがあるだろう貴族の名前が記されてあった。

 その貴族の中には、グリューネ侯爵夫人やヴァイス伯爵夫人の名もある。

 夫である侯爵や伯爵の名こそないが、彼女達が家の実権を握って妖しい術の虜になっている証拠のようなものだ。


「全くもって厄介な術ですよ。何しろ自分の手を汚さずに、まるで己の意思で行動したかのように操って敵を罠にはめるわけですから。伝手を辿って術者にたどり着くだけでも大変な労力を要します」

「ええ、そうでしょうね。…………ところで、この名簿にはアマティ侯爵の名前がありませんが?」

「それはそうでしょう。アマティ侯爵といえば清廉潔白と名高い方だ、そのお身内に妖しげな術を使おうとする者がいれば、即座に容赦なく縁を切られるだろうことは間違いありませんから」

「だとしたらおかしな話ですね?そのご子息であるウィルフレッド・アマティも少し前まではお父上似の高潔な精神の持ち主であったはずなのに……今はグリューネ家のご令嬢にいたく執心しているとか。聞けば授業も疎かにしているとのことですし、それが侯爵の耳に入らないはずはないのですが」


(なにかしら、このお二人の笑顔の裏に黒いものを感じるわ)


 表面上はにこやかに微笑みあう二人だが、その言葉の表裏に隠しきれない思惑や駆け引きめいたものが見え隠れしており、傍で見ている分には薄ら寒さすら感じる。

 ルシウスは何かをまだ隠しており、ラスティネルはそれを暴こうとしている、いうなればそんな感じだ。



 折れたのは、ルシウスの方だった。

 彼はそれまでの『男爵』の顔をやめ、以前エリカにも見せたどこか怠惰な雰囲気に戻ると「言葉を崩させてもらいますよ」と断りを入れた。

 ラスティネルもそれを待っていたのか、こちらも『当主代理』の顔をやめて普段の優しい兄の顔に戻って頷く。


「坊ちゃんは学園におられた頃と変わりませんね……普段はのらりくらりと世を渡っておいでなのに、ご家族……こと妹君のことになると容赦がなくなる。……ええ、ええ、確かにこの話には裏があります。ウィル坊はね、自分から進んで術にかかりに行ったのですよ。私が研究し、改良を加えた『精神干渉術を感知して逆に干渉を解いてやるぞ☆キラリンペンダント』の性能を試す意味でね」


 ラスティネルとエリカは揃って顔を見合わせ、黙り込んだ。

 二人とも思うことは同じ。

 そのふざけたネーミングセンスのアイテムを持たされ特攻させられた、ウィルフレッドに対する同情と憐憫の思いである。



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