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22.チーム戦の目的

「でいやあああああああっ!!」


 力いっぱい振りかぶられた両手剣と、彼女が咄嗟に構えた大剣がぶつかりギィンと耳障りな音がする。

 技もなにもあったものではない、自分の全体重を剣に乗せるかのような一撃に歯をギリリと噛み締め、躍りかかった男より2回りは小柄な少女はそのまま潰されるかのように地面に沈み……一瞬相手が油断を見せたところで、地面についた両手を軸に両足を宙に跳ね上げた。


「ぐふぅ!!」


 蹴りは見事に男の顎と二の腕に直撃し、体勢を崩した彼女が素早く男の下から抜け出してその首筋に大剣を突きつけたところで


「そこまでっ!!勝者、護衛術専攻Aチーム!」

「えー?実戦じゃ敵さんは待ってくれないんですけどー」

「模擬戦くらいで熱くなるな。ほら、行くぞ」


 毎年恒例、騎士科所属生による総当たり模擬戦のうちの一試合が、終わりを告げたのだった。




 騎士科所属全クラス対抗総当り模擬戦、と言うのは易いが行うのは毎年難い。

 というのも当たり前と言えば当たり前なのだが、専攻クラスによって所属する生徒の人数には偏りがあるし、それぞれ得意分野や学ぶ内容が違うのだから当然、能力的にも偏っている。

 そんな生徒達がチームを作って戦うのだから、開催する学園側としては出来るだけ不公平の出ないように、生徒達のやる気を削がないようにとチーム分けや対戦カードなどを考えているらしい。


「なんかさー、手ごたえなさすぎじゃない?期待してただけにちょっと拍子抜けかも」

「何を言ってる。面倒そうな相手は先輩達のチームに割り振ってもらったからだろうが。それに、ここまでの戦い方を対戦予定のチームも見てるはずだ。当然、対策を練ってくるはずだぞ」

「そうだけど…………。次ってどこのチーム?」

「次も何も、最後の対戦だ。お前が待ちに待った、魔術騎士専攻Ⅱクラス。しかもあちらのペアの相手は最上級生だ、くれぐれも気を抜くなよ」

「うんうん、りょーかいっ!」


 大丈夫かこいつ、とウィルは諦めのため息をつきつつ『お前しか制御できないだろうから』と先輩達から押し付けられたペアの相手を見下ろした。


 ユリア・マクラーレンの実力は、ウィルにも痛いほどよくわかっている。

 彼自身、能力測定の記録では悠々と上位に立ったが、魔術抜きで直接剣を交えて膝をつかされたことは1度や2度ではない。

『落ち人』である彼女は魔力を全く通さない代わりに剣技に優れ、大剣という操りにくい得物を使いながらも敏捷性を損なうことなく、軽々とそれを振り回しては向かってくる相手を薙ぎ倒していく。

 能力的には前線向きであるように思えるが、彼女の信念はひとつ……自分を救ってくれたローゼンリヒト公爵令嬢を護ること、である。

 むしろそれ以外のことに興味が全くないため、騎士団に入れて民や町を護らせるよりもそのまま傍付き兼護衛として、『護る』ことに特化した術を学ばせた方が本人のやる気も能力も伸びて一石二鳥、というわけだ。


 そう思い、自分の所属するクラスへと早々にスカウトしたウィルだったが、共に学んでみて改めてユリアの『危うさ』に危機感を覚えるようになった。


(浅慮というか一本気というか……何というか、諸刃の危うさがあるのだ)


 友人であり主でもある存在を護りたい、その気持ちはウィルにもわかる。

 その肩書きが第二王子だった頃に出会ったアベルトに忠誠を誓って以降、主を代えたいとも護衛を降りたいとも思ったことはないし、必要時には身を投げ出して護りきる覚悟はできている。

 ただ、アベルトは自分を護ることで周囲が傷ついたり、ましてや命を落とすことなど望んでなどおらず、もし自分を庇ったことで誰かが傷つきでもしたら、迷わず叱り飛ばした挙句自分付から外すだろうことは間違いないわけで。

 何よりもそんな主の心を傷つけることはウィルにとっても本意ではないため、彼はアベルトを護る他の者や場合によっては他の者の護衛とも連携することを覚えた。

 そして周囲にできるだけ被害が及ばないように、常に冷静さを保って戦うように自主訓練を欠かさない。


 が、ユリアの場合は違う。

 護りたい者があり、その主が狙われやすい地位にあることまでは一緒だが、ユリアの戦い方は独り善がりで感情的である。

 相手がエリカの敵でなければ比較的冷静に対処できているようだが、例えばテオドールなどが相手の場合は今回のように途端にウィルの忠告も耳に入らなくなる。


 そもそもこのクラス対抗戦は、新入生に同じクラスとなった先輩達との連携を学ばせたり、他者と協力して戦うことの難しさを知ってもらったりしよう、という目的も含まれている。

 ユリアが先ほど言っていたように実戦で敵が待ってくれることはない。

 と同時に、実戦において周囲と連携を取れない者がどうなるか……まず間違いなく狙い打ちにされ、真っ先に倒れてしまう。



 どうするか、とウィルは考えた。

 今のユリアはテオドールを倒すことで頭が一杯で、ウィルの忠告も指示も恐らく聞こうとはしない。

 そんな彼女のフォローをして勝利に導いてやることも不可能ではないが、そうなったらきっと彼女は自分の実力でテオドールに勝ったのだと益々自信を持ってしまうだろう。

 一番いいのは、連携が全く取れていない状態で彼女を突っ込ませ、自滅させることだが……。


(ユリアほどではないが、あのテオドール・ヴァイスを勝たせるのは癪かもしれないな)


 公明正大に見えるウィルも人の子だ、誰かを気に入らないと思う感情くらいある。

 無骨で剣術一辺倒なウィルにとって、テオドール・ヴァイスという男は自分の美貌と実力に絶対的な自信を持っており、それに酔っている節まで見え隠れしている嫌味なやつ、という印象で写っている。

 ユリアを勝たせて自信を持たせるのも危険だが、かといってテオドールを調子付かせるのも不愉快、ということだ。


 そうこうしているうちに、自分達の名前と相手チームの名前がコールされる。

 魔術で刃先を潰した大剣を背に、意気込んでグラウンドに向かおうとするユリアの腕を掴み、ウィルは


「頼みがある」


 と、なんの捻りもなく直球でそう切り出した。




 試合開始の掛け声と共に駆け出したのは、やはりこれまでの試合同様にユリア一人だった。

 ウィルはそれをサポートするかのように背後に控えつつ、手には愛用のサーベルを抜き身のまま持って相手を威嚇している。

 ユリアの目は真っ直ぐテオドール一人を捉え、身体ごと突っ込んでいくようにそのスピードを緩めようとはしない。

 テオドールも当然それを予測していたのか、驚きもせずに剣を構えて待ち受けている。


 が、予想外のことが起こったのはここからだ。


「な、!?はぁっ!?」


 抜けたような声を出したのは、テオドールと組んでいた最上級生、セルベール・ロキという学年次席の男だ。

 彼はテオドール本人からユリアとの因縁の話を聞いており、ならば当然テオドールを狙ってくるだろうと考えて予め罠を二重に張っていた。

 ひとつは物理反射の魔術、そしてもうひとつは彼女がテオドールだけに気をとられている間に、その背中から剣を叩き込むという作戦である。

 だからこそ、突進してくる彼女を止めようともせず、傍観に回っていた。


 なのに、物理反射の術が張ってある半歩手前で、突然ユリアが45度の方向転換をして剣を向けてきたのが、他ならぬ彼自身。


(馬鹿な!!あんなスピードで減速もせずに方向転換できるなんて……化け物か!?)


 だがまだ物理反射の術は破られていない。

 意表を突かれはしたが、彼女のあのスピードと勢いで物理反射を食らえばタダで済むはずもない。

 そうタカをくくっていた彼は、次の瞬間


「油断大敵、残念賞ー」


 嘲るような少女の声を遠くに聞きながら、意識をブラックアウトさせた。



『お前が自分の主を護りたい気持ちはよくわかる。だが、今回は私に譲ってはくれないか』

『はぁ?なんでよ?』

『これは極秘事項なのだが……アベルト様はこれまで何度かあのフィオーラ嬢に精神操作系の薬を盛られかけている。その計画の背後にテオドールがいることもわかっているのだが、我が主はまだ放っておけと仰るばかりでな。というわけだ、大事な主を持つお前にならわかるだろう?』


 わかった、とユリアが渋々頷いたことでウィルはひとつの作戦を告げた。

 それがこれである。

 ユリアがこれまで通りテオドールに突っ込んでいくと見せかけて、その寸前でセルベールに標的をチェンジする。

 相手は魔術騎士専攻クラスの優等生二人だ、当然物理反射の術といった罠を仕掛けてくることは想定の上で、ユリアにはそれを破るために一度軽く足先を前に踏み込ませ、しびれるような痛みが返ってきたら本格的に攻撃に入れ、と伝えてある。

 物理反射の術はどんな物理攻撃も防ぐが、たった一度だけという不便さも併せ持っているからこそできる作戦だった。



 そして、ユリアがセルベールに標的変更したタイミングで、ウィルは地を蹴っている。

 テオドールとて伊達に優等生の名を冠してはいない、物理反射が破られたのならもう一度かけようとしてくるか、もしくはセルベールに向かって行ったユリアを挟み撃ちしようとするか、とにかくただ呆けて終わりということにはならないはずだ。

 だが、標的をあっさり変えたことで生まれるのは一瞬の隙。

 それをウィルが見逃すはずはなかった。


 キィン、と使い込まれたサーベルとほぼ未使用状態の騎士剣が合わさる。

 テオドールは確かに騎士科だ、しかし彼は身体を鍛えるのも剣を振るのも必要最低限にして、魔術を使うことを優先的に覚えてきた。

 彼が騎士科に所属する理由はひとつ。

 フィオーラが夢見る『聖女』になった際、己がその唯一の相手である『聖騎士』に選ばれるためである。

 尤も、その目的は彼がエリカに執心するようになって以降、意味を成さないものになりつつあるのだが。


 ともかく、基礎的な運動しかしないテオドールと日々身体を鍛えているウィルが刃を交えた場合、勝敗は見えている。


「く、っ!!」


 力負けして膝をついてしまったテオドールを見下ろし、ウィルは冷ややかに「降参してください」と宣告した。


「貴方にはまだ魔術という手段が残っているでしょうが、ユリアには魔術は効きません。ここで私に降参宣言するか、ユリアに叩きのめされるか……さあ、どちらを選びますか?」



 一瞬の沈黙の後、テオドールが剣を投げ出し降参宣言したことで試合は終わりを告げた。

 ホッと安堵するウィルとどこか物足りなさそうなユリアの姿を、観覧席にいたフィオーラが憎々しげに見つめていたことに気付いたのは、その取り巻き達とテオドールだけだった。



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