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21.女三人寄れば……ツッコミ不在

緩い、状況説明話です。

 結局、見学初日はアベルトのいるクラスを訪れただけで時間切れになってしまったため、エリカが元々訪れようと思っていた兄ラスティネルの所属していた魔術具研究クラスに行くのは、翌日になってしまった。

 翌日は朝から1日見学の日とされていたため、前の日に訪れたクラスをもう一度訪問する者、まだ決めかねてうろうろとあちこちを彷徨う者、毎年お決まりの迷子になる者、他の科に訊ねていっては追い返される者など、新入生達はそれぞれ思い思いに過ごしているようだった。


 エリカもレナを伴ってこの日は魔術具研究クラスを訪れ、レンと妙に歓待ムードの先輩達に出迎えられた。


「それでは、お兄様が研究なさっていた魔術医師の補助用具の研究は、レンが引き継いでいますのね」

「ええ。あちらの世界の『科学技術』と上手く融合させれば、不運にも重い病にかかった人達を救う手助けになれるかと。あちらの世界は医療が発達しているようですから」

「それは素晴らしいわ。医療の発達はお兄様の悲願でもあるんですもの。ねぇ、私でもなにかできそうなことはあるかしら?」

「そうですね……エリカ様はエリカ様にしかできないような……例えば、魔力過多の人が魔力を制御できるような装身具を研究されてみるとか、どうでしょうか?」


 現実、魔力を制御するための腕輪などは存在するが、それはあくまで魔力制御に不慣れな平民向けと謳った商品である。

 貴族であれば幼い頃から魔力制御について専門家に教わるのだし、どれだけ魔力が多い人でも暴発したりすることは稀であったからだ。

 だがエリカのような例がないとは言えない。

 魔力過多を通り越して魔力飽和まで行ってしまうと、制御できない魔力が体内で暴れ回りぶくぶくと肥え太ったり、最悪の場合死に至ることもある。


(私のような子供のために、マティアス先生は力を尽くしてくださった。だったら……)


 その手助けの一環として、ラスティネルは魔術医師をサポートできるような魔術具を研究していた。

 なら考え方を変えて、エリカは魔力飽和や魔力過多で苦しむ子供の助けになれるような、そんな魔術具を研究してみるのもありかもしれない。


「そうね、そういう考えもあるのね。ありがとう、レン。参考にさせていただくわ」

「お役に立てたなら何よりです」


『参考に』と言いながらも、エリカの心はほぼ決まっていた。

 この魔術具研究クラスに入り、兄のように誰かの役に立てるような魔術具を作りたい、と。




 それから3ヵ月後、ユリアはかねてからの希望通りウィルフレッドの所属している『守ること』に特化した体術を学ぶクラスに。エリカは兄の魔術具研究クラスを希望し、レナは「エリカ様と一緒の方が望ましいのですが」と申し訳なさそうにしながら、補助魔術研究クラスへの所属希望を出した。


 確かに傍付きを連れた貴族令嬢・令息の場合その傍付きと同じクラスになることも多いが、アベルトのようにそれぞれの適正を考えて別のクラスに所属するケースもないとは言えない。

 この学園は『国立』を謳っているだけあってセキュリティはしっかりとしているし、万が一にも学園内で『何か』が起こった場合その問題を起こした者は学園どころか国内にすら居辛くなる。

 そのリスクを考慮した上であえて仕掛けてくる者もいないとは言えないが、そんな些細な可能性まで考えていたのでは逆に身動きが取れなくなってしまうだろう。


「大丈夫よ、レナ。あのクラスはお兄様の後輩の方達ばかりですもの、皆さんとても好意的だったわ。それにレンも一緒でしょう?」

「…………そうですね。ヘタレですが」

「へたれ?」

「あっちの世界で言うところの『頼りない』とか『情けない』って意味だよ」

「……そう、かしら?」


 レンはあのフェルディナンドをも唸らせたという、エリカの婚約者だ。

 頼りないとか情けないという言葉は当てはまらないのでは?とエリカは首を傾げたが、その言葉の意味を知っているユリアとそんな彼女に教えられたレナは、揃って「そうなんです」と大きく頷いた。



「ああ、そうでしたわ。旦那様からの連絡事項をお伝えしなくては。『あの方』のご実家が不穏な動きをされているようですわ」


 継続して探りを入れているグリューネ家に潜入している者が、どうやら最近になってグリューネ家の奥方……つまりフィオーラの実母でありエルシアの義母が、頻繁に王城に出向いているとの報告を上げてきたらしい。

 接触しているのはどうやら第二妃であるようだ、とも。


(第二妃様といえば、浪費家で有名な……確か第三王子殿下は今年10歳のはず)


 10歳といえば、王族としてそろそろ婚約者候補をと勧められる年齢だ。

 側妃から生まれたアベルトは例外的に婚約者は決まっていなかったが、第一王子であるレミニスの婚約者候補達の名前が挙がり始めたのは、確かこの年齢からのはずだ。

 もしかして、とエリカはこのグリューネ侯爵夫人の行動が実娘であるフィオーラのためではないか、と推察した。そして恐らく、連絡を入れてきたフェルディナンドもそう考えたのだろう、と。


「他科から淑女科への編入は通常ではありえないけれど……方法がないわけではない、そうよね?」

「ええ。侯爵令嬢という身分でしたら王妃様や第二妃様にお仕えする傍付きにもなれますけれど、それでは第一王子殿下と婚約されたエルシア様よりも下になってしまいます。でしたら……」

「そっか。第三王子って10歳だもんね、今のうちに婚約者に収まっとけば同じ立場になれるよね」

「そういうことですわ」


 エルシアがレミニスの婚約者として認められたのは、フェルディナンドの手回しも多少影響していただろうが、結果的に第一王子自身がそう願い出たからだという。

 だがそう周知されるまでは、その妹であるフィオーラこそが婚約者候補筆頭として知られていたのも事実だ。

 それだけ3属性に適正ありとされた彼女の能力は王族にとって魅力的であり、加えてその華やかな美貌と人望は確かに王族の一員として加えることに問題などなかった、はずだ。

 実家での姉に対する見下したような態度や、テオドールとのことさえなければ。


 三人は、数年前アベルトがフェルディナンドに接触を図ってきた際に、もしかすると第三王子が利用されるかもしれないと危惧していたことを知らない。

 アベルトはその『起こるかもしれない』政変に巻き込まれないために王族を辞め、そして早々に兄である第一王子の補佐役として名乗りを上げているのだが、それでもなお侯爵夫人が不審な動きを見せていることがどう影響するのか。

 それは今のところ事情を知っているフェルディナンドとアベルト、そしてレンとウィルくらいしかわからないことだろう。



「そういえば前からちょっと聞きたかったんだけど……エリカ、以前のことって聞いても大丈夫?」


 ユリアの言う『以前のこと』というのが『かつての生』のことだとすぐに気付いたレナが止めに入るより早く、エリカは「ええ、いいわよ」と頷いて応えた。


「エリカ様、ですが……」

「……正直、まだ傷は癒えたわけではないの。でも、何かされるにしてもされないとしても、先に知っておいてもらわないと防げないことってあるでしょう?」


 それで、なにかしら?

 そう問いかけられたユリアは、幾分かホッとしたように『以前の学園生活のこと』を訊ねてきた。

 エリカは回想する。かつての生で、フィオーラやテオドールのことを除いた時間、自分がどう過ごしてきたのかを。


 あの頃のエリカはとにかく引きこもり気味で、家族に対するコンプレックスも強かったため距離を置いており、情報源と言えばテオドールだけだった。

 学園に入学してからはそれにフィオーラも加わり、社交界での噂話から学園内の権力事情まであれやこれやと話してもらった記憶ばかりが残っている。

 だがそれは、今思い返してみればあやふやで……真偽の定かではないものが混ざっており、恐らくあの二人がエリカを徹底的に『外』から遠ざけるために作り上げた、まことしやかな噂話もあったのではないか、とそう思っている。


(そう考えてみれば、学園生活といっても彼女達の記憶ばかりしかないのね……)


 傍付きであるテオドール、そして友人を騙っていたフィオーラ。この二人抜きにしては、学園生活は語れなかった。

 あえて思い出すなら、過去の生では結局3ヶ月という見定めの時期を過ぎても専攻が決まらず、常に魔力飽和状態であったためまともに授業を受けられたのもほんの僅か、結局は学園側の特別な取り計らいにより医務室と自習室を往復しながら、魔力の制御について個人授業を受けていたということくらいだろうか。



 事のあらましを聞いたレナは思わずハンカチを出して目尻を押さえ、感情豊かなユリアなどは既に話の途中でぼろぼろと涙を零してしまっている。

 そしてエリカが話し終わるとたまりかねたようにその首に腕を回して抱きつき、まるで出会ったあの頃のようにわんわんと子供のように泣きじゃくった。


「酷いっ、酷いよ!それ、エリカなんにも悪くないじゃない!」

「そうね……いえ、そうなのかしら?私がテオドールに引っかかったのがそもそも……」

「そんなの!引っ掛けたテオドールが悪いに決まってるでしょ!」

「え?ええと……」


 そうね、ともそうじゃないわ、とも言えず、エリカは困ったようにユリアを抱きしめ返すしかできない。

 レナもおおむね同意しているのか、何か不穏なことを考えているかのような厳しい顔つきになっている。


 やはりいつものようにツッコミ不在のまま時は過ぎ、

 ようやく泣き止んだユリアはばっとエリカに抱きついていた身体を離し、


「よしっ、それじゃ今度の対抗戦は気合入れてやるわよぉっ!打倒、テオドール!やるぞー、おー!!」


 と一人で勝手にガッツポーズを作って息巻いた。


「……対抗戦?……って何のことかしら、レナ」

「新入生が専攻を決めた頃、クラス別対抗戦が行われるらしいですわ。主に新入生の実力を見るためのようですけれど、そこで新入生が他クラスの先輩を倒すこともあるそうですから」

「……ああ、そういうことなのね」

「はい」


 ユリアの進んだクラスとテオドールの所属するクラスは違う。

 トーナメント戦ではなくクラスの中でいくつかチームを作っての総当たり戦となるため、必ずどこかでテオドールのクラスと当たることがあるはずだ。

 そして、ユリアのクラスには事情通であるウィルフレッドがいる。

 彼なら、チームわけを上手く操作してユリアとテオドールが当たれるようにするくらい、恐らくお手の物だろう。


「…………やり過ぎないといいのだけれど」

「大丈夫ですわ、対抗戦には治癒術師の方々も待機されるそうですから」

「…………」


 そういう意味じゃないのよ、とはどうにも言い難かった。




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