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19.なんて素敵な宣戦布告

「へぇ……それじゃ、エリカの属性って『水』と『光』ってことになっ、むぐ」

「お嬢様の得意属性がそのふたつだってことくらい、お前だって知ってたよな?……な?」

「んー、んー!!」


 そうそう、と言うようにこくこくと頭を縦に振るユリアを見て、レンはようやくその口を塞いでいた手を退ける。


 口を塞がなければ危うく『ってことになったんだね』と続けるところだったが、さすがに誰の目があるかわからないカフェテリア内でその発言は問題だ。

 ユリアにも遅れてその意図が伝わったのか、「そうだったね、ごめん」と珍しくしょんぼりと項垂れて謝ってきた。

 そのいつになく落ち込んだ様子に、今度はエリカが「ユリアはどうだったの?」と訊ね返す。


「どうって別に……剣を振る速度とか姿勢とか、あと反応速度とか握力とかそんな基本的なこと測定されただけだし。ほら、あたし魔力全然だから」

「この者は私の記録に総合力で及ばなかったことを気にしているようだ」

「ちょっ、なに勝手に……!」

「その通りだろう。相当悔しがっていたと、担当教官から聞いている」

「ああ、もう!」


 どうやら、去年騎士科の1年生として入学したウィルフレッドは、この能力測定で前代未聞の高記録を残したらしい。

 今回ユリアが叩き出した記録も女子としては文句なしの記録だったらしいが、それでもウィルフレッドの記録に比べるとかなり見劣りするものだったようだ。



「そもそも、魔術を使える私とお前では条件からして違うだろう?私は剣に魔術を乗せた、お前はその戦い方ができなかった、それだけの違いだ。素養からすればどちらが上かなどわからん」

「でも、だからこそ、あたしは魔術を超えなきゃいけないの。そうじゃなきゃエリカを守りきれないもの」

「だったら…………そうだな、戦い方を見直してみたらどうだ」

「見直す?ってどうやって?」


 ユリアがようやく興味を持ち始めたことを察したウィルフレッドは、魔術科とはまた違った騎士科の専攻選びについて話し始めた。


 新入生が自ら学びたいコースを選び見学に行って決める魔術科とは違い、騎士科は基礎訓練の間に学園側が個々の適正を見極め、最終的にいくつかの選択肢を用意した上で専攻を選ばせる、という方法を取っている。

 ウィルフレッドは元々それほど大柄な方ではなく細身であるため、力技での戦い方は得手ではない。

 力技が得意な騎士は大勢いいる、だから彼は素早さや体術を生かして『守るための』戦いに備えられるようにと、他の生徒に比べ多く並んだ選択肢の中から今の専攻を選び取った。


「誰かを守るためにはただ剣技を極めるだけではなく、対象を守り自分も傷つかぬ戦い方をしなければならない。お前の大事な人が守れても、お前が傷つけば大事な人の心も傷つく。そのことを念頭に置いて」

「わかった!とにかく、ウィルのいるクラスに行けば、そういった守る戦い方っていうのも教えてもらえるんでしょ?だったらあたし、そこを希望する!」

「またお前は考えなしに……」


 単純明快、ユリアの思考にあるのはただ『エリカを完全に守りきれるかどうか』である。

 だから、ライバル心を隠しきれなかった相手ウィルの手を取ることも厭わない。

 その明快さは友人としては好ましいが、前世の記憶もあいまって兄的立場にいるレンからすれば諸刃のような危うさも感じられてしまい、ついつい咎めに入ってしまう。

 が、滔々と説明していたウィルフレッドは、気を悪くした様子もなくひとつ頷いてそれを受け入れた。


「わかった、教官に話しておこう」

「ウィル!?」

「何を驚く、レン。ユリアは才能も適正もある、いずれ提示される条件の中には我が専攻も含まれているだろうし、それがほんの僅か先んじるだけだ。有能な者には先に売約済みの札をつけておかねば、な」

「…………お前、結構強かだな」


 いろんな意味で、と小さく付け加えられたそれに、ウィルフレッドは低く喉を鳴らした。




 そんなお昼休憩を終えた午後、寮の門限まで自由行動となっているため教室に留まっている生徒は数えるほど、他はそれぞれ気になる専攻クラスを回るべく案内板を片手に敷地内に散っていった。

 他ならぬ魔術具研究クラスで企画開発したというその案内板には、魔術科の生徒に開放されている敷地の全施設が登録されてあり、逆に進入禁止の区域に近づくと赤く光って警告を示すという便利機能が搭載されてある。

 これは、各々の区域の境目に『センサー』の役割を果たす魔術具が埋め込まれてあり、魔術科の生徒に渡される案内板の『センサー』がそれを感知して反応するためである。


 さて、エリカとレナは約束通りアベルトの所属する補助魔術研究クラスに顔を出そうと、彼らが使っている研究棟へと足を向けていた。

 その途上で、廊下の向こうから歩いてくる見覚えのある黒髪の少年を視界に入れ、思わずエリカの足がぴたりと止まってしまう。


「…………どうして、騎士科の彼がここにいるの?」

「わかりません……少なくとも、個人的な用事では出入りできないはずですが」

「そうよね」


 できることなら記憶から消し去ってしまいたい。ユリア曰くの『黒歴史』……テオドール・ヴァイス。

 甘い顔と言葉で近づき、信頼と好意を勝ち取った上で一気に突き落としてくれた張本人。

 あの時彼を無条件に信じ、受け入れた無防備な自分ごと忘れ去ってしまいたい存在の一人だ。


 騎士科に所属しているはずの彼が、今は何故か魔術科のしかも研究棟の方から歩いてくる。

 避けようと思えば避けられる、今からでも道を引き返して別のルートで向かうことは可能だ。

 だがエリカは、あえてそれをしないことにした。


(いつまでも逃げてるだけじゃダメだもの。それに、今は彼女の執着も他に逸れているはずだし)


 彼がフィオーラの願いを聞いて動いているのなら、その彼女の視線が逸れている今ならエリカに対して何か仕掛けてくることもないかもしれない。

 そう判断して、彼女はゆっくりと足を一歩踏み出した。

 心配そうに主の様子を伺っていたレナも、何かを決意したかのように前を向き同じように歩き出す。


 一歩、また一歩、近づくたびに鼓動が跳ねる。

 嫌な音を立てて、ドクンドクンと波打つのがわかる。

 どうかこちらを見ないで……平静を装いながらエリカが軽く窓際に避け、レナもそれに倣って歩幅ひとつ分窓際に移動したことで、前から歩いてきたテオドールとは自然な距離ですれ違える、はずだった。


 すれ違う直前、カツンと音を立てて彼が立ち止まらなければ。



「……エリカ・ローゼンリヒト様?」


 カツン、とエリカとレナの足も止まる。

 歩幅にして2歩分のところに『彼』がいる、しかも至極いい笑顔で。


「お嬢様に何か?」

「やあ、君はレナ・シュヴァルツ嬢だったね。こうして会うのはあの傍付き選定の日以来かな?」

「ええ、そのようですわね」

「そんなに警戒しなくても。私は君に何かしたかな?」

「いいえ。…………()()なにも」


 エリカを背で守るように立ち塞がるレナを見つめ、テオドールは困ったように笑う。

 そしてレナの背後にいるエリカに視線を移し、うっとりとラベンダー色の瞳を細めた。


「あまりに懐かしかったものですからご挨拶をと思ったのですが……どうやら私は警戒されているようですね。とても残念です」

「ご不快になられたのなら謝罪を。ですがお嬢様は婚約者のおられる身、気安く異性の方に近寄っていただくわけには参りませんの。どうぞご了承くださいな」


 これはテオドールを遮る詭弁であると同時に、婚約者を持つ貴族令嬢にとっては常識の範疇にある礼儀である。

 近しい家族やどうしても断れない身分の相手であれば別だが、普通は婚約者以外の異性と話し込んだりするのはマナー違反とされている。

 学園の生徒である以上、教師やクラスメイト達と交流するのは問題がないとされているものの、やはりこうして個人的に言葉を交わすことは避けられれば避けた方が無難だ。



 レナの言葉にテオドールは一瞬不快そうに顔を歪め、そしてどこか哀しそうに伏目がちにエリカへと視線を向ける。


「婚約者……ええ、存じております。あの時、傍付きに選ばれた彼……彼が貴方の婚約者になったのだと。それを耳にした時、私がどんなに悔しかったか。あの時私が選ばれていたなら、そこにいたのは私だったかもしれないというのに」


(それはないわ、テオドール。だって貴方は、私を裏切るために近づいてきたんですもの)


 そんな相手を誰が傍に置きたいと思うだろう。

 一度心から信じ、そして手酷く裏切られた相手を誰がもう一度信じようと思うだろう。

 そんな聖女のような心根の者もいるかもしれないが、エリカには無理だった。


 エリカはテオドールを選ばなかった。

 そして彼女が望まない限り、フェルディナンドもきっと彼を選ばない。


 エリカは、それは違うのだと言葉に出して伝えようとした。

 だがその前に、テオドールの来た方向から足早に近づいてくる人影を認め、彼女は彼にその役目を譲ることにした。

 他ならぬ彼がそう望んでいるとわかったからだ。


「……残念だが、それはないだろうな」

「…………君は」

「家族立会いの場において公に披露を行った正式な婚約者に対し、口説くような真似はやめてもらえるかな?実に不愉快極まりない」


 テオドールは黙り込んだ。


 婚約者と言っても、ただの口約束である場合は本人同士もしくは家同士がそう公言しているだけで、特に拘束力は発生しない。

 だがレンの言うように互いの家族が立会い、公に婚約したことを披露した相手となると、それがいかに身分不相応の相手であったとしても、周囲はそれに異議を唱えたり割って入ったりすることなどできなくなる。

 つまり今テオドールが口にしたのは、彼らが社交界にも知られる婚約者同士だと知っていながらそれに横槍を入れようとする、マナーのなっていない言葉だったということだ。



 テオドールは唇を噛み、ややあって小さく一礼して謝罪の意を示した。


「礼儀のなっていない行動だったと認めよう、すまなかった。だがレンウィード・シュヴァルツ」

「まだなにか?」

「…………私は、君を認めない」

「これはこれは。素敵な宣戦布告をありがとう。心に留めておくよ、テオドール・ヴァイス」


 レンの勝ちですわ、と小さく囁いたレナの声にエリカもようやくホッと安堵の息をついた。




この最後のシーンを書きたいがために設定を変更しました。

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