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16.一抹の不安、そして決意の時

4/26ラスティネルのくだりをちょっとだけ変更

「うわぁ…………おっきいねぇ……」

「……ユリア、そんなに大きなお口を開けてたら虫が飛び込」

「閉じました!はい、閉じました!」

「お下品ですから、大声を出すのもおやめなさい。みっともない」



 ここは、国立ヴィラージュ総合学園。

 13歳から入学を許されるこの学園は、王族・貴族のみならず才能のある者には広く平民にまで門戸を開いている。

 国立というだけあって運営費は国が殆どを負担しており、生徒達は食費や生活費、その他は制服や教科書などの備品を購入する費用だけでいい。

 ただし、その『備品』がかなり高額なものばかりであるため、平民であってもそれなりに裕福な家庭であるか、それとも貴族の後見を受けるかしないと通い続けることは中々に難しいようだ。


 エリカ・ローゼンリヒトは今年13歳。

 傍付きであるユリア・マクラーレン及びレナリア・シュヴァルツと共に、今年漸く学園の門をくぐることを許された新入生である。

 そんな彼女とは入れ違いに、今年18歳になる兄のラスティネルはこの学園を卒業し、ローゼンリヒト領内の治癒術師達のための医療施設に通いながらも、時折学園の研究棟に顔を出して魔術具の研究にも尽力するとのことだ。



 この学園は全寮制で、基本的に一人部屋ではあるが傍付きがいる場合は大部屋に入ることも可能らしい。

 エリカの場合もユリアとレナを傍付きとして申請しているため、二人部屋であったところにベッドや荷物を運び込み、三人部屋としてもらってある。

 これは別にエリカだけの特別措置ではなく、殆どの貴族令嬢がそうであるためいらぬ妬みを買うこともないだろう、と判断した上での申請だ。


「うんうん、もともと二人部屋だったって聞いたけど、これはこれで結構広いよね」

「傍付きを連れて来るのは殆どが中位から高位の貴族令嬢・令息ですもの。手狭にならないようにと学園側が配慮くださったのでしょう。……それより、エリカ様。顔色が優れないようですが……」

「そうだよエリカ、なんか酷い顔になってる」

「……それを言うなら『酷い顔色』ですわよ、ユリア」


 レンがいない今、すっかりユリア限定のつっこみ要員となってしまったレナは、切実に双子の弟の帰りを待ち望みつつ、律儀につっこんでやっている。

 そして用は済んだとばかりに顔色の悪い主の傍に寄り、「失礼致します」と額に手を当てたり脈を計ったりと、甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。

 いつも大概のことは一人でやってしまうエリカ、その世話を焼ける機会はそうそう訪れないからと普段から不満げに零しているだけあって、レナの表情はどこか生き生きしているように見える。


「熱は……それほど高くないようですけれど。お加減はいかがですか?」

「大丈夫、そんなに心配しないでレナ」

「ですがエリカ様」

「本当に、それほど辛いわけではないの。……ただね、さっき学園に入る手続きをしてくださった先輩方がおられたでしょう?」

「ええ」


 その中に、テオドールの姿があったものだからね。

 ここ数年エリカの口から聞くことのなかった忌まわしき名前に、傍付き二人は顔を強張らせた。



 新入生は決められた数日の間に学園に来なければならず、その際はまず入学許可証や身分証明書など確かに本人であるという証を立てるため、手続き用の窓口で入学審査を受ける。

 その窓口に座るのはいずれも成績や素行が優秀だからと学園に認められた先輩達であり、その補助役として数人の教師が横につく。


 エリカが並んだ列は人数が圧倒的に少なく、他の窓口などは多数が列をついているという不思議な光景となっていたのだが、その理由というのが『誰が窓口にいるか』であった。

 エリカやその傍付き二人の手続きをしてくれた先輩は、普通科を象徴する紺のブレザーを着ていた。

 そして視界の端で長い長い列をさばいていたのは、騎士科を象徴するグレーのブレザーを着た美術品のような近寄りがたい美しさを持つ少年、テオドール。


 テオドール・ヴァイスはエリカよりも2歳年上の、今年15歳。

『聖騎士』を最終目標として学園に入ったのは知っていたし、そのうちきっと顔を合わせるだろうことも覚悟していたが、まさか初日にいきなり見かけることになるとは思ってもいなかったのだ。


(フィオーラ様は私と同い年のはず。ならあの列の中に、彼女もいたのかしら)


 最後に彼女を見たのは、第一王子とエルシア嬢の婚約披露の場。

 自信に満ち溢れキラキラと瞳を輝かせていた彼女が次の瞬間、困惑と屈辱と驚愕に顔を歪めたのをエリカは未だに夢に見ることがある。

 きっと、あのままでは終わらない。彼女が何もしなくても、テオドールが何かやらかす。

 そんなことを考えて暫くは落ち着かなかったのだが、半年経ち1年経ち、目立った噂を聞くこともなく過ごすうちに段々と考えすぎなのかと思うようになっていった。


 とはいえ、学園に主要な関係者が揃ったとなれば話は別だ。

 第一王子は入れ違いに卒業しているが、エルシア嬢は今年16歳ということでまだ在籍中である。

 そしてテオドール、フィオーラ、エリカが学園に揃い、3年前に正式に王位継承権を放棄して母の降嫁先で養子縁組した元第二王子、アベルト・スタインウェイも今年2年生となる。



 この学園で何かが起きる……それは予感ではなく、確信に近い。

 かつての生で、フィオーラが【聖女】として神託を受けたのが16歳のこと。

 そして彼女は、第一王子の婚約者から【聖女】となって神殿に仕える者となった。

【聖女】に触れてもいいのは唯一、同じく神託を受けた【聖騎士】のみ。


『そうして聖女は、聖騎士に守られていつまでも幸せに暮らしました。……ふふっ、物語のハッピーエンドを迎えるのはわたくし。忌まわしい病持ちの貴方ではありませんのよ』



「テオドールかぁ……あいつ、騎士科なんだったよね?だったらあたし、会う機会が増えるかも。うふっ、たーのしみぃ」

「……ユリア、あまりテオドールを挑発してはダメよ」

「そうですわ、ユリア。下手に挑発などをして、あの男の目をお嬢様に向けられでもしたらどうするのです」


 ユリアの実力は養父である赤騎士団長の折り紙つきだ、ならばいかにテオドールが騎士科で己を鍛えたとしても、そうそう簡単に勝てる相手ではない。

 が、問題点はそこではない。せっかく今は逸れているエリカへの視線を、またしてもこちらへ向けさせるわけにはいかないのだ。

 いずれ決着をつけなければいけないのだとしても、彼の方から行動を起こすまでは平穏に生きていたい。

 自分を貶めた彼らの最終的な目標は阻止してやりたいとは思う、だがそれ以上にエリカが望むのは己とその身内達の身の安全なのだから。


 気分が高揚していたところに水を差され、すっかり拗ねてしまったユリアの両肩にレナはそっと手を添え、顔を覗き込むように首を傾げる。そして。


「挑発など、生温いことはおやめなさいな。やるならば徹底的に、二度とお嬢様に関わろうなどと不埒な考えなど起こせぬように、一気に叩き潰して……いえ、完膚なきまでに叩きのめして地面に頭を擦り付けて許しを請わせなさい」

「えっ?」

「うん、そうだよね!邪魔な芽は小さいうちに摘んでおけって旦那様が言ってたアレだよね!わかった、あたし頑張る!」

「ちょっ、ちょっとユリア……」

「エリカはぜんっぜん心配しなくていいからね!」


(……いえあの、余計に心配の種が増えたのだけど……お父様も何を教えておられるの)


 ただでさえ敵の多い公爵家令嬢を守るために傍付きがいるのだ、確かに将来的に敵対することがほぼ明らかな相手に対し、今から対策を練っておくことは無駄ではない。

 だがフェルディナンドが教えたという『邪魔な芽は小さいうちに摘め』というのは、明らかにやりすぎだ。

 少なくともテオドールもフィオーラも、()()何もしていないのだから。


 やはりここは、彼女たちの主として少し厳しく言っておかねばならない。

 意を決し、エリカは「二人とも聞いてちょうだい」といつもより硬い声音で呼びかけた。


「ねぇ、聞いて。確かに何を考えているのかわからないテオドールや、フィオーラ嬢のことは怖いわ。きっと、このままではすまないとも思っているの。でもね、まだ相手が何も仕掛けてこないうちに先手を取ってしまえば、よろしくない評判が我が家についてしまうとは考えられない?」

「……それは、確かにそうですわね」

「うん……あたし達だけの問題じゃないってことだね」

「ええ。わかってもらえて嬉しいわ。ですからユリア、レナ、くれぐれも軽率な行動は謹んでちょうだいね」

「はい、かしこまりました」

「ごめんなさい……気をつける」


 しゅん、と叱られた犬のように項垂れてしまった二人を見て、エリカはあらあらと困ったように首を傾げる。

 そして、精一杯の笑みを浮かべると続けてこう言った。


「ただし、我がローゼンリヒト公爵家の者に対する敵意が確認できたその時は…………生まれてきたことを後悔するほどに、思い知らせてやりなさい。それがギリギリの妥協点よ」

「…………なんかさ、エリカって意外と強かだよね……」

「あら、だってわたくしお父様の娘ですもの。気性を受け継いでいてもおかしくはないでしょう?」


 にこりと微笑んだ顔は確かに母レティシアに生き写しだったが、ここにアベルトがいたならこう言っただろう。

 その背負った怒りの色は公爵にそっくりだ、と。



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