14.その首に鈴をつけるのは貴方
4/26 エリカのお相手フラグ、変更しました(詳しくは今日の活動報告にて)
「どうして?ねぇ、どうして私じゃなくてあの人が選ばれたの?確かに最近、実家に帰ってきても呆けていることが多かったけど……まさかレミニス殿下とそんな関係になってただなんて。まさか、信じられない……」
「僕だって信じられないよ。だって、第一王子殿下の婚約者候補筆頭にはいつだってフィオーラの名前が挙がっていたんだから。それがまさか、エルシアが指名されるだなんて」
「本当、酷いわ。きっとあの人、私に隠れて殿下に擦り寄っていたのね。そして、婚約に浮かれてる私を嘲笑っていたんだわ」
「ああ、これは手酷い裏切り行為だ。……さあ、どうやって復讐してやろうか?」
闇夜にキラリと光るラヴェンダー色の双眸。
その中に紛れもない殺気が含まれていることに、フィオーラが気付いた様子はない。
(あれで、まだ12歳の少年だというのか……末恐ろしいガキだな)
かつてフェルディナンドの部隊で働き、現在は黒騎士団で諜報役を務める男。
彼は王宮の庭先を警護するふりをしながら物影に隠れ、気分が悪いと言って会場を抜け出してきた少女と少年の二人連れを尾行していた。
そしてその決定的な会話を録音機能のある魔術具に記録し、二人が会場に戻るタイミングで何食わぬ顔で警護の列に戻った。
腹を壊したとでも偽って、一刻も早くフェルディナンドに知らせなければとそれだけを考えながら。
「…………なるほど、な」
元部下から渡された魔術具の内容を聞き終えると、フェルディナンドは蒼白になっている息子を宥めるようにその髪をひと撫でしてから、こちらも一様に顔色をなくしているエリカの傍付き達をぐるりと見渡した。
「まだ幼いお前達にこれを聞かせたのは、エリカのことを真剣に守りたいとそう願ってくれているからだ。……そこで訊ねたい、テオドール・ヴァイスを今のうちに潰しておくべきか否か」
「!」
「父上、それは……」
「あの子ははっきりと明言しなかったが、フィオーラ嬢の隣にいたという黒髪の男はテオドールでほぼ間違いない。思い返せば、傍付き選考の時から少し様子がおかしかったからな。以前から何度か悪夢という形で見ていたということだから、あの時も相当恐ろしかったのだろう……あぁエリカ、あの時お前の苦しみを取り除いてやれなくてすまなかった……」
「……旦那様、話が逸れております」
ゴホン、とわざとらしく咳払いしてレンが冷静に指摘すると、悲劇の父状態だったフェルディナンドもハッと表情を引き締め、元通りの『領主』の顔になる。
そして、もう一度ぐるりと周囲を見回してから、後継である息子をしっかりと見据えた。
「ラスティネル、意見を聞こう」
「……正直、判断がつきかねます。フィオーラ嬢の発言はまるきり子供の我侭そのものですし、テオドールのそれは彼女を増徴させるような……いえ、誘導するようなものに聞こえます。ですが、まだ幼い彼がどうしてそこまで裏切りという行為に対して嫌悪を抱いているのか、その辺りを調べてみないとなんとも」
「ああ、その通りだ。口頭で報告を受けた際に、既にヴァイス家については探りを入れるように頼んであるが……潰すか否かは判断がつけられぬということか」
「我がローゼンリヒト家が手を下すだけの理由が乏しい、と現段階では言うしかないでしょうね」
いくら当主であるフェルディナンドが娘可愛さでテオドールを潰そうと考えても、その理由が『予知夢』では根拠に乏しすぎる。
しかも彼が直接手を下した、という『事実』は体験したエリカ本人と事情を聞いているこの傍付き達しか知らないことだし、そもそもまだ決定的なことをやらかしていない状態で処断しようとすること自体難しい。
場に重い沈黙が訪れたところで、レンがふと何かを思いついたかのように口を開いた。
「旦那様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「確かに、テオドールにしてもフィオーラ嬢にしてもまだ罪を犯してはおりません。ですがこのまま放置すれば、お嬢様の予知夢を実現させてしまう可能性もあるわけです。ですから……言い方は悪いですが、首に鈴をつけてしまわれては?」
『首に鈴』という表現に、ユリア以外は皆一様に首を傾げたり捻ったりしてその意味を考えている。
要するに、彼らがエリカに接触しないように監視役をつければどうかという意味なのだと、そうレンが説明したことで皆ようやくわかったという顔になったのだが。
「でもレンウィード、フィオーラ嬢の家には既に間諜を放ってあるし、テオドールは裏切りという行為に異様に固執してる様子だよ?彼女の方はいいとして、彼の首にどうやって鈴をつけるつもりかな?」
「ああ、いいえ……鈴をつけるのはテオドールではありません。エリカお嬢様の方です」
レンが何食わぬ顔でしれっと投下した爆弾発言に、今度はユリアも含めて全員が驚いた。
特にフェルディナンドは驚きと同時にその明け透けな表現に対し怒りを覚えたらしく、手に持ってくるくると弄んでいたペンをバキリと折る音が室内に大きく響く。
だがそのまま口を開こうとしない父の方を見ないようにしながら、仕方なくラスティネルが代理でレンの発言の意図をやんわりと訊ねた。
「エリカには君達傍付きがいるじゃないか。それに、あの子の方から彼らに接触を図る心配はないと思うのだけど?」
「はい。ですが昨日の夜会のように、公の場では我々傍付きであっても貴族の子息令嬢として出席を求められます。つまり、終始お嬢様の傍に侍るわけにはいかない、ということです」
「なるほどね……家としての付き合いが求められる社交界はもとより、王宮でのパーティなんかはパートナーと行動を共にするのが普通だ。僕もそのうち婚約者ができれば、その相手をエスコートすることになるわけだし、エリカもそれを求められるってわけだね」
ああなるほど、とラスティネルはどうしてフェルディナンドがペンを折るまでに興奮したのか、漸く理解した。
レンの言い方も悪かったのかもしれないが、それだけでは父はこうまで怒らない。
レンはつまりこう言いたいのだ。
『どう行動を起こすかわからない彼らを見張るより、事情をよく知る者に婚約者になるよう打診して内側から守ってもらえばいいのではないですか』と。
エリカを溺愛している父からすれば、便宜上の婚約者を決めなければならないというだけで腹が立つのに、その婚約者に始終べったり張り付いて守ってもらうなどありえない、という感じだろう。
婚約者となる相手に事情を話すということは即ち、身のうちに取り込むということ……それはそのまま、その相手がエリカの婚姻相手となることを意味している。
むしろ逆に、身内に迎え入れる覚悟がなければ事情を話すことなどできない、ということでもある。
「……だけどね、レンウィード。そんな都合のいい婚約者が見つかったと仮定しても、まだテオドールの言う『復讐』を防ぐ手立てが見つかっていないだろう?エリカは守れたとして、では彼の姉君は?現状、この復讐発言を知っているのは当人達とこの報告をくれた騎士、そして僕らだけだ。このままでは、恐らく姉君はその座を引き摺り下ろすべく何かを仕掛けられるはず。それについてはどうする?」
「どうするも何も……何か問題が?」
「…………は?」
温かみの欠片もないその冷ややかな声音に、ラスティネルは我耳を、そして我目を疑った。
「最も優先すべきは、お嬢様の身の安全の確保とこのローゼンリヒト家の社会的名誉を守ることだと考えた上で申し上げますが、彼らのエルシア嬢への報復を阻止せんと動いたところで逆に彼らに逆恨みされるだけではありませんか?」
「それは…………そう、かもしれないが」
「それに、殿下の方でも婚約者候補と名高かったフィオーラ嬢の報復には備えておられるはずです。その証拠に、エルシア嬢は王宮に留まっておられるのでしょう?あちらには騎士の方々も控えておられますし……どうしてもと言うなら、テオドールにも注意するようにと旦那様から注進していただければよろしいかと」
レンの言葉は、そして表情はあくまでも冷ややかだった。
優先すべきはエリカであり、そして彼女の大切なこのローゼンリヒト家の名誉である。
故に、既に王宮で護衛のついているだろうエルシア嬢の身の安全にまで気を配る必要はなく、今は彼らの恨みの矛先がエリカにまで向いてこないか、万が一向いてきた時のためにすぐ傍で守ることができる者を身内に引き入れるべきではないか、とそう主張して譲らない。
どうしてだろう、とラスティネルはふと疑問を抱いた。
テオドールの『裏切り』に対する異様な執念も理解できないが、若干10歳であるレンウィードが見せるこの酷薄さは何なのだろう、何かトラウマになるようなことでもあったのだろうか、と。
その時
バンッ!という大きな音を立てて、フェルディナンドがテーブルに勢い良く両手を叩きつけ、その勢いのまま立ち上がった。
赤褐色の双眸は怒りを孕んで真紅に輝き、そしてそれは真っ直ぐレンを見据えている。
勢いのいいことを言っていても、レンとてフェルディナンドから見れば若輩者だ。
その真紅に燃える双眸に見据えられ、天敵にロックオンされた小動物の如くだらだらと背中に汗をかきながら、カチンと固まるしかできない。
「レンウィード・シュヴァルツ」
名を呼ぶ声も、常よりぐんと低く威圧感がこめられていて、レンも「はい」と答えるので精一杯だ。
「先ほどから随分と好き勝手な持論を展開してくれたが……主の前でそれだけの発言をするからには、それなりの覚悟はできているだろうな?」
「…………はい。ご随意に」
「ふん、わかっているならいい。…………その言葉、忘れるな」
「ち、父上、どちらへ?」
「エリカのところだ。誰もついてくるな」
バンッ、と今度は扉が大きな音を立てて閉まる。
残された子供達は顔を見合わせ、次いで『忘れるな』と最終通告を突きつけられたレンへと視線を向けるが、フェルディナンドの問う覚悟がどの程度なのか判断できず、何も声をかけることができない。
当の本人は、当然辞めさせられるのだろうと『覚悟』していた。
エリカの傍付きとしてある程度の言動の自由は認められていたが、主の逆鱗に触れる形で好き勝手に発言してしまったのだ、労働基準法などというものがないこの世界、突然解雇を申し渡されても逆らうことなどできはしない。
(ただ……叶うことなら、あの子が今度こそ幸せになる姿を傍で見たかったけど)
この2年間、身内のようにして一緒に食事をとり、行動を共にしてきた少女。
ユリアのようなたくましさも、レナのような潔さも持たない、ただ過去の自分をやり直したい、今度こそ幸せになりたいと願って必死に生きている、儚げな主。
その主を守るのだと誓った。守りたいのだと願った。それは正直、忠誠心ではないのだけれど。
レナに向ける家族としての感情ではない、かといってユリアにむける友情めいたものでもない、だが燃え上がるような愛情でもないそれは、まだ名前がつけられないものだったけれど。
彼の覚悟は、結果だけ言えば正しかった。
翌日呼び出された彼を待っていたのは、傍付きを解雇するという無情な通告とあとひとつ。
「第二王子殿下が正式に王位継承権を放棄され、臣籍降下されると宣言なされた。そして同時に、エリカを直属の補佐役としてご指名なさっている。そこでだ、レンウィード・シュヴァルツ。お前はエリカの【婚約者】として彼に接触し、その身に仕えて目的を探れ。伯爵令息とはいえ、公爵家の後見がつけば元王族の側近としても取り立ててもらえるだろう。いいな、これは決定事項だ」
『エリカの首につける、最も性能のいい鈴はお前だ』
そう宣言されたにも等しいその命令に、レンは喜ぶことも落ち込むこともできず、ただ戸惑うばかりだった。




