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13.道化は微笑む

「エリカももう10歳か……実に不本意で本当に嫌で嫌で仕方がないのだが……そろそろ便宜上の婚約者を決めておかないと、またアホ陛下辺りが今度は第三王子殿下を薦めてきそうだしな……はぁ」

「旦那様、残念すぎる本音が駄々漏れですけど」

「……愚痴でも言わなきゃやってられないだろう?なにせ私の可愛い可愛い娘を、便宜上のこととはいえ他の男にくれてやるという契約を交わすわけなのだから」

「ですが逆に、あそこの娘は嫁き遅れだと言われるのも癪ではありませんか?」

「む……ではどうすればいいと言うのだ」


 いや、普通に婿とって分家継がせればよくね?

『旦那様』ことフェルディナンドの残念すぎる嘆きの声を耳にした全員が、心の中で異口同音にそうつっこんだ。


 そもそも、エリカがまだ物心つく前から溺愛甚だしいこの父親は『娘を嫁に出すのは嫌だ』と言って譲らず、ならばせめて身分がつりあう婿をとって分家を継がせればいいと主張していた。

 そこへエリカの評判を聞きつけた国王が横槍を入れてきた所為で、いざまさかの時に婚約を強要されても断るためにはそれなりの相手を、と『つりあう身分』以外にも『王子を袖にできるほどの有能さ』という選択肢も加えなくてはならなくなった。



「はーい、旦那様。質問がありまーす」

「なんだ、ユリア。言ってみなさい」

「ありがとうございます。えっと、第一王子を薦められた時にお断りしたのに、今度は第三王子を薦めてくるっていう意味がわかりません!普通は、年の合う第二王子じゃないかな、って」

「ふむ、なかなかいい質問だ。だがユリアも知っていると思うが、第二王子殿下は側妃様……しかもご正妃様や第二妃様のご実家よりも身分の低い伯爵令嬢のお産みになられた方だ。はっきり言ってしまえば後ろ盾が弱すぎる。そして、第一王子殿下の婚約者候補筆頭は侯爵令嬢だ。さて、そろそろわかったかな?」

「ああ、なるほど!そういうことですか!」

「…………お前、絶対にわかってないだろ」


 呆れたような視線をユリアに向けながら、レンはやれやれとため息をついてからフェルディナンドの言葉を噛み砕いて説明してくれた。


 要するに、今のままなら王位を継ぐ可能性が最も高い第一王子よりも、側妃の子供である第二王子が身分の高い妃を貰うということに問題があるらしい。

 それならば第二妃の子である第三王子を、という選択肢が出現するわけだが、エリカよりも3歳年下の彼はまだ7歳と幼いため能力の見極めが難しい。

 恐らく国王が再度口出しをしてくるとすれば3年後……リミットは第三王子が10歳になるまで、だ。

 それまでに、『ほら、うちにはこんな有能な婚約者がいますからね』とお披露目できる存在を見つけ出さなくてはならない。



 と、今度はそれを聞いていたレナが「あの、旦那様」と口を挟んだ。


「お嬢様も10歳になられます。でしたら他家から婚約者にと申し込みが殺到していることかと思われますが」


 暗に、その中から選んじゃダメなの?という問いかけを受けたフェルディナンドは、途端に表情を険しくさせた。

 どうやらいらぬスイッチを押してしまったらしい。


「確かに、うちの可愛い可愛い娘をくれという申し込みも、同時に婿にきたいという申し込みも毎日のように届いてうんざりするほどだ。その中から、魔術に長け、理解力もあり、つりあうだけの実家の身分と容姿を持つ者、という条件で絞り込んでもまだ残る者はいる、が……」

「なにか問題でも?」

「彼は傍付きの選考試験で華麗に落ちているし、何より見事なまでの黒髪だ。よって、速攻お断りさせていただいた」

「…………あー、誰のことだかわかっちゃった」

「奇遇だな、俺もだ」

「わたくしもです」


 選考試験において全身泥だらけという華麗なる落ち方をし、更にエリカの『白昼夢』に出てきた黒髪の美形という条件を満たしている男、テオドール・ヴァイス。

 彼はレンの予想通り、やはり婚約者の座を手に入れんと既に行動に移っていた。

 こちらにとって幸いだったのは、エリカが『黒髪の男が不幸をもたらす』かのように父に説明してくれたこと、それもあってフェルディナンドがそのままだと確実に立てられていたフラグを根こそぎ折った上で粉々に砕いてくれたことだろうか。




 本人抜きで話し合っていたところで埒が明かない、ということでフェルディナンドは少し危険な賭けに出ることにした。

 寸前まで欠席するつもりでいたパーティの招待を受けることにしたのだ。

 それは、第一王子と正妃候補の婚約披露パーティ。……主催が国王で場所も王宮とあって、エリカには色々と酷な状況かもしれないがそれでも出てみるかと、彼は娘に直球で尋ねてみたのだが。


「わたくし、公爵令嬢ですもの。今後このような催しにお呼ばれすることも多くなりますし、社交界デビューの際も侮られかねません。ですからお父様、お気遣いは無用ですわ」


 と健気に微笑まれ、父は陥落した。


 まだ正式デビュー前なのだから極力控えめに、だが魅力を損なわない程度の装いをと難しい注文を承ったナターシャは、髪型はこれまで通りリタに任せ、ドレス選びはセンスのいいレナ、意外と女子力の高かったユリアには小物選びを頼んだ。

 結果、ふんわりと丸みを持たせた淡い水色のドレスは飾り気が少ないデザインだが、あえて下ろされた銀色の髪が飾りのかわりにキラキラと纏わりつき、幼く見えすぎずかといって地味になりすぎないように考えられた絶妙のコントラストを演出している。

 首元につけられた青い宝石のネックレスは位置確認用の魔術具、そして耳元につけた同色のイヤリングは通信用の魔術具であり、この双方の受信具はフェルディナンドとラスティネルがそれぞれ身に着けることになっている。



「うわぁ……エリカ、お姫様みたい!頭にティアラがないのがほんと、残念!」

「残念なのはお前の頭だ、阿呆。ティアラは王族のみが身に着けるものだろうが。そんなこと言ってみろ、陛下に聞きとがめられてあっという間に第三王子の正妃に祀り上げられるぞ」


 この日ばかりは傍付き達も本来の令嬢・令息の姿に戻り、それぞれパートナーを連れての参加となる。

 仮にも侯爵令嬢であるユリアのエスコートは娘のパートナーを息子に奪われてしまった父公爵フェルディナンドが引き受けることとなり、レンとレナはいつもと変わらず姉弟での参加となった。


 王宮までは普段であればゆったりと馬車を使うのだが、この日ばかりは魔導列車を使って一気に王宮まで移動することになっていた。

 魔導列車とは、王宮の魔術師達が出張時の乗り物に使っているもので、【チキュウ】では電車と呼ばれていた乗り物を参考にして開発した画期的な移動手段である。が、移動させるためには膨大な魔力のチャージが必要であり、とても一般の者が使える代物ではないため実用化はされていない。

 フェルディナンドがこれを使えるのは、ひとえに元黒騎士団長という実績と亡き妻レティシアが元魔術師団のエリートだったというコネのお陰である。


 エリカはもとよりラスティネルでさえこの魔導列車に乗るのは初体験ということで、行きの車内はかなりわいわいと騒がしかった。

 行き先は王宮で登録されており、乗客はただ乗っているだけでいい。

【チキュウ】の電車のようにレールの上を走るのではなく、魔導列車は空を飛ぶためユリアやレンは「銀河鉄道だ」「車掌さんはどこだ」と大はしゃぎしている。

 普段から年齢不相応なほど落ち着いている弟の意外な一面を見たことで、レナは目をぱちくりさせて驚きを露にしており、エリカやラスティネルも微笑ましそうにそれを眺めていた。


 そして、空を飛んだ列車はあっという間に王宮の敷地内へと到着する。




「皆、本日は我が息子レミニスのために集ってくれたこと、心より礼を言う。息子も今年15歳、学園内ではまだまだ若輩者だが、世間的には己の婚姻相手を選ぶことの出来る年齢となった。そこで、かねてより正妃候補として内定しておった相手と正式に婚約を結ぶこととし、こうして披露の場を設けるに至った」


 ではレミニス、と名を呼ばれ、豪奢な金の巻き髪を持つ派手な顔立ちの少年が立ち上がり、一段高い位置にある王族の席から降りて広間へと足を進める。

 ここでの演出はさながら童話や物語のクライマックスのように、あらかじめ呼び寄せておいた婚約者を広間に迎えに行き、そのまま手を引いて連れて戻るというものなのだろう。

 頬を染めてぽやんと第一王子を見つめているご令嬢の中には、もしかしてもしかすると内定のない自分の手が取られたらどうしよう、などとそれこそ物語のようなストーリーを妄想している者もいるかもしれない。


 エリカは気付いていた。

 第一王子を待ち受ける令嬢の『群れ』の中に、勝ち誇ったような光を瞳に宿したひときわ目立つご令嬢がいることに。

 王族のそれにひけをとらない豪奢な金の髪を背に垂らし、淡い紫のプリンセスラインドレスを身に纏った少女は、この大広間に集った誰よりも自信に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。

 彼女こそ、エリカが最も恐れ何度も夢に魘された原因となるはずの人物……フィオーラ・グリューネ。

 数年前より、第一王子の婚約者候補筆頭として密かにその名を囁かれ続けていた、この日の主役となるべき少女である。


(彼女の手を、第一王子が取る。そして彼女は、この瞬間から王族の一員として認められるんだわ)


 まだ婚約者だとはいえ、こうもおおっぴらにしたからにはいずれは正妃にと決定したとみなされる。

 そしてこのときより婚約者は正妃になるための教育を義務付けられ、王宮に留まる日が徐々に増えていくことだろう。

 フィオーラがこの地位を手に入れられれば、その時点で彼女はエリカよりも上に立つ。

 そしていずれ【聖女】として神殿に認められれば、王子の婚約者から今度は神に仕える者として神殿にその身を移し、同じく神の御使いとして遇される【聖騎士】と結ばれることとなる。


 そのための婚約。踏み台としての第一王子。

 なんと、愚かなことか。なんと、滑稽なことか。なんと、ばかばかしいことか。



 そんなことを考えていたエリカは、決定的な瞬間を見逃していた。

 令嬢達の輪に入って行った第一王子レミニスが、期待に目をキラキラと輝かせるフィオーラの横を一瞥もせずに素通りし、不安げに視線を彷徨わせていたその隣の華奢な少女の手を取った、その瞬間を。


 ざわり、と空気が揺れる。

 自分が自分がと主張しながらも半ば諦めていたらしい令嬢達は、本人も含めて皆フィオーラが手を取られるのだと信じていた。疑ってなどいなかった。

 なのに実際に第一王子が手を取り、ゆっくりとその手を引いて国王の前に連れていったのはフィオーラではなく、その同行者。

 彼女がよく、己の引き立て役として傍に置いていた腹違いの姉であるエルシア・グリューネ嬢である。

 侯爵の前妻の子である彼女は今年13歳、第一王子と年齢的なつりあいも取れているし家柄も問題ない。

 顔立ちは妹のフィオーラと比べると華美さに欠けるが、地味なベージュのドレスを身に纏った彼女は清楚な印象であり、どこか守ってあげたくなる儚さも併せ持っている。


 居並ぶ貴族達は皆この事態に驚きを見せているが、国王をはじめとする王族達はあらかじめ聞かされていたのか、歓迎ムードすら漂わせて跪いた彼ら二人を見守っている。


「父上、彼女がエルシア・グリューネ侯爵令嬢です。彼女とは学園で出会い、まだそれほど日は経っておりませんが、常に学業に対し真摯であり熱心な彼女を見ていると、私もこうあるべきだと心を奮い立たされました。彼女であればきっと、私の隣で支え、誤っていれば諌めてくれる、素晴らしい正妃となってくれると確信しております。どうか、彼女と婚約を結ぶことをお許しいただきたい」

「エルシア嬢、直答を許す。そなたはレミニスとの婚約を望むか?」

「はい。わたくしの全てをもって第一王子殿下を傍でお支えしたいと心より願っております。どうぞ殿下との婚約をお許しくださいませ」

「よかろう、許す。このときをもって、第一王子レミニスとエルシア・グリューネ嬢の婚約関係が成立したことをここに宣言する!」



 茶番にしては上出来だろう?とラスティネルは小さくエリカに囁いた。


「これはね、実は父上が陰でちょっとだけ糸を引いてるんだ。ほら、以前グリューネ家に密偵を送り込んだだろう?」


 そのときあがってきた報告には、面白いものがあったのだという。

 グリューネ侯爵は苦しい時期に支えてくれた前妻が亡くなったのとほぼ同時に、若い後妻を迎え入れた。

 そして生まれたのがフィオーラだ。

 後妻は己が一番でないと気がすまない性格であり、娘のフィオーラもそんな母を真似るように育った。

 対して質素倹約が口癖だった前妻を見て育ったエルシアは、後妻と義妹から見下されながら過ごし、相当虐げられているのだとか。

 そこで父親はどうなのかと探りを入れてみたところ、本音では前妻の遺したエルシアを可愛がりたいのはやまやまなのだが、親戚筋から押し付けられるようにして嫁いできた後妻をないがしろにすることもできず、悪い悪いと思いながらも時折ドレスや宝飾品を買って与えるくらいしかできずにいたのだそうだ。


 そしてどうにか学園に入学させることのできた彼女が第一王子に見初められたと知るや、どうにかできないかとあれこれ悩んで手を尽くそうとしていたらしい。

 そこでフェルディナンドは、フィオーラやその母の浪費癖や、頻繁に異性の幼馴染の家に出入りする娘の行動などを纏めた資料をかつての部下経由で王宮に送り、こんな噂がありますとまことしやかに国王の耳に入るように仕向けさせた。

 そのタイミングで第一王子が婚約者交代の話を切り出し、同じ家の娘なのだから身分は確かだし姉の方は身持ちも固そうだとその懇願を飲み、こうしてサプライズでのお披露目式となったわけである。



 兄の話を聞きながら、エリカは半ば呆然とした気持ちで壇上の幸せそうな二人を眺めていた。

 てっきりフィオーラの立ち位置になると思っていた場所は、その姉の居場所になった。

 てっきりその場所に立てると信じていた妹は、姉と王子の裏切りに憎しみと恨みを募らせた眼差しを向けている。


(これって因果応報……って言うのかしら。あら、ちょっと違うかしら?)


 これでエリカに対するフラグは折れた、はずである。

 少なくともフィオーラとテオドールの分は。


 王族の列の端、先日謁見の間で相対した時と同様に感情のこもらない眼差しの、第二王子が真っ直ぐにエリカを見つめていることを除いては。



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