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11.貴族令嬢の婚約事情

 貴族の令嬢の婚約事情、といってもこの国では『家の影響力』によって時期が異なる。

 例えばそれほど国に対して影響力を持たない、もしくは新興貴族で横の繋がりに乏しい家の場合は、その家の当主に判断が委ねられている。

 利害の一致で相手を選ぶもよし、自由恋愛させるもよし。

 遅くとも社交界デビューの日までに相手を決めておく家が多いが、中には相手が決まっておらず血縁者にエスコートされるご令嬢もいないわけではない。


 対して、国にとって無視できないほどの影響力を持つ家の場合。

 ローゼンリヒト家ほどでなくとも国の中枢で活躍し、また王妃や側妃らの親族であったり、もしくは大国に血縁者がいる場合などで、これ以上影響力を持たれては困るという家はそこそこ存在する。

 そういった家に関しては、相手を決めるまでは当主判断というところまでは一緒だが、最終的に是非を下すのは国王である。

 故に、実際に婚約という関係が結ばれるのは令嬢の持つ実力がわかり始める頃、おおむね10歳前後というのが普通だ。



(我が家は少々……いいえ、かなり特殊ですわね。私を国外に出すわけにもいきませんもの)


 通常、公爵令嬢ともなれば外交カードとして使われることも多い。

 王族には敵わないまでも一流の教育は受けているし、教養も礼儀もしっかり備わっているとなれば王女が不在の場合は充分有効なカードになりえる、というわけだ。

 ちなみに当代の国王には娘が二人……そのうち15歳になる第一王女は既に、付き合いの長い隣国への輿入れが内定している。

 第二王女はまだ5歳、実力のほどがわかっていないからか国内の貴族に降嫁するか国外に嫁ぐかは、今後の教育結果を見て判断されるらしい。


 ということで、王女二人がいる当代国王の外交カードとして使われる可能性がもとより低かったエリカだが、もとより魔力の保有量が半端でなく多いということで注目されていたところへ、今回どこからか漏れた『魔力飽和の病が快癒した』という情報を受けて、その可能性は全くなくなってしまった。


 その上複雑なのが、他貴族とのバランスの問題である。

 公爵令嬢というだけで既に貴族の最高位にいる彼女が、もし王族に嫁ぐことになったとしたら。

 王族側としては娘を溺愛するフェルディナンドへの牽制となり、更に魔力の多い子を授かる可能性が高くなるので一石二鳥だ。

 フェルディナンドの性格上『妃の父』として政治に口出しする危険性は薄く、その上有能な治癒術師になるだろう兄ラスティネルへの人質も兼ねているため、ここはぜひとも縁を結びたいところだろう。

 が、他貴族にしてみればそれは脅威以外のなにものでもない。

 公爵令嬢が王族に嫁ぐイコール正妃になるという可能性が高いのだから、伯爵位以上の爵位を持っている家にとっては最大のライバルとなるはずだ。



 訪れた王城では、まずフェルディナンドのかつての部下であったらしい門番に涙ぐまれ、そして帰るまでの護衛としてついた騎士達にも熱烈歓迎された。


「お久しぶりです、団長」

「私はもう団長ではない」

「そうでした、フェルディナンド様。……ご令嬢もご機嫌麗しゅう」

「見るな、話しかけるな、穢れる」

「ははっ、相変わらずのご様子で安心致しました」


 嬉しそうに話しかけてくる元部下に対して、これはないだろうというほど冷ややかな態度を崩さないフェルディナンド。

 父にエスコートされながらはらはらとその様子を見守っていたエリカは、さして気にした様子もない元部下の口調や言葉から、元々父が在籍中からこんな感じだったのかとようやく少しだけ安堵した。

 きっとその頃は、いずれ妻になるレティシアに対して独占欲丸出しで他の男を牽制していたのだろう、と考えると妙に微笑ましい。


 ぽんぽんと軽快に言い合いしていた元上司と元部下、その二人がほぼ同時に黙り込んだのはいくつめかの角を曲がったところだ。

 不思議に思ったエリカがさりげなく周囲に注意を払うと、それまでは落ち着いた気品漂う調度品ばかり並んでいた廊下が、どういうわけかカーテンも窓枠も置物も部屋の扉でさえも装飾が華美になっており、床でさえもいつの間にか絨毯敷きになっていた。

 もしかして王族の居住区に入ったのかしら、とエリカが内心首を傾げたその時


「エリカ」


 と、父が低く囁くように呼びかけてきた。


「賢いお前のことだから、呼び出された理由は察しがついていると思う。もし、この先で不当な……お前の感情を無視するような命令を下されたとしたら、お父様はお前を連れてどこまでも逃げるよ。勿論、ラスティネルも邸の使用人もお前の傍付きも連れて」

「お父様……」


 決して王族に聞かれてはならない、それは不穏な宣言だった。

 国を乗っ取ると宣言しなかっただけまだマシか。

 歩調を合わせるように数歩先を歩いている父の元部下は、聞こえているはずなのに何も言わない。

 そもそも、彼に聞こえるような位置関係にあるのにこんな発言をするのだ、見るな触るな近寄るなと言葉では冷ややかに牽制していても、やはり相応の信頼関係は築けているということなのだろう。



 こちらです、と先導の彼が立ち止まり脇に避ける。

 そこにあったのは、ここまで見てきたものとは比にならないほど大きく、豪奢な両開きの扉。

 警備兵が脇に二人つき、更にその隣に騎士が二人控えている。


 言われなくともわかる。ここが謁見の間なのだと。


 フェルディナンドは愛娘と繋いでいた手を放し、その手で銀色の柔らかな髪を撫でた。

 大丈夫だよ、安心しておいで。そう囁く声が聞こえるような、父の大きな手。

 この手に、かつての彼女もずっと守られてきた。

 自信なく俯き、自分磨きを怠り、優しくしてくれたテオドールだけを傍に置いて、彼の忠誠を絶対的なものとして信じきっていた愚かな公爵令嬢。

 そんな彼女を見捨てなかったのは、邸の古参の使用人達と家族である父と兄。

 いつも温かく見守ってくれた父、悩みすら受け止めようとしてくれた兄。そんな二人に報いることもできず、結局一度は命を落としてしまった。


 エリカは、顔を上げた。もう俯いて床ばかり眺めているような、そんな自分は捨ててしまおう、と。

 さすがに腕を組むことはできないが、手を伸ばして父の手首辺りに小さな手を添えると、少し驚いたような赤褐色の双眸が嬉しげに細められた。


「行くよ」

「はい」

「ローゼンリヒト公爵フェルディナンド様、ならびにご令嬢エリカ様、ご到着ー!!」


 宣言役の騎士が高らかに告げると同時、両脇にいた兵士が二人がかりで大きな扉を外側へと開いた。




 室内は、外の華美な装飾と比べるとやや控えめな印象を受けた。

 どちらかというと飾りは最低限、かわりに威厳を持たせるような建築様式になっており、ところどころ国の象徴である意匠が彫られてある。

 謁見の間と呼ばれるここは、国王よりも身分の低い者との顔合わせで使われることもあり、国王ならびに王族の座す席は数段高いところに設置されている。

 他にも付き合いのある他国の王族、つまり対等もしくは先方が上位である場合は、外交の間と呼ばれるここより更に広く多少装飾を派手にしたような部屋に案内し、互いに座して対話できるようになっているようだ。


 フェルディナンドはやや斜め前方の床を見ながら、デビュー前であるエリカはしずしずと父の隣につき従いながら、決して視線を上げることなく進んでいく。

 許可を受ける前から王族を直接目にするのは不敬、と言われているからだ。


(……意外と少人数……なのかしら)


 居並ぶのは恐らく大臣職にあるだろう中年から老年の男性達、紫のローブを身に纏った宮廷魔術師達、そして赤・青・緑・白・黒の五色の騎士服を着こなした男達。

 そのうち黒の騎士服を着た男は先ほどフェルディナンドを出迎えに出た元部下であったし、赤の騎士服を窮屈そうに着ているのは何度か挨拶をしたことのあるユリアの養い親、セドリック・マクラーレンだ。


 彼らの列が途切れる手前で、フェルディナンドは立ち止まりその場に膝をついた。エリカもそれに倣い、先日ようやく『完璧です』との言葉をもらった淑女の礼をとる。

 とはいえまだ長時間同じ姿勢でいるのは無理なようで、王族から楽にするようにと声がかかるまでは身を屈めたままでいなければならないという苦痛に、自然と顔からは笑顔が消えた。



「楽にせよ」


 そう声がかけられたのは、エリカのか細い足が限界を告げるよりほんの僅か前。

 フェルディナンドに促され立ち上がったエリカは、そこでようやく前に座す王族達の方を見ることが許された。


 一言で表すならば『派手』

 何度か謁見経験のあるユリアの言っていたように、居並ぶ彼らは非常に眩しかった。


 まずは正面に座す国王陛下。年齢は50歳を超えた程度だというが、5歳は若く見える。

 実力主義の国で国王の座を勝ち取ったというだけあり、魔術も剣術も相応の実力を持っているのだという。

 白髪交じりの金の髪を後ろへ撫でつけ、口髭をたくわえた姿は威厳たっぷりではあるが、その双眸には狡猾な光も宿っており一筋縄ではいかない相手であると、見る者が見ればすぐにわかる佇まいだ。


 その向かって左側に座すのが正妃。国王との年の差を考えると恐らく40代半ばほどだがこちらも若々しい。

 彼女は隣国の王女として生まれ政略的に嫁いできたのだが、隣国内でもそしてこの国内でも女性としてはかなりの剣の腕前を持っているのだとか。

 顔立ちは文句なく美人ではあるがややキツめ、娘である第一王女をそっくりそのまま年を重ねさせた姿と言ってもいい。


 国王の右側に座すのが第二妃。

 この国では正妃が第一、そしてその補助として第二妃が座し、それ以外は生家の身分関係なく側妃と呼ばれる。何が違うのかといえば、側妃は公式の場には出ることを許されないのだ。

 その第二妃として選ばれた彼女は国内の侯爵家から嫁いできた魔術の使い手であり、穏やかに笑うその顔立ちからは考えられないほど発言は辛辣で、少々浪費家であるという噂もある。


 正妃の隣に座しているのが彼女が産んだ子供二人……似通った顔立ちの第一王女と第一王子だ。

 第一王女は今年15歳、母から受け継いだらしき剣の腕前はめきめきと上達し、今では新人騎士との手合わせでは負けなしという結果を出すほどであるらしい。

 そして13歳である第一王子、彼の剣の腕前は姉にはやや劣るものの魔術に関しては明らかに彼の方が上であり、今年入学したヴィラージュ総合学園で早くも魔術科のトップとして君臨している。


 第二妃の隣で足をぶらぶらさせているのが彼女が産んだ子供二人……こちらは殆どそっくりな5歳の双子、第二王女と第三王子だ。

 5歳であるためまだ本格的な教育は施されておらず、表情を取り繕うことも知らない子供二人は退屈そうにむくれている。

 とにかくおとなしく座っているようにとキツく言われているのだろう、時折むずがるように身じろぎしては第二妃にキッと睨まれ泣きそうな顔になっているのがちょっと微笑ましい。


 彼らは一様に大きめのアクセサリーを身につけ、ごてごてと装飾を施した動きにくそうな服を身につけ、ちょうどいい具合に天窓から差し込む光を受け、それぞれ背後に護衛を従えて座っている。

 その護衛が腰にいた抜き身の剣がぎらりとした光を放っており、眩しさをますます引き立てているのだから堪らない。



 あまりの眩しさに直視することができず、視線を横にそらした先……そこに『彼』はいた。


 居並ぶ王族達のキラキラ眩しい衣装や装飾品と比べ、『彼』は地味と評してもいいほど簡素な服を着ていた。勿論王族の列に並んでいる以上は最上級の生地を使い、最高級の職人によって仕立て上げられた一級品であるのは間違いないのだが。

 装飾品も、『彼』の場合はピアス一対。それだけだ。


(第一王女、第一王子、第二王女、第三王子……それではあの方が……第二王子)


 第二王子は現在9歳。

 正妃のもとに第一王女、次いで第一王子が生まれた後、王が気まぐれに手をつけた侍女から生まれたのがこの第二王子だ。

 王の子を授かった侍女は側妃となり、現在は離宮で暮らしているという。

 やはり正妃、第二妃の子とは違い公の場に出ることの出来ない妃の子ということで、やや離れた位置に座した彼は己の立場など気にする様子もなく、凜と前を向いている。


 強いな、とエリカはこの場において例え虚勢であっても臆した様子を見せないこの第二王子に、好感と共感を抱いた。

 どうしても、何が何でも王族に嫁がなければならないなら、それならこの方がいいと思う程度には。



「ローゼンリヒト公フェルディナンドよ」

「はっ」

「貴公の娘は今年8歳……この三人のいずれともそれほど年は離れておらぬ。どうだ、三人の息子のうち誰かと縁を結ばぬか?」


『三人のうち誰か』と告げられたことで、エリカのみならずある程度言われることを予測していたフェルディナンドでさえ、思わずかちんと固まった。


(あの、国王陛下…………第一王子殿下には既に婚約者候補がおられるはずでは?)



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