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10.めまぐるしく変わる、君の世界

場面転換がちょっと多いです。読みにくかったらすみません。


 うわあ、とユリアは眩しそうに目を細めた。

 レナはハッと息を呑み、レンはやったなと言いたげに口元を緩める。


 すっかり日が落ちて濃紺の闇に包まれた空の下、彼らが見つめる先にかかるのは小さな虹だ。

 夜なのに、虹。

 その不可解な謎の答えは、エリカが放った光の魔術と水の魔術のコラボレーションである。

 彼女がほっそりとした手を掲げる先、手のひらの上に眩い光の球が生み出され、宙を舞うように降り注ぐ細かい霧状の水をキラキラと照らしている。その現象により、エリカを取り囲むように小さな虹が出現したというわけだ。


 ラスティネルのお陰でコツを掴んだエリカが、術を発動できるようになるまではあっという間だった。

 彼女の左手に宿るのは全ての精霊の王たる存在の加護、それが魔力の出口であり同時に精霊王と繋がった箇所であるとわかれば、後はその部分から魔力を放出するように意識すればそれでいい。

 精霊王のお気に入りだからと近寄ってこられないちいさな精霊達も、加護の力を宿した魔力を差し出されれば躊躇することなく手を貸してくれる。

 それがわかった彼女は、実際にイメージ通りの術を放つことに成功した、というわけだ。


 ただし、4つの属性に適正のある彼女が頭の中でその属性を切り替える、そのヒントをくれたのはユリアとレンである。



 いつも通り、お茶を楽しんでいた時のこと。

『転生者』の枠に入らないレナは事情を知った上で完全なる聞き役に回り、主に話の通じるユリアとレンで時々意味の通じない言葉を挟みながら会話をしていたのだが、ユリアが不意に多属性適正持ちの魔術師は大変だ、という話題を出した。


「ほら、あたしは魔術が使えないからよくわかんないんだけど。たくさん適正があるってことは、スマホみたいにひょいひょいって指先ひとつで画面切り替えたりするような感じなのかな?」


 問いかけられたレンは、意味がわからんと言うように首を傾げる。


「すまほ?なんだそれは」

「え?……なにってスマートフォンのことじゃない。え、え?もしかして、もしかするとガラケー世代!?それともポケベル時代とか!?」

「アホか!ポケベル時代のわけないだろ。ってか、その『すまほ』ってのは携帯の進化系ってことか……俺の時は折りたたみだのスライドだのって選ぶ時代だったからな」

「あー、はいはい!その時代ね。スライド式なんてなっつかしーなぁ。じゃあタブレットとかも知らないでしょ?」

「なんだそれ、嫌味か?自慢か?生まれた時代ってのはなぁ、選べないんだよ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける二人を、仲がいいわねぇというように見つめるレナと、『指先ひとつで画面を切り替える』という言葉に興味津々のエリカ。


(指先ひとつでってことは、タッチパネルみたいなものかしら?)


 この世界にも、タッチパネルというものは存在している。

 元々はそれほど発達した文化圏ではなかったこの世界も、『チキュウ』からの落ち人がもたらした知識や技術力によって徐々に『カガク』というものを取り入れるようになり、急速に発展していった。

『チキュウ』と決定的に違うのは、その『カガクギジュツ』なるものを動かす動力が魔力であるということと、開発するにはそちら方面に詳しい落ち人の協力が不可欠ということくらいだろうか。


「えーとそれじゃ言い換えるけど……んー、ガラケーってどんなんだっけ。確かメニューボタン押して一覧出すでしょ?いくつかカテゴリ分けされてるメニューを選んで押すと、サブメニューが出てくるわよね?」

「あー、大体わかった。メニューが属性、サブメニューってのが魔術の技ってことだな?」

「そうそう!じゃあわかったところで、それをわかりやすくエリカとレナに説明よろしくー」

「……お前なぁ……」


 調子いいぞと呆れつつ、レンは出来るだけ噛み砕いてユリアの出した例え話を解説してくれた。




「お嬢様、旦那様がお戻」

「エリカあああああああああああっ!!」

「!?」


 突進、という言葉が相応しいほどの勢いで駆け寄ってきたフェルディナンドは、その勢いのまま薄っすらと魔術の余韻を纏う娘を抱き上げ、くるくるとダンスし始めた。

 報告を途中で遮られた形になったセバスはやや呆れたように、遠巻きに見守っていた使用人達は微笑ましそうに、エリカの周囲にいた傍付き達は明らかに引いた様子で当主の奇行を眺めている。


「エリカ、エリカ、すごいじゃないか!魔術が使えないと落ち込んでいた時はこちらまで心が潰れてしまいそうだったが、まさか数日で複数属性を使いこなせるようになるなんて。お前は本当にレティシアそっくりだ!」

「あ、あのお父様……」

「ああ、レティシア……君がここにいたら、娘の成長を一緒に喜んでくれただろうに。君なら、エリカの最高の師となってくれただろうに」

「…………」


(結局、お父様ってお母様最愛の方なのよね。きっと私の病気がなくても、再婚なんてされなかったはずだわ)


 かつて、フェルディナンドはエリカがメイドに殺されそうになったことを気に病み、身内であろうと厳しく接するようになった。そしていくつも持ち上がっていた再婚の話も、跡取りがいるから必要ないときっぱり断っていた。

 そこにはエリカの抱えた病や彼女の社交界における評判など、そういった重荷を娘に背負わせてしまった親としての責任感もあっただろう、とエリカは思う。

 だがそれがなくとも彼は妻を深く愛し、子育てのためであっても他の女性を後添えに迎えるという選択肢など、最初から持ってなどいないように見える。


 ならまぁいいか、とエリカは抵抗するのを諦めて父の肩をとんとんと宥めるように数回叩いた。


「お父様、私お母様のこと何も知りませんの。どんなお顔かは肖像画を見ればわかりますけれど……どんなお声だったか、どんな性格だったか、どんなことがお好きで、何がお嫌いだったか。ですから」


 これからゆっくり教えてくださいね。

 この娘の言葉を聞いた瞬間、フェルディナンドの動きがぴたりと止まる。


「……セバス、聞いたか?」

「はい、旦那様」

「よし、ではまず食事にしようじゃないか。エリカはお風呂が好きだから、先に入って……話はそうだな、私の寝室にしよう。その方がゆっくりじっくり話せるからね」

「え、え?いえあの、今すぐというわけではないのですが……」

「『善は急げ』とある落ち人はそんな言葉を残した。それはきっとこういうことを言うんだよ。さあ行こうか、我が娘よ!」

「え、ちょっと、あの、話を聞いてええええええ!」


 楽しそうにスキップする父に抱えられたまま……つまりその腕の中で盛大に揺さぶられながら、エリカはこみ上げてくる気持ち悪さと必死で戦っていた。


「……あたしあんまり頭良くないけど、あれは意味違うよね?」

「…………言ってやるな。仮にも雇い主だぞ」

「仮にも、は余計ですわ。まぁ、気持ちはわかりますけれど」


 と、傍付き3人が『売られていく子牛』を見送るような視線を送っていたことなど、気付く余裕もなく。

 ユリアが、哀しげな旋律の歌を小さく口ずさんでいたことにも、気付くことなく。




 と引きずられていったエリカだが、フェルディナンドの妻語りはその晩遅くまでと次の日の昼までで突如終わりを告げた。


「旦那様、王城から通達が届いております。旦那様とお嬢様のお二人揃って登城せよ、とのことでございますが、いかがなさいますか?」

「はぁ……ついに嗅ぎつけたか。いつまでも隠し通せるものでもないのはわかってたが、それにしても早すぎる。あの傍付き候補達の家のどれかが情報を漏らした、と考えるべきだろうな」


 国王名義で、父娘おやこ揃っての登城を促す書状が届いたのだ。

 そこにラスティネルを含まないということは、国王の目的はエリカにあると考えてまず間違いない。


 彼女は考えた。

 病が快癒したことは父自身が公に発表しているし、それを明かされたところで問題はない。

 それ以外であの場にいた傍付き候補やその保護者達が知り得て、更にその情報を漏らされて不都合がありそうなことは……。


(権力の集中、かしら?うちは公爵家だし、赤騎士団長の養女と伯爵家の子息令嬢が傍付きですもの)


 ただでさえ才能のあるエリート部隊と呼ばれた黒騎士団を設立したフェルディナンドの評判は高く、その部下達も彼を慕って騎士を辞め領地までついてきたという逸話まで残っているくらいなのだ。

 そんな彼が当主をつとめる公爵家のご令嬢、その傍に落ち人であり赤騎士団長が実力を認めた養女のユリア、そして魔術の才能があるシュヴァルツ家のレナリアとレンウィード姉弟までついている。

 実力主義のこの国において、公爵家とはいえ一貴族であるローゼンリヒトに権力・実力が集中過ぎるのは危険だ……と国王が考えたとしてもなんら不思議はない。

 フェルディナンド自身は権力になどまるで興味はないのだが、周囲はそう見てくれないということだろう。



 ここで、選択肢が大きく分けて二つある。

 ひとつは、権力の集中を避けるためエリカの傍付きを辞めさせるよう命じるか……もうひとつは、フェルディナンドが万が一にも実力行使にでないように人質を王城に確保しておくか。


(…………まさか……まさか、その人質が……私?)


 以前、レンも言っていた。

 傍付きを諦めたテオドールが次の手段を取ってくるとしたら、『てんぷれ』は婚約者になることだと。

 エリカに近づくなら、今は空席になっている婚約者の席に座ればいい。

 そしてエリカさえ取り込んでしまえば、彼女を溺愛しているフェルディナンドは手も足も出せない。

 いや、もしかすると奪還を試みるかもしれないが、その場合は堂々と彼を断罪しある程度権力を削ぐことができるのだから、それはそれで問題なしだ。

 国王には王子が3人……うち第一王子は既に婚約者が内定しているが、第二王子と第三王子はまだ未定だったはずだ。

 そのどちらかとエリカを婚約させることで、彼女はいずれ王族になるという枷をつけられることになる。


「……カ、エリカ?どうしたんだい、ぼんやりして。……顔色が悪いようだが、今日はお断りを入れようか?」

「……いいえ、お父様。あの」

「うん?」

「…………大丈夫、ですから。陛下をお待たせするわけにも参りませんし」

「そうか。なら気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?」



 エリカは、かつての生とは違う道を歩き始めた。

 不実な裏切り者(テオドール)は傍付きとはならず、落ち人であるユリアや転生者であるレン、博識なレナが傍にいてくれる。

 それだけで『死亡ふらぐ』は折れたものだと、そう思っていたのだが。


(『死亡ふらぐ』が一本だけだなんて誰が言ったの?……新たに立たないなんて、誰も言ってないんだわ)


 今ここに、大きなフラグが立てられようとしていた。

 王族との婚約、という厄介極まりない『死亡フラグ』兼『いじめフラグ』が。



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