第一章 「名前も忘れてしまったけれど」(2)
俺だってなにも、小学生の頃から同じ学校の奴がいなかったわけじゃない。
いたんだ。俺が小学校三年生の時までは、確かに同じ学年の友達がいた。
ひとりだけだったし、しかもその子は女の子だったけれど、俺にとっての友達と呼べる存在だった。
出会ったのは、小学校の入学式の日。
ふたりだけの新入生だった。在校生もひとりもいなくて、俺とあの子と教師での入学式。
あの子は入学式の前日に桜ヶ島に引っ越してきたらしかった。そんな彼女の存在を知るわけもなかった俺は、彼女に声をかけることができなかった。
幼稚園の時は、ひとりで過ごしていたので、いきなり同い年の子が現れてもどうすればいいのかわからなかったのだ。
声をかけることも、かけられることもなく何日か過ぎて行った。
俺は、自分の隣に座っている彼女の姿を何度もみていた。
確か、艶のある黒髪ロングだった気がする。瞳がとっても綺麗だった。何色にも染まっていなくて本当にすごかった。
それでもやっぱり、話しかけることはできなかった。
しかし、ある日の授業で算数をやっている時、けっこう難しい問題が出た。
俺も最初は意味がわからなかった。だけど、試行錯誤して何とか解くことができた。
横を見ると、彼女の手は止まっていた。
これは話しかけるチャンスだ。一回も言葉をかわしたことがなくて勇気が必要だったけど、俺は彼女に話しかけた。
「わからないの?」
とたった一言。
彼女は小さく頷いた。
「教えてあげようか?」
俺が問いかけると、彼女はまた小さく頷いた。
これだけのことだったのに、このことがきっかけで俺たちはその日の給食の時間からよく話すようになった。今までの関係が嘘みたいだった。
放課後もふたりで約束をして遊んでいた。
もう蝉は鳴いていた。
あの日から二年半くらいが過ぎて、もうすぐで四年生になろうかという時、彼女はいきなり転校してしまった。先生が言うには、東京へ行ってしまったらしい。なぜ行ったのか、詳しいことをきいても先生は何も教えてくれなかった。
俺は泣いた。彼女がいなくなってしまったのも辛かった。
でも、何よりも辛かったのは、俺に何も言わないで行ってしまったことだった。
俺はその日から小学校を卒業するまで、一度も笑わなかった。
名前も忘れてしまったけれど、俺は彼女が好きだった。
いや、現在進行形で好きだ。彼女のことを忘れられない。
だから俺は、東京に行く。
それも明日に。
両親には、東京の高校に行きたいから。と言ってある。
ふたりとも、とくに疑わなかったようだ。
受験をするのであれば、その学校に行って試験を受けなければならないのに、そこら辺には疎いのだろう。東京の高校を受けることには、少し反対してきたがその他のことについては何も言われなかった。
もちろん俺も、高校に行くつもりなんてない。そもそも受験だってしていない。
中卒だってかまわない。義務教育を脱したのだから、学校になんか行く必要もない。
俺は彼女と会うために東京に行くのだ。
でも、俺だって心の底ではわかっていた。東京に行っただけでそんなひとりの人に会えるわけがない。ましてや、名前だってわからないのだ。
だけど俺は、その偶然に期待していた。どうしても彼女に会いたかったから。
俺は砂浜から腰を上げた。いつまでもこうしているわけにもいかないし、お腹も空いてきた。そろそろ家に帰ろうか。
「ただいま~。」
玄関のドアをあけると、ふわっとお米のいいにおいがした。
キッチンから母親の、おかえり~。という声がきこえる。
それに対して俺はとくに何も言わず階段を上り、二階にある俺の部屋のベッドに飛び込んだ。
まだ昼前だ。今日の残り一日は、しばらく離れることになるでろうこの島の、色々なところに行こうと思っている。
そう考えると、なんだかとっても悲しくなってきた。彼女には会いたい。だけど、この島は俺が生まれてからずっと育ってきたところなんだ。
俺はこの桜ヶ島が大好きだ。
それだからやっぱり、東京へ行ってしばらく帰ってこれないと思うと悲しい。
だけど、彼女には会いたい。
そんな二つの思いが俺を迷わせる。
こんな気持ちをどうすればいいのだ。
「あぁ、くそ!!」
俺は決めたんだ。東京に行くと。
今更、迷っていてどうする?
俺だって男なら、男ならば、この小さい島よりも彼女が好きだと証明してみろ。
あんなに小さい頃に抱いた恋心が、本物だと証明してみせろ。
もう迷うことはない。
今日はいよいよこの桜ヶ島を発つ
正直、ここまでの話はつまらない笑笑
最初っから面白くしようとするのって苦手です。
これから面白くなるように奮闘致します。