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追跡

 騎士団総指揮官。総長と同じ意味のこの地位は、騎士団内でも強く、また頭がキレる人材でなくなくてはならない。国の騎士全軍を預かるのだ。いざというときにすぐに状況を判断して命令できるものでなくてはならない。


 俺は腕に申し分はないのだが、いかんせん頭の回転が悪い。師団長の書類ごときで戸惑っているくらいだ。それでも最近はようやく雑務を人並みにこなせるようになってきた。キレると言われるまでにはまだまだかかりそうだ。


 時々、やはり地位など必要ないと言ってしまうのは、生まれついてのサガと雑務に追われたときだ。





 俺は五十メルほど離れて歩く二人の影を、あたりに警戒をしながら密やかにつけていた。別に姿を隠す必要はないのだが、先ほどのミナ嬢を思い出し声をかけられないままでいる。


 闇に溶け込みそうな彼女の黒髪。それと対照的に闇の中に浮かぶ彼女の薄い黄色のワンピースに包まれた細い体。白い顔は少し紅潮していて、バンを見上げてはその顔に笑みが浮かぶ。


 内でくすぶる嫉妬の炎を無理やり押さえつける。今守るべきなのは彼女ではない。王子であるバンだ。

 平和な国とはいえ、暗い夜道では何が起こるか予測がつかない。刺客や暗殺などは考えられないが、それでもないとは言い切れない。


 俺はバンを国ごと守るといった。まだその立場にはつけそうにないが、今のバンはかつての誓いを守ろうとしている。俺の守りたいものを守ってくれている。ならば、俺はバンを彼女ごと守ればいい。



 心の内ではわかっている。バンを守らなければならないのは重々承知している。なのに視線はついミナ嬢に向いてしまう。


 バンを見上げる瞳。楽しそうに笑う顔。驚いた表情。バンの話に聞き入る姿。


 何の話をして、何を思っているのか。その一つ一つを確かめたい。今すぐにでも側に駆け寄りたい衝動に駆られる。


「!」


 うなじにピリッとした痛みが走る。その感覚に咄嗟に俺は剣の柄を素早く握りこんだ。いつでも抜けるように身構える。

 すぐさま気持ちを切り替えた。もうミナ嬢のことは頭にはない。今は路地の奥から感じられる密やかな気配に全神経を向ける。俺とバンたちとのちょうど間に位置する路地の奥。

 隠すように抑えられた気配は一般市民のものではありえない。鍛えられ、訓練されたものの気配だ。

 しかし、気配はすぐに消えた。油断なく気を配るも、もうどこにもそれは感じられなかった。


 やはりバンを一人にするわけにはいかないようだ。


 剣の柄から手を離し、俺は再び二人の背中を追いかけた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 あの気配以降、何事もなくミナ嬢の家の門までたどり着いた。

 二人は向かい合ったまままだ何かを話している。見つめ合ったまま動かないと思ったら、バンが珍しく腹を抱えて笑っている。


 いったい何の話をしているんだ。

 バン。後で覚えてろよ。根掘り葉掘り聞きだしてやる。


 と、バンの視線が俺に向いた。その視線を追って、ミナ嬢もこちらを振り返る。俺がいるのは暗い路地の壁際。こちらから二人の姿は見えていても、向こうからは陰になって見えにくいだろう。それでもミナ嬢と視線が交わっているような気がして、俺は街灯の元へと姿を晒した。


 あとを着けてきたようでバツが悪い。間違いなくつけては来てたが、妙な勘繰りをされていないだろうか。ミナ嬢はバンがこの国の王子であることも、俺とバンとの誓いも知らない。


 バンがミナ嬢から離れ、こちらにやってくる。その顔に苦笑があった。


「ほんの少しだけ時間をやる。ミナ嬢と話してこい」

「いいのか?」

「今機会を逃せば、またお前は誘えなくなるだろうが。行って来い」

「すまん。少し離れる」

 バンから目を離すことに了承を得、俺はミナ嬢の元に走り寄った。膝をついて彼女に視線を合わせる。


「今日は時間がないから帰るが、かならず手紙を送る。食事の約束を………俺とまた食事に行ってくれるか?」

「はい!」


 笑ってうなずいてくれたミナ嬢に俺も笑みを浮かべる。すぐさま離れるつもりだったが、離れがたくてその赤く紅潮した頬に手を添えた。嫌がらずに彼女は俺の手を受け入れてくれる。それだけで嬉しくなる。

 本当は抱きしめて攫って行きたい。だがそれができないことも、駄目なこともわかっている。だからせめて彼女の心にもう少しだけでも寄り添いたくて、俺は彼女の額に唇を寄せた。


「では、また。おやすみ」


 さらに赤くなったミナ嬢を抱きしめようとする腕を意志の力で押さえつけ、サラサラの髪に触れてから立ち上がった。


「おやすみなさい」


 バンの元へ歩き出した背中に、ミナ嬢から声がかけられる。足を止めて振り返り、右手を上げてミナ嬢に挨拶を返し再び歩き出した。


 俺は何がおかしいのか、ずっと笑みを浮かべて待っていたバンの肩を軽く小突く。


「てっきり抱きしめて攫ってくるかと思った」

「馬鹿言ってないで行くぞ」


 俺はバンを伴って夜の街を歩きだした。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「気配があった?」

 俺は路地での一件を話した。バンは途端に表情を引き締める。

「ああ。一瞬だが、間違いない。俺を狙ったのかお前を狙っていたのかはわからないがな」

「良くない状況だね」

「良くない状況だ。年末の夜会には他国から来賓も招いて大々的に行うと聞いた。刺客や賊にとって国を乱すにはこれ以上ないチャンスだからな。かといって夜会の出席者全員に気を配ることは不可能だ」

 夜会を行うのは王宮のホールや広大な中庭と前庭。すべてに目を届かせることは難しい。


「年末の夜会まであと四か月。来賓の身元の確認を急いでしよう」

「そのあたりのことは王族の仕事だ。しっかりやれ」

「気楽でいいね」

「気楽じゃない。警備につく騎士の選別、見張りの数。いろいろやらなきゃならない仕事が多い」

「ミナ殿と会ってる暇はないな」

「それは、なんとしても作る」

 言ったらまた笑われた。


「あ、そうだ。ミナ殿に、僕のこと話たよ」

「しゃべったのか!?」

「君の奥方になる人だろう? 知っておかないと、いろいろマズくないかい?」

 俺は知らず自分の傷に触れた。話しておかねば、確かにまずいのかもしれない。俺の妻になるのならば、バンのことも傷のことも話しておかなければ。

 しかし、まだ躊躇いが残る。怖がらせてしまうかもしれないからだ。俺のことを怖くないと言ってくれたミナ嬢を。


 それにしても妻、か。なかなかに良い響きだ。


「なあ、バン」

「なんだい?」

「俺の妻になるんだよな、ミナ嬢は」

「今のところはそうなるんじゃない? 君に呆れたら、どうなるかわからないけどね」

「なっ……!」

「まあ、頑張ってくれたまえ。呆れられないように」

 クックと笑うバンに俺は目を瞬く。





 ミナ嬢が俺の妻になる。


 なって………くれるんだよな?







はい。真面目話終了。


一章五話構成で話を進めようと思ったんですが、長々と続きそうなのでここで一旦二章目完了です。それとともに、章タイトルを変更しました。

次話からはまたジレジレが始まります。ご期待ください。


※キーワードの『王子』を追加しました

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