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告白

気が付けば、ブックマークが100件を超えておりました!

思わず平手でほっぺた叩いたら、痛すぎて涙が出た。現実のようです。


皆様のおかげでこうして書き続けることができます。感謝で胸いっぱいで、昼ご飯が食べられませんでした(笑


ブックマークしてくださっている方、立ち寄って読んでくださった方、皆様に感謝感謝でございます。





 何が起きているか理解できなかった。いや、理解したくなかった。


 自分の婚約者が、自分以外の男に抱きついている。しかもその腕にしっかりと力を込め、赤い顔をして。


 奥歯をギリッと噛みしめる。グッと握りしめた拳が震えた。奥に向かって駆け出そうとしたその腕を、バンが押さえつける。


「落ち着け、バラク。よく見ろ」


 何を見ろというのだっ。

 婚約者を奪われる瞬間をか? 思いを募らせた女性が他の男のものになる瞬間をか?


 俺はバンを睨みつけた。バンは苦笑して両手を上げると、顎でミナ嬢を示した。

 もう一度、ミナ嬢に視線を移す。移した瞬間から、俺の心の内で黒い感情が芽生え始める。今すぐ、この力全てでもってあの男を排除したい思いに駆られる。


 赤毛の騎士は第五師団の者だ。名前は忘れたが、最近メキメキと剣の腕が上達していると聞いている。整った顔立ちに、すらりとした身長。俺とは違う、婦人方から好まれるような体格をした男だ。それがさらに俺をイラつかせる。


 赤毛の騎士は上着を脱ぎ、薄いシャツ姿。ミナ嬢は椅子の上に立ち、その赤毛の騎士の胸に抱きついている。薄いシャツなどはあってもなくても同じだ。赤毛は彼女の体温を体に感じているはず。密着している二人に、嫉妬で気がおかしくなりそうだ。


 黒い感情がさらに湧き上がる。


 が、騎士に抱きついていたミナ嬢の表情が一瞬で変わった。困難を達成したような明るい表情を浮かべ、騎士から即座に体を離す。その手に細い紐が握られていた。


 何だ、あれは?


 紐を騎士の胸の前で交差させる。次いで後ろを向いて何かを書き留めていた。かき終わると道具を片付けたミナ嬢が、再び椅子の上に乗って騎士たちを見回して頭を下げる。


「採寸は以上となります。ありがとうございました」

 ミナ嬢の明るい声が食堂に響いた。


 採寸……だと?


「そういえば、年末の夜会で騎士服を新調するのに、採寸する者が団内に入ると連絡を受けていた。それがミナ殿とは知らなかったが」

 横で諸手を下ろしたバンが囁いてくる。確かにそんな連絡を俺も受けたような気がする。だが、訓練に明け暮れていた俺はそのことをすっかりと忘れていた。


 では、あれはあの男の胸囲を測っていただけか? 腕が届かないから抱き着いているように見えただけなのか。彼女の個人的感情から抱き着いていたわけではないのだな。


 俺は胸にたまった息を吐き出して、握っていた左拳をゆっくりと開いた。強く握りすぎていたせいで固まったようになっている指を無理やり開く。拳を開けば、裂傷の傷跡が残る左の掌。


 あの時の出来事は夢ではなかったと思えてくる。それがミナ嬢を見ていて確信に変わる。あの時の彼女の姿も言葉も、すべてが真実だった。俺の中の彼女に対する感情も。ぼんやりとしていた記憶が、糸が解けるように鮮明になっていく。


 同時に俺は激しく落ち込んだ。傷が治ったら食事に誘う約束を果たしていない。ずっと待っていてくれただろうミナ嬢に対して、また誠実な対応ができなかった。

 いや、まだ遅くないのではないか? ミナ嬢が目の前にいるなら、この後すぐに食事に誘おう。今夜は遅いから無理でも、明日とか明後日とか。とにかく約束を取り付けよう。



「ミナちゃん。いや、ミナ、俺と付き合ってください!」

 決意した足が、赤毛騎士の言葉によって止まる。


 何だと!?


 赤毛騎士がよりにもよって、婚約者である俺の前で彼女に告白した。確かにバン以外は知らない事実だとしても、許せない行為だ。しかもあいつ、彼女を呼び捨てにしやがった。俺だってまだなのに。


 ミナ嬢は呆気にとられてように赤毛騎士を見ている。


 俺は再び歩を進めた。瞬間、詰め寄った赤毛騎士に気圧されて、ミナ嬢が後ろへ退いた。足が椅子からずれ落ちる。落下する小さな体。

 咄嗟に後ろ向きに落ちる彼女を受け止めた。腰と足に両手を回してその小さな体を支える。


 ギュッと目をつむっていた彼女が俺を見上げた。黒い瞳を間近で見つめて、体中の血液が沸騰したかと思った。触れている彼女の体を確かめるように腕に力を込める。


「バラク様」

 呼びかけられてほっと息を漏らした。落ちる寸前で受け止められたのは僥倖ぎょうこうと言えた。常日頃の反射神経のお陰だろう。こんな時は自分の鍛え抜いた感覚に感謝する。とにかく彼女に怪我がなくて本当によかった。


 そっと床に下す。離したくない衝動に駆られたが、部下たちの前であることを思い出して、無理やり腕を外した。


 突然食堂に入ってきた俺とバンに、中にいた部下たちが姿勢をサッと正す。縦社会である団内では、どんな時でも上官に対する礼を忘れてはならない。騎士の礼をとる部下に軽く手を上げると一度目礼してから、また思い思いの格好でくつろぎ始める。


 俺はミナ嬢に視線を戻した。

「どこも怪我はないか?」

「はい」

 言いながらも、少し不満そうな顔を俺に向ける。


 この表情の意味は何だ。食事に誘わなかった不満か。それともまさか赤毛騎士との間を邪魔したことによる不満か。


 問いかけようと口を開いたら、横手から攫われた。赤毛騎士の腕に飛び込んでいる彼女を目撃し、再び拳を握りしめる。赤毛騎士がミナ嬢の怪我を確認するように体に触れる。


 俺の中の黒い感情がまた溢れ出す。


「それで、返事は?」

 首をかしげる彼女の手を取り、赤毛騎士が熱っぽい眼差しを向ける。

「恋人がいないなら、俺と結婚を前提で付き合ってほしいって言ったろ?」

 再度ミナ嬢に告白した。しかも今度は結婚を前提にだと? ふざけるなよ、小僧が。お前は今、ミナ嬢を危険に晒したばかりだぞ。そんな奴が彼女に触れる資格などない。


 その手をどけろ!


 俺は赤毛騎士の手をミナ嬢から引きはがした。力加減が出来ていたかは正直にわからない。顔をゆがめた赤毛の様子からすると、多少強引だったのかもしれない。もちろんミナ嬢には細心の注意を払って触れている。


「彼女に怪我をさせるところだったんだぞ。これ以上の暴挙はよせ」


 俺は黒い嫉妬の感情のままに赤毛を鋭く睨みつけた。一般市民が怖がるという俺の睨みを受けて、赤毛騎士は臆することなく視線を返してきた。それに俺はすべての感情を殺して目を細める。感情を殺さなければ、俺はこいつを全力で殴り倒してしまうだろう。訓練でしごくことと暴力とはまるで意味が違う。


 一触即発の中、動いたのはミナ嬢だった。


「では、私はこれで失礼します」


 殺伐とした雰囲気にそぐわぬ高い声を響かせ、ぺこりと頭を下げる。俺たちにひと目もくれず、荷物を抱えるとさっさと踵を返した。俺と赤毛騎士は立場も忘れて思わず顔を見合わせる。


「失礼しま~す」

 食堂の入り口で声をかけ、ミナ嬢は廊下へと消えた。が、慌ててすぐに戻ってくると、にっこりと笑ってこう言った。


「ロットの気持ちは嬉しいけど、私にはバラク様っていう素敵な婚約者がいるんです」


 また軽く頭を下げて彼女は去って行った。

 慌てて追った俺の背後で聞こえてきた悲鳴やら怒声は、この際全部無視した。



 廊下に出たら、壁に寄りかかって立つバンがいた。物凄く嬉しそうな顔をしているのが腹立たしい。この騒動をかなり楽しんでいる。


 食堂からは相変わらず、部下たちの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。


 俺に似合わないだの、誘拐に違いないだの、魔術を仕掛けただの、本人がいないからと言いたい放題だ。


「彼女、なかなかやるねえ。すごく面白い」

「うるさい! で、ミナ嬢は?」


 バンが廊下の奥を指さす。少し離れた廊下の先にいるミナ嬢がこちらを見ている。見ているというより、睨んでいる。


 近づいた俺に、ミナ嬢が詰め寄った。

「言っちゃ駄目でした? 迷惑でした? 嫌でした? 嫌いになった? でももう遅いんだから!」

 言いながら俺の腹目がけて拳でバンバン叩いてくる。なぜ疑問形で聞きながら攻撃してくるんだ。攻撃というにはあまりにも弱い拳の力に、俺は目を細めて苦笑した。

「言っちゃいました。喋っちゃいました。もう逃げられないんですからねっ」

「逃げる?」

「そうです。この結婚から逃げようなんて、絶対許しませんから! 逃げられないように言いふらしてやったんですうぅぅ」

 俺は目を瞬いた。ミナ嬢は、俺がこの結婚話を嫌がっていると思っていたのか。確かに食事にも誘っていないし手紙一つ出さなかったが、そこまで誤解されているとは思ってもいなかった。

「左手、見せてください」

 差し出したら思いっきりその手を叩かれた。彼女の思いっきりでも大して痛くはない。逆にミナ嬢の方が痛がっていた。その手を取って確認するが、赤くなっているだけで打撲や折れた気配はない。良かったと胸をなでおろす。

「大丈夫です、これくらいで折れたりしません。それより食事に連れてってくれる約束、忘れてませんよね?」

「忘れてない」

 一日だって忘れたことはない。毎日思っていた。毎日考えていた。

 バンの言う通り、ミナ嬢は俺を待ってくれていた。安堵が胸に広がる。同時にまた俺の中で欲望が目を覚ます。誰もいなければ抱きしめていたところだ。なぜここにバンがいる。邪魔な奴め! 気を利かせて立ち去っていればいいものを。


「あ、そう。忘れてないのに誘ってくれなかったんですね」

 ミナ嬢は低い声でそう告げると、俺から視線を逸らして少し離れて俺たちを見ていたバンに視線を送った。

「バン様、家まで送ってくださいませんか?」

「え、僕が?」

 突然名指しされて面食らったようだが、すぐにいつものあでやかな笑みを浮かべた。俺の婚約者にその笑顔はやめろ。

「バラクじゃなくていいのかい?」

「バラク様は私を食事に誘う暇もないほどお忙しいそうです! ですからバン様、お願いします」

 言葉に目を見開いた。俺は忙しくない。いや、自分を追いつめる訓練で忙しかったのはある。いやいや、だが今は忙しくない。


 焦る俺をよそにバンが楽しそうにクックと笑う。俺に思わせぶりな視線を送り、次いでミナ嬢の元に近づき彼女の前に跪いた。

「では不肖ながら、このバン・キャラックがお送りさせていただきます。お手をどうぞ、ミナお嬢様」

 差し出された手にミナ嬢がその手を重ねる。俺はさらに慌てた。食事の約束も取り付けていなければ、家までのエスコートさえさせてもらえないとは、婚約者として男としてどうなんだ。

 そんな俺にミナ嬢は冷めた瞳を向けた。

「バラク様はお忙しいでしょう? では、ごきげんよう」

 頭を下げた後、顔を逸らされた。彼女の不機嫌な様子に、バンから小さな手を取り返すこともできない。

「ではな、バラク。後は頼んだぞ」

 ミナ嬢をエスコートしながらバンが俺に向かって器用に片目をつむる見せる。唖然とする俺の前で二人は反転すると、そのまま廊下を歩いていった。


「後は頼むって………」

 俺は髪をガシガシ掻いた。バンが送ってきた視線の意味は考えるまでもないことだ。

 俺はすぐさま踵を返し、更衣室に向かった。本当なら汗で濡れたシャツを脱いで着替えたいところだが、そんな暇はない。鎧を脱いで剣を腰に差し、すぐさま二人を追う。



 九月の黄昏こうこんの終刻(午後九時)を回った夜の町は暗い。人家も眠りに入る時刻のため、ひっそりと静まり返っている。街灯から届く火石のわずかな明かりが道を照らしている。


 俺は二人の後をひっそりとついて行く。その背中を見ながら、俺はバンとの出会いを思い出していた。






 バンと出会ったのは、もう十三年も前のことになる。







はい。告白は赤毛騎士とミナでした。バラク君はまだミナに思いを告げておりません。自分の中で手一杯なのです。そのうち溢れ出したら言うかもしれませんが、いつになることやら。


さて、次話は少し真面目な話になります。バラクとバンの出会いと友情についてです。

男同士の友情をどこまで書けるかわかりませんが、精いっぱい頑張ります。


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