並び立つために
夜が明けてすぐに俺は王宮に向かった。バンの付けていた見張りを帰している。あの後見張りがミナの家に現れなかったことを考えれば、バンがそう仕向けたとしか考えられない。何も報告がなくて、きっと心配しているだろう。
俺の師団長の立場では、王宮内を自由には動けない。王族の暮らす一角に足を踏み入れることは禁止とされていた。王宮を守る近衛騎士にバンとの繋ぎを頼んで廊下の隅で待つ。
しばらくして、廊下の向こうから見慣れた姿が現れた。俺は騎士の礼を取ってバンを待った。
「昨夜の件について、報告に上がりました」
「わかった。部屋で聞こう」
「はい」
バンに案内されて近くの扉に入る。豪勢なテーブルに椅子が六脚ある待合室のような部屋だ。部屋には近衛騎士が一人ついて入る。バンはそれを手を上げて制した。俺に鋭い視線を向けてから近衛騎士が頭を下げ出ていく。
「あいつはいつまでたっても俺を敵視しているな」
近衛騎士がいなくなって、俺は椅子にゆったりと腰かけた。その前に座ってバンが苦笑する。
「それが彼らの仕事だからね。それで、昨日何があった?」
「ミナが襲われた」
単刀直入に聞かれて、俺も回りくどい説明はやめて手短に答えた。バンは目を見開き、それから長く息を吐き出して椅子に深くもたれかかった。
「間に合ったんだね?」
「ああ。だが、お前があの時背中を押してくれなければ、間に合わなかっただろう。感謝している」
俺はバンに頭を下げた。感謝してもしきれないくらいだ。
「僕の付けた見張りは何の役にも立たなかった。頭を下げるのは僕の方だ。すまない」
バンが苦い顔で俺に頭を下げた。俺はそんなバンの姿に目を細める。こいつは王族なのに人に頭を下げることを厭わない。そういうところが俺は気に入っている。だからこそ、王になったこいつの横になら並び立ってもいいと思えた。
「お前がミナ殿の見張りにつければ一番いいんだろうが、ここでもお前がいないと困る事態になる。体を二つに分けれたらいいのにな」
「よせよ。ただでさえ半人前なんだ。二つに分けたらそれこそ役に立たん」
「半人前は師団長にはなれない」
バンが俺を見てふっと笑みを浮かべた。俺も唇を上げる。
「悪いが、俺はもう行く。部下たちに指示を出していないからな」
「そう、か。僕もそっちに行きたいよ。頭を悩ませるより、体を動かしているほうがよっぽどいい」
「頭を使うのが王族の仕事だ。体を使うのは俺たち下っ端でいい。ところで、今夜話したいことがあるんだが、構わないか」
言葉にバンがあでやかな笑みを浮かべてうなずいた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
夜になってバンを訪ねた。近衛騎士にまた睨まれながら先に部屋に案内された。部屋には簡単な食事が用意されていた。バンが準備しておいてくれたんだろう。正直にありがたい。訓練場から直接来たために、夕食をまだ食べていない。
相手がバンだとわかっているので先に食事に手を付けた。ナイフを無視してフォークだけで肉を突き刺して食らいつき、パンを手掴みでほおばる。マナーは苦手だ。
しばらくして扉の向こう側に気配を感じ、口の中の料理を飲み下して立ち上がる。
「待たせた」
入ってきた親友に騎士の礼を取る。その後ろで近衛騎士がやはり俺を睨んでいる。バンが指示して部屋を退去させると、俺は再び座って食事に手を伸ばした。
「あいつは俺が嫌いなのか?」
何が不満なのか、あの近衛騎士はいつも睨みつけてくる。俺とバンの仲が羨ましいなら、バンに認められるよう自分を磨けばいい。俺に当たるのはやめてほしい。
「嫌いだと思う。お前に一度も勝ったことがないと漏らしていたからな」
「そんなこと俺が知るかっ。弱いあいつが悪い」
悪態をついた俺にバンは苦笑した。
「おかしなものだな。近衛騎士の隊長に勝てる男が、いまだに騎士団の師団長をしているなんて。ウロウロしていないでさっさと上に上がってこい」
「今回の件が片付いたら、本気で目指す」
「今まで本気じゃなかったのか?」
意外そうな顔をされて俺は食事の手を止めて目を瞬いた。
「本気だったさ。ただ、背負うものが一つ多くなった分、覚悟も考え方も変えねばならんだろう」
「へえ~」
バンがグラスの水を傾けて俺に意味ありげな視線を投げてよこす。
「砦を一つ落とすだけで、随分と変わるんだねえ」
言葉に食っていたものを噴き出した。
「汚いな!」
「お前が変なことを言うからだっ」
本当に、俺の情報はどこから漏れているんだ。俺は憤慨しながらも、再び食事に手を伸ばした。
「で、ミナ殿の周辺は大丈夫なのか?」
俺の食事の手が止まったのを見て、バンがそう聞いてきた。ようやく腹が落ち着いた俺は、水を飲み下して口を開いた。
「ロドスタがエルディック家の執事を務めることになった。あいつは強いし博識だ。それこそ何があっても対応できる」
「アイヤス家の執事をやめさせたのか?」
「自分から言ってきた。俺と母上殿にはもうお守り役は必要ないだろうってな」
「なるほど。確かにそうかもな」
騎士団の仲間であり親友であるバンは、俺の屋敷に遊びに来たことが何度もある。そのためロドスタとも面識があった。互いに剣を交えたことはないが、雰囲気で腕があるのはわかったんだろう。俺の強さの秘密が少しわかったと話していたこともあった。
「それで、だ。いくつかあいつが疑問に思ってることがあるらしいんだが、俺も少し妙だと思うことがある。聞いてもらえるか?」
朝はミナが起きてきたのであれ以上の話はできなかった。だが、俺とて馬鹿ではない。いろいろと考えれば疑問も出てくる。
俺は昨日の話をかいつまんでバンに話した。ロドスタの薬草の話も言って聞かせる。バンはうなずきながらも、その青い瞳を曇らせていく。自分のせいで、と思っているんだろう。
「本当にすまない。僕の軽はずみな行動が、ミナ殿を危険においやった」
「謝るのは俺の話を聞いてからにしてくれ」
俺は首を振ってさらに話した。
「今回の襲撃について、おかしなことが多い。まず、見張りが眠らされたこと。なぜわざわざ眠らせたのか。昨日の刺客は手練れだった。見張りを殺そうと思えばできたはずなのに殺さず眠らせた。あとこれはミナに聞いた話だが、彼女は薬をかがされていない。刺客はそのまま攫おうとしたらしい。しかも、抵抗したら殺そうとしてきた。行動に一貫性がない」
これは俺の時にも感じていた疑問だ。
俺の傷ができたあの事件。あの時アイヤス家の見張りについていたロドスタを殺しておけば、親父殿に知らせが行くことはなかった。俺たちも深い眠りについていたのだから、わざわざ力ずくで攫おうとせず薬で眠らせてから攫えばよかったのだ。さらに、抵抗したら殺そうとしてきた。
俺の時と今回のミナのやり口が全く一緒なのだ。昨日はミナを守ることに必死でそこまで頭が回らなかったが、考え直してみるとやはりおかしな点が多い。バンの恋人だから襲われたという説も考えられなくもないが、どこか納得できない。なぜかしっくりこないのだ。
「同一犯。あるいは俺に対する何かしらの伝言めいたものか」
俺ではさっぱりわからない。ロドスタはすでにアイヤス家にいない。夫妻は不在だったが、ロドスタをミナの側においてきた。嫉妬云々言ってる場合ではないのだ。
エルディック家に行ってロドスタと話をするにも、こんな物騒な話をミナの前ではできない。彼女は豪胆だが、襲われた直後にそんな話をするのも気が引ける。だから迷惑を承知でバンに話を持ってきた。
「こういう時は逆の立場に立ったほうがいい。お前がもし襲撃者だとして、見張りのいる家にどうやって侵入する?」
「俺なら全員殺す」
「すまん。お前に聞くんじゃなかった」
「冗談だ。ちゃんと考える」
俺は腕を組んだ。空を睨んで考える。
俺がもし刺客の立場で見張りのいる家に侵入しようと思うなら、一番確実なのはやはり見張りを殺すことだ。薬で眠らせておいて万が一見張りが起きた場合、俺の身が危うくなる。
「見張りはやはり殺すだろうな。後々厄介になるし。ただ、人質まで殺そうとは思わん」
「その考えは正しいと思う。人質を殺しては意味がない。相手を脅せないからな。では、お前の手に眠り薬があるとする。誰に使う?」
「そりゃ人質だろ」
「うん。それも正解。だが、今回も前回も襲撃者は人質には使わなかった。なぜだと思う?」
俺は頭をガシガシかいた。そこがわからないから困っているのだ。
俺の手に眠り薬があれば、攫ったときに騒がないようにと間違いなく人質に使う。それが常套だ。だが、俺の時も今回もそれを使わなかったのはなぜだ。
見張りには使えたのに人質には使えなかった。効力がきつすぎて人質に使うのを躊躇った? しかし、見張りは俺が蹴とばしただけで起きた。とても躊躇うほどの効力とは思えない。男女差か? しかし、俺も男だったのに使わなかった。だったら俺が子供だったからか?
「俺も襲われたときは子供だった。ミナも見た目は子供だ。子供には効力がきつすぎる。だから使わなかった」
「その可能性が一番高いと思う。薬にしても、大人と子供では飲む量が違う。用法を間違えて昏睡に陥れば人質どころではなくなるからね。ただ、抵抗されて殺害しようとしたところがよくわからない」
俺もそこは同じように思っていた。人質に抵抗されたくらいで逆上して殺そうとするなど、刺客としてはまったく意味がないし役に立たない。まるでわがままな子供のような考え方だ。
「そこは俺もよくわからん。薬のことについてはロドスタにも聞いてみよう。そこから新しく何かがわかるかもしれない」
「うん」
了承の言葉を口にしながらも、バンはまだ何か考え込んでいる様子だった。青い瞳が虚空を見つめ左右に動く。瞬きを一つして視線がこちらに向いた。
「あくまでも可能性の一つだけど、刺客が二人いたことも考えられる」
「二人?」
「そう。ただ、今思いついただけで確たる証拠もないし、僕も考えが固まっていないから説明と言われても難しい。少し時間をくれないか。考えがまとまったら手紙を書く」
俺はうなずいて眉根を寄せる。バンの目の下には薄く隈があった。昨日も寝ずに待っていてくれたのかもしれない。なのに今日も夜遅くまで俺に付き合わせてしまっている。
「すまんな。俺がもっと頭が良ければいいんだが」
「僕が何のためにわざわざ回りくどい説明をしていると思ってるんだ。お前の筋肉でできた脳みそを柔らかくするためだろうが。反省するくらいなら普段からもっと頭を働かせろ」
言葉に目を見張る。
「なんだ、気付いてなかったのか。僕は何かあるたびにお前に考えさせていたんだが」
そういえばそんな気もしないでもない。過去のことを考えて俺は頭をかいた。バンはバンなりに俺に期待し導いてくれているのだ。それに応えなければ、バンの行為がすべて無駄になる。
「すまん」
俺はまた謝罪の言葉を口にして、ちらりと青い瞳を覗き見る。そこにある信頼の色を確認し、俺はまた心の中で誓う。
こいつの横に並び立つために、俺はもっと頑張らねばならないと。




