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呪い師と黒い虫

後半、閑話のようなものが入ってます。




 気配に目を覚ました。

 いや、気配は昨夜からずっとあった。家の周囲を探索するように動く気配。隠すことをしないそれが誰のものかわかっていたからあえて無視した。それが先ほど家の中に入ってきた。

 時間は夜明け前。もう少し寝かせてくれてもいいものを。俺は舌打ちして身を起こした。


 隣では安らかな寝息を立ててミナが眠っている。その頬に触れて目を細めた。昨夜は無理をさせてしまったと自覚している。俺の欲望に任せて攻め立ててしまった。彼女にのめり込んでいく自分を止められなかった。それでもミナと一つになれたことが嬉しくて、俺は自然と笑みを浮かべた。が、すぐに口元を引き締める。

 まだ湿っている服を素早く身に着け、ベッドに立てかけていた剣を手に静かに部屋を出た。


 階段を下りた玄関ホールに澄ました顔のロドスタがいる。まだ認めてもらったわけでもないのに、ホールにすっくと立つ姿がエルディック家の執事のようだ。俺は不機嫌さを隠さずロドスタを睨んだ。

「おはようございます、バラク殿。よく眠れましたか?」

「あんなにはっきりとわかる気配でウロウロしておいて、よくそんなことが言えるな」

「隠せば確かめに来るでしょう。せっかくのお二人の時間を邪魔するのは無粋と判断しました。で、どうでした?」

 聞いてくるロドスタに蹴りを放つ。それを笑顔でサッと避けられた。国随一の騎士などと言われているが、こいつにはいまだに一度も蹴りを入れられたことがない。傭兵の中にはまだまだ上がいる。ならば、俺とてこれからもっと強くなる可能性はある。


「ミナお嬢様はまだお休みですか?」

「ああ。今、起こしたくない」

 俺を受け入れたことで体は辛いはずだ。自然に目覚めるまで起こしたくなかった。


「では、今少しお時間を頂いてもよろしいですか? ミナお嬢様にはあまり聞かれたくない話ですので」

「話せ」

「はい。昨日の刺客、お気づきだとは思いますが呪い師です。私の手の者は薬をかがされて眠らされました。バン王子も見張りを付けておいでとのことでしたが、同じものを嗅がされたようです。注意はしていたのですが、考えが甘かったようで本当に申し訳ございません」

 ロドスタが深々と頭を下げる。俺はそれに首を振った。

「違う。あれは俺が悪い。俺が優柔不断だったせいだ。あの時即座に動いていればミナを傷つけずにすんだかもしれない」

「かもしれないという言葉は過去に使うべきではない、とお教えしたはずですが?」

 俺はちらりと紺色の瞳を見る。こんな時でもお説教癖は治らないらしい。ロドスタは俺を見上げ小さく肩をすくめた。


「さて、反省はもういいでしょう。それよりもこれからのことです。何があったか詳しく話していただけませんか。ああ、二人きりになった後のことは必要ありません。もちろん詳細に説明していただいても私は一向に構いませんが」

 もう一度俺は蹴りを放った。やはり笑って避けられた。相変わらず、真面目なのかそうじゃないのかよくわからない男だ。

 俺は小さく息を吐いて、ロドスタに昨日のことを話して聞かせた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 玄関ホールに置いてある椅子に二人で腰かける。ロドスタは俺の話を聞いた後、腕を組んだまま何か思案している。しばらくして一つ頷くと俺に顔を向けた。


「いくつか気になる点はありますが、今は呪い師のことから話しましょう。先日私が話しました気になることというのも実は呪い師のことなんです」

 俺は目を細めた。二日前の晩に話したことだ。もちろん覚えている。


「少々古い話ですが、二十二年前、私も呪い師にやられています。あなたとリリア殿を守れなかったあの晩です。昨日の者と同じように眠りを誘う薬を嗅がされました。あの後、さすがの私も精神的に参りましてね。もう二度とそうならないようにと、呪い師が扱う薬草を調べた時期があります」

 俺は話し続けるロドスタの横顔を見つめた。初めて聞いた話だった。ロドスタがそれほどあの時のことを気にしていたとは思っていなかった。


「あの時嗅いだのは気怠いほどの甘い香り。調べたら一つの薬草にたどり着きました。花は紅茶に、葉や茎は薬草に、根は毒を持つ草です。薬草としてとても効能が高く、しかし入手が困難なものなので普通の呪い師では手に入れるのは難しい。ですが、ミナお嬢様はその紅茶をアイヤス家に持ち込んだことがあります」

「…………」

「覚えておいででしょう? お嬢様がアイヤス家に泊まられた夜に頂いた紅茶。あの甘い香りです」

 紅茶から香っていた花のような甘い香り。昨日の刺客が暖炉に投げ込んだのも気怠いほどの甘い香りがした。似ていると言われればそうかもしれない。


「お前が襲われた時と今回、同じ薬草が使われた可能性があるということか。しかも手に入れるのが難しいものなのに、ミナはどこかからそれを手に入れてきた。繋がっていないと考える方が難しいな」

「仰る通りです。あれはパルオットという薬草で花と茎を混ぜれば眠りを誘う薬に、花と根を混ぜれば痺れ薬になります。匂いだけでは一概に判断はできませんので、昨夜は逃げて正解でした」


「今更だが、お前本当に博識だな。なぜアイヤス家の執事をやってる? 頭の回転も早いし、もっと別の生き方があったんじゃないのか」

「唐突な質問ですねえ。ですが答えは簡単です。アイヤス家の皆様が好きだからですよ。これからはお仕えするミナお嬢様も好きになります」

「おい」

「そんな顔をなさらないでください。取って食ったりしません。それに、もうすでに食べられたんでしょう? しかも随分と強引に」

 ロドスタの視線が俺の腕にある歯形に向く。にやにやされて俺は仏頂面を浮かべる。歯型は彼女と一つになる前の話だ。それに強引にしたつもりはない。彼女もちゃんと受け入れてくれていた。


 思考がミナに行きそうになって俺はいったん目をつむる。今はミナの話ではない。呪い師の話だ。

「これは別の話だ。それより、その呪い師だ」

 ロドスタは軽く肩をすくめてから、笑みをひっこめた。真剣なまなざしが俺に向く。こいつも思考の切り替えが早い。


「昨夜の呪い師の瞳の色を覚えておいでですか?」

「瞳の色? 確か……黒だったはずだ」

「間違いありませんか?」

 再確認されて俺はもう一度思い出す。睨みつけた瞳。暖炉の炎を映していた瞳は黒かった。

「暖炉に火があって明るかったし、見間違えはない」


 言葉にどこかほっとした表情でロドスタが息をついた。

「ミナお嬢様が接触している呪い師は瞳の色が緑。今回とは別人です。が、油断はできません。お嬢様にはしばらく誰か人をつけましょう」

「ああ。任せる」

 本来なら俺がずっとそばにいたいところだ。自分の立場がこんな時は恨めしい。


「もう一つ気になることがあるのですが……」

 ロドスタが言いかけた瞬間、家中に悲鳴が響いた。声はミナのいる二階から。


 二人同時に床を蹴る。足はロドスタの方が早い。いち早く扉を開けて部屋の中に飛び込む。遅れて駆け込んだ俺の胸に一糸まとわぬ姿のミナが飛び込んできた。部屋を見回すが、どこにも誰の姿もない。


「ミナッ、何があった!?」

「く、黒い……黒い奴がおる!」

 問えば震える声で答える。

 昨日の黒尽くめか。俺は部屋中に視線をやる。しかし、何もない。気配も探るがどこにも怪しい気配は感じなかった。


「どこにいた」

「ベッドの上! 早くっ。早く退治して!」

 言われてベッドに視線を向けるが、もちろん怪しい奴などいない。乱れたシーツがあるだけだ。ロドスタと視線を交わす。その視線がミナの尻に向けられて、俺は慌てて彼女を背後に隠した。ベッドのシーツを剥がし、ミナにまとわせる。


「いやっー!」

 そのシーツを振り払って今度はロドスタのところへ走り寄る。そのままロドスタの背後に隠れた。なぜ俺から逃げてロドスタの元に行くんだ。しかも裸で。


「あー、バラク殿。たぶん、ミナお嬢様が怖がってるのは、ソレじゃないですかねえ」

 ミナを背後に庇ったまま、妙に間延びした声でロドスタが俺の持っているシーツを指さす。俺は手にあるシーツに視線を落とした。


 拳ほどの黒ものがシーツに張り付いている。ブラタリアだ。この辺りではあまり見かけない平べったい黒い虫だ。


 ミナはこんなものが怖いのか? 確かにミナの言う通り黒い奴ではある。だが、ブラタリアは動きは素早いが、人に噛みついたりはしない。

 刺客でないことに安堵して、ブラタリアを指ではじくようにしてシーツから飛ばす。床に着く直前、ブラタリアが羽を広げて飛んだ。羽音を立ててロドスタの方向に飛ぶ。


「ぎゃあぁぁぁー!」


 ロドスタを盾にするようにしてブラタリアに押し出しながらミナが叫ぶ。その視線がブラタリアから離れない。怖ければ見なければいいのにと思うんだが。


 ロドスタが何でもないようにブラタリアを上からたたき落した。それにもミナが悲鳴を上げてロドスタの足に縋り付く。

 俺は黒い感情のままロドスタを睨みつけた。なぜ俺ではなくロドスタにそんなにくっついているんだ。しかも裸で。ロドスタは俺に対して硬い表情のまま両手を上げて首を振っている。

 大股に近づいてミナにシーツをまとわせた。これ以上裸でウロウロされたら俺の自制心が持たない。それに、ロドスタにこれ以上見せるわけにはいかない。



 ロドスタがブラタリアの長い触角を持って窓の外に投げ捨てた。

 シーツをまとったミナがロドスタに視線を向ける。その瞳が妙にキラキラしていた。


「凄い! ロドスタさん勇者ですね。アレを退治できるなんて。凄い、素敵です。勇者様、カッコいい! 惚れそう。大好き」

 婚約者の前で別の男に告白。

 ミナの言葉に俺はあんぐりと口を開けた。ロドスタはそんな俺の姿に爆笑している。






 俺は、本当に昨日砦を落とせたんだろうか。落とさせてもらったの間違いのような気がしてきた。







この話を始めたのは男女の視点の違いや考え方の違いを表そうと思ったんですが、如実に出るのが虫関係。

私は全然だめです。相方は嬉々としてゴキちゃんに対して向っていきます。今回も相方の意見を参考にして書かせていただきました。


さて、次話はちゃんと話を進めますので、飽きずにまた読みに来ていただけると嬉しいです。

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