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少女誘拐の犯人

 大きめの黒い瞳。背中まである髪も艶やかな黒。肌は白く、空色のワンピースがよく似合っている少女。

 そう、少女だ。どう見ても、どこから見ても、誰が見ても少女だ。二十八歳というミナ嬢とは考えられない。


 では目の前の少女は誰だ。もしかするとミナ嬢の使いの者だろうか。ミナと名乗ったのは俺にお嬢さんの使いだとわかりやすくするためだろうか。そう思うと納得できた。


 あなたは誰ですか? ミナ嬢はどこに?


 心とは裏腹に、その言葉が出ない。彼女の笑顔の前に、俺は言葉を失ったように口をパクパクとさせた。


「どうかしました?」

「あ、いや」

 俺は慌てて首を振ると腰を上げた。尻についた草を払い、改めて目の前の少女を見つめる。いや、見下ろすと言ったほうが正しい。


 俺は騎士団でも規格外なほど背が高い。二メル(二メートル)を超える背丈にごつい筋肉。対して、目の前の少女の頭は俺の腹のあたりにある。まさしく子供ほどの背丈しかない。

 少女は真上を向くように俺の顔を見上げた。慌てて膝をついて彼女と目線を合わせる。背丈の釣り合った俺を見て、彼女はにっこりと笑った。

「お待たせしてしまって、申し訳ありません」

「いえ、それほど待っていません。それに、ここは木陰になっていて涼しいですし」


 どうでもいいことを答える。緊張というより混乱だ。自分でもなぜそんな言葉が出たかわからない。彼女は言葉に上を見上げた。

「本当。涼しいですね」

 俺も樹を見上げた。枝を広げる大木が俺たちの上に木漏れ日を作っている。吹き抜ける風は涼しく、木陰は昼間の暑さをしのぐには調度いい。自分で言っといてなんだが、湿気のない日の木陰は本当に涼しい。

 目をつむると、さわさわと木の葉が擦れ合う音がする。その心地よさに胸にたまっていた息を吐いた。


 じゃないっ!


 何をのんびりしているんだ、俺は。


「あの……ミナお嬢さんですか?」

「はい」

「本人?」

「はい」

「本物?」

「はい」

 問いに少女はクスリと笑って俺を見上げた。


 俺は目を瞬いた。ミナ嬢の年齢は二十八歳のはず。だが、目の前の彼女はどう見ても十歳くらい。幼い顔つきも、小さな体もどれもが少女のものだ。

 あまりにもじろじろ見ていたためか、彼女は少し照れたようにうつむいた。その横顔が少し赤い。不躾な視線を投げてしまったと慌てて彼女から視線を外す。


「子供……みたいですよね、私。これでも二十八なんですよ。こんなだから、求婚してくださる方もいなくて、結局こんな年まで独り身で。お恥ずかしい限りです」

「あ、いや、こちらこそ申し訳ない。疑うようなことをしてしまって」


 それきり二人で黙り込む。何と声をかけていいのかわからない。男同士なら剣や拳を交えれば根底が知れる。だが、ミナ嬢とそんなことをするわけにもいかない。こんなとき、自分の口下手が呪わしい。


「あの……」

 ミナ嬢が俺を見上げる。が、その続きを言う前に、俺の腹が返事をした。柄にもなく緊張して朝食を抜いたのがまずかったのか、盛大な音をさせて俺の腹が鳴った。ミナ嬢は目を丸くし、それから吹き出した。


「その、良ければ食事に付き合っていただけませんか?」

「はい。喜んで」

 彼女はそう言って笑った。俺もなんとか顔に笑みを張りつかせる。


 よし。とりあえずあの予定表通りだ。

 そう思ったところで、メモに書かれていた注意書きを思い出して焦った。手の甲にキスをしていない。できるとは思っていなかったが、やはり最初から躓いている。それなら、次の歩くときに手を握るくらいはできるだろうか。


 初めて顔を合わせたとはいえ、一応結婚を約束しているのでミナ嬢は俺の婚約者ということになる。婚約者をエスコートできない騎士など騎士とはいえない。だが、うまくいく自信がなかった。何しろ女性をエスコートしたことなど一度もないのだ。


 それでも緊張しながらミナ嬢に右手を差し出した。ミナ嬢がその小さな手を俺の手に重ねる。細くて温かな感触。グッと握ったら指の骨が折れてしまいそうだ。細心の注意を払ってミナ嬢の手を取ると立ち上がった。


「…………」

「…………」


 何だろうか、この違和感。右側に視線を落とすと、彼女もこちらを見上げていた。だらんと下ろした俺の手に掴まる彼女。

 まるで親子のようだ。いや、親子に見てくれるならまだいい。俺の凶悪な顔つきでは、誘拐犯と被害者の少女だ。


「い、行きましょうか」

 そうして歩き出した時、にわかに背後が騒がしくなった。いくつかの足音と、慌ただしい気配。首だけを後ろに向けると、走ってくる男たちの影が見えた。


 事件か?


 一瞬立ち止まろうとしたものの、非番であることと婚約者をエスコート中だということを思い出し、俺はそのままミナ嬢の手を引いてその場を後にした。

「あ、いた!」

 が、背後からの焦ったような男の声にミナ嬢の足が止まる。仕方なく足を止めて振り向くと、どこかで見たような男が俺を指さしている。その顔は顔面蒼白で、目玉が零れ落ちそうなほど見開かれていた。


「あの男です!」

 辺りを見回すが他に人はおらず、男が指差しているのはやはり俺のようだ。俺は怯えた様子のミナ嬢を背にして男と向き合った。


 と、男の後方から現れた金髪の優男の姿に俺は掌で顔を覆った。そして思い出した。俺を指さしているのは、先ほど芝生で辺りを見回した時に目があって逃げて行った男だ。そいつが騎士を連れて戻ってきたのだ。


「またお前か。休暇の度に市民を脅かすな」


 近付いた俺に優男がそう言ってあでやかに笑った。俺は片眉を上げて不機嫌さをあらわにしながら優男――王国騎士団第一師団長であり親友のバン・キャラックを迎える。


 金髪に深い青の瞳。すらりとした長身の、まさに騎士の鏡のような立ち居振る舞いをする男だ。王国中の女性がバンの容姿に憧れ、騎士見習いの連中はその強さに憧れる。

 俺だって奴と渡り合えるほどの剣技は持っている。持ってはいるが、見習いからの憧れの視線はない。どちらかというと、怯えているのかもしれない。まあ、俺の隊の訓練は厳しいからな。

 顔で怖がられているとは思いたくない。


 バンの後ろに、数人の騎士がついてきている。見た顔ばかりなのは、第一師団の連中だからだ。そのどれもが呆れた顔で俺を見ている。その表情をしたいのは俺の方だ。


「不審な男が公園にいるとの報告があってね。君が非番の日だから、もしかしたらと思って僕が来たのは正解だったようだな。それで、君は少女誘拐を現在進行中かい?」

「阿呆か! 俺が誘拐犯に見えるのか」

「バラク・アイヤス君。そろそろ気づいてくれたまえ。君が少女を連れまわしていれば、誘拐犯にだって間違えられる」


 言葉に俺はバンを睨み、ついで騎士を先導してきた男に顔を向ける。目が合うと男の肩がビクッと震えた。


 だから、何もしねえっての!


「通報ありがとうございます。しかしこの男はこう見えて王国騎士団の一人なのです。凶悪な姿形ですが、無害です。どうかご安心を」

 バンが通報者の男に説明を始めた。しかし、凶悪な姿形とは言いたい放題だな。もう少しマシな言い方はないのか。まあ、凶悪な姿形をしているのは間違いないのだが。


 説明をバンに任せて腕組みをしながら男を見下ろす。男は話を聞きながら、恐る恐るといった表情で俺をちらちら見てくる。

「バラク、善良な市民を威圧するな」

「あ?」

「お前のその眼力は見下ろすだけで相手を威圧する。だから市民が怖がるんだ」

 言葉にフンと鼻を鳴らす。


「俺の容疑は晴れたんだろ? もう行くぞ」

 踵を返した俺の肩をバンが掴む。通報者への説明を部下に任せ、俺の肩越しにミナ嬢を見つめた。


「アレは件の女性の使いか?」

 耳元で小声でそう囁く。

「違う」

「ではさっさと親御さんのところへ帰せ。今日は婚約者との顔合わせなんだろう? 相手に変な誤解をさられたら困るのは君だぞ」

「本人だ」

「は?」

「ミナ嬢本人」


 言葉にバンは目を瞬かせた。それからミナ嬢に視線をやり、再び俺の顔に戻す。

「僕には子供に見えるが」

「二十八だ」

「何が?」

「年齢」

「…………」

 バンは再びミナ嬢を見つめた。その視線があまりにも不躾すぎる。俺はバンの頭を抑え込み彼女から無理やり視線を外させた。

「失礼な視線を向けるな」

「あ、ああ。そうだな。悪い」

 バンは一つ呼吸をすると、いつものあでやかな笑みを浮かべた。一瞬で気持ちを切り替えるのはこいつの十八番だ。この笑顔に女性は騙される。


「挨拶してもいいだろう? お前の親友として」

 返事をする間もなくバンは俺の腕からするりと逃れると、ミナ嬢の元へ向かった。その後ろを慌てて俺もついていく。

 ミナ嬢の前に膝をついてバンが彼女を見つめる。その笑みにミナ嬢が顔を真っ赤にさせた。


 少しイラつく。


「初めまして。バン・キャラックと申します。バラクとは友人であり、騎士としての戦友でもあります」

「あ、初めまして。私、ミナ・エルディックと申します」

 赤い顔のままミナ嬢も慌ててスカートをつまんで挨拶を返した。次いで後ろに立つ俺に視線を向ける。


「あの、何かあったのですか? 急用でしたら、私、今日は帰ります」

「いえ、たまたま辺りを巡回していましたら、バラクを見つけたので声をかけただけです」

 大嘘つきだな、こいつは。王国騎士団の第一師団長が、騎士を伴ってわざわざ市井の巡回などするものか。だいたい、不審者の報告があったと先ほど言ったばかりではないか。

 俺は内心バンに突っ込んだ。通常、市井の巡回は自警団か騎士見習いの仕事だ。正騎士の、しかも師団長がするべき仕事ではない。不審人物の確認にバンが出張ってくるのもおかしな話なのだ。


 そんなバンの青い瞳をミナ嬢がじっと見つめる。バンはその視線を受け、笑みを深くした。


 かなりイラつく。


「こいつは気の利かないところもありますが、根はいい男です。どうかよろしくお願いします」

「おい!」


 なぜこの男にお願いされなければならないのか。俺は思わず突っ込んだ。が、ミナ嬢はそんなバンに向かって深々と頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 俺の話なのに俺抜きで話をされても困る。よろしくお願いされるのはいいが、婚約者は俺であってバンじゃない。


「では、私はこれで」

 バンがミナ嬢に頭を下げ、立ち上がった。去り際に横をすり抜ける際、俺にしか聞こえない声で囁く。

「予定表通りに、な」

 青い瞳を睨みつけたらニヤリと笑われた。女性には絶対に向けない、アクドイ顔だ。俺は無言で去っていく背中を見送る。ふと隣を見下ろすと、そのバンの背中をミナ嬢が熱心に見ていた。


 正直に、かなりイラつく。


「あの?」

 視線に気が付いたのか、ミナ嬢が俺を見上げた。慌てて仏頂面を引っ込めると、顔に笑みを張りつかせる。

「あ、いや。すみません。お待たせしてしまって。行きましょうか」

 先ほどと同じように手を差し出すと、今度も手を重ねてくれた。そっと握るときゅっときつく握り返してくれる。


 少しだけ、イライラが収まっていく。


 それにしても、俺はなぜこんなにイラついているんだ。

 そんなことを考えながら、彼女の歩調に合わせてゆっくり歩いた。







読んでくださりありがとうございます。


バラク君は書いていて面白いです。

前話に出てきた逃げる青年の話と今回の少女誘拐の話。少し誇張してますが実話です。


私の知り合いの体験を入れてみました。

知り合いもかなり背が高く強面。

ATMの現金回収者をちらりと見たら身構えられたり、関係は親子でしたが、泣いている実の娘をあやしていたら警察に連行されそうになったとか。

ちょっと可哀そうだけど、面白かったので入れてみました。


次話には二人の距離が少しだけ縮まる予定。

あくまでも予定……

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