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執事のたくらみ

5章、開始でございます。


この世界は、1日~7日で1週間。週末は7日の倍数という考え方です。





バラク・アイヤス様


 お元気ですか?


 元気ですか? 元気にしてるんですか!? 体調など崩されていませんか!? 返事が短すぎます! 近況報告を書けと言ったでしょ。別に部隊がどうではなくて、バラク様の体調とかを書いてくだされば結構です。


 私の近況は以前も書きましたが、店の裏にある屋敷で過ごすことが多くなりました。忙しいのは変わりませんが、今週末には自宅に帰れそうです。


 年末の夜会に向けての警護などお仕事で大変だとは思いますが、自分の体調も考えながら適度に、倒れない程度に頑張ってください。


 次に会える時を楽しみにしています。



                 ミナ・エルディック



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



ミナ・エルディック様


 体調は良い。忙しいが、やりがいはある。


 会いたい




 俺は書いていた文字の途中でペンを止めた。

 会いたい。ミナ嬢に会いたい。

 どれだけ書いても書き足りないほどに会いたい。


 主に俺の時間が取れないのと、ミナ嬢も仕事の関係で忙しいらしく、なかなか二人の都合が合わない。ミナ嬢が初めて屋敷に来てから、ふた月が過ぎようとしてた。年末の夜会まであとひと月と半。さらに俺は忙しくなってしまった。訓練と同時進行で進められる夜会の準備。訓練場と王宮とを往復する日々が続いていた。


 忙しい中でも、ミナ嬢から届く手紙を見れば疲れが吹き飛ぶ気がした。彼女の愛らしい姿と同様の小さな文字。その文字の綴られた手紙に指を這わせる。同時に腹に手を当てた。ベルトのバックルに結ばれた、誰にも知られていないピンクのリボンに意識を向ける。

「会いたい……」

 言葉に出せば、さらに思いが募る。



 ノックの音が部屋に響いた。時間は人定じんてい正刻(午後十時)。普通ならば誰かの部屋を訪れるような時間ではない。俺は扉の外の気配に一つ溜息を吐く。

「はい」

「ロドスタです。入ってもよろしいですか?」

 思った通りの人物の声が扉の向こうから聞こえた。承知の言葉を口にするとすぐさま扉が開いた。

 出会った当時は二十六歳だった。あれから二十二年もたっている。アイヤス家の影となり日向となり俺たちを助けてくれた元傭兵の執事。金茶の髪を後ろに撫でつけ、紺色の瞳にはいまだに強い光が宿っている。

 真夜中であるのにもかかわらず、執事らしくスーツを着込んでいる。昔から思っていたが、いつ眠っているのだろうか。朝は早くから起きているし、夜は皆が寝静まっていても起きている。


「起きておいででしたか」

 俺がいまだに寝間着でないことに驚いた表情も見せず、白々しく聞いてくる。

「起きているのを承知で来たんだろう?」

「まあ、そうですね。もっとも、眠っていても押しかけました」

「寝ている時は起こすなよ」

「眠っていても、私が近付けばすぐに起きるでしょう。あなたは以前とは違う。気配にとても敏感になりましたからね」

 言いながら俺の横をすり抜け部屋に入り込む。まだ部屋に入っていいとは言っていない。何も言っていないのに勝手に椅子に座ってこちらに目を向ける。座れとその目が言っていた。

 アイヤス家の執事は主よりも立場が偉い。俺は苦笑しながら指示通り目の前に座る。


「いい話と悪い話がありますが、どちらを先にお話ししましょうか」

「いい話から聞く。できれば悪い話は聞きたくない」

 ロドスタは小さく笑うと手に持っていた荷物を差し出した。

「エルディック家のお嬢様から、お届け物です」

「ミナ嬢から!?」

 ロドスタから奪うようにして荷物を受け取る。紙の包みをめくると紺色の服が出てきた。しなやかな手触りの生地。ミナ嬢が持ってきた服。彼女の痕跡を探すように服に指を這わせた。

「ミナ嬢が……ここへ来たのか」

「お嬢様からの言葉をお伝えします」

 ロドスタは喉の調子を整えるように数度咳ばらいをした。


「仕立てあがりました服をお届けに参りました。どうかお納めください。バラク様はお元気ですか? 体調は崩されていませんか? 私とっても心配です。大好きなんです。愛してるんです………」

「嘘をつけ」

 声高に続けるセリフを途中でやめさせる。ロドスタは口をつぐむと肩をすくめた。

「前半は本当ですよ。心配です、のあたりからは私の勝手な想像ですが」

「想像でもありえない」

「では、あなたの願望ですか?」

 ロドスタの紺色の瞳をチラリとみる。昔から俺のことを知っているロドスタは、バンと同様、嘘が通じない。俺は深く息を吐いて頷いた。


「ミナ嬢は、俺にそういった感情は持っていないだろう。彼女自身が言っていた。子供が欲しいと。逃がさないと。ただそれだけの感情だ。俺が一方的に想っているだけで、向こうからの想いはない」

 俺が抱きしめれば赤くなったりしていたが、それはバンの前でも同じだった。俺が特別だと思いたい。だが、そうじゃないこともよくわかっていた。だからこそ、触れることをためらってしまう。彼女が俺に怖れを抱き、失ってしまうことが何よりも怖ろしい。

「俺を想っていなくてもいい。側にいてくれさえすれば、それで」

 結婚という鎖でつなぎとめていれば、少なくとも俺から離れることはない。自嘲的な笑みが浮かぶ。卑怯な男だ、俺は。


「ええ。卑怯ですね」

「がっ!」

 ロドスタの心を抉るような攻撃に撃沈。俺は椅子に倒れ込んだ。抉られた胸が痛い。

「自分の想いを伝えてもいないのに、相手の心が欲しいなんて子供の考え方です。さっさと伝えて玉砕なさい」

 なぜ玉砕限定なんだ! それよりもなぜ俺が想いを伝えていないことをこの男が知っている。俺の情報はいったいどこから漏れているんだ。

「何年の付き合いがあると思ってるんです。顔を見ればわかります」

 問えば何でもないように答えてくる。あの白々しい顔が今は小憎たらしい。

「お前、主にもっと気を使えないのか」

「ハッ、気を使わねばならないような方なら使ってますよ。あなたがこれくらいで傷つく玉ですか」

 もっともな意見だが、納得しがたい。俺だって人並みに傷ついたり……するときもあるかもしれないではないか。

 俺は仏頂面でロドスタを睨んだ。その睨みを受けても飄々として顔色さえ変わらない。本当に憎たらしい。


「しかし、バラク殿がそこまで入れ込む理由も少しはわかります。とてもかわいらしい方ですよね。それにとても危なっかしい。あのお嬢様は人を簡単に信用しすぎる」

 ロドスタがわずかに眉根を寄せ、それから楽しそうに俺を見てきた。

「昼間、マダレイ殿とリリア殿、メイドたちも全員出払っている時間に訪ねてこられましてね。屋敷に私しかいないと申し上げたんですが、招き入れると簡単に入ってきた。もし私が下心のある狼なら…………おっと、そんな怖い顔をせずとも、主の婚約者に何かするはずがないでしょう。紅茶を飲んで少し話しただけです」

 ロドスタは肩をすくめた。俺はそれでも目を細める。俺のいない間にミナ嬢がこの屋敷に来た。紅茶を飲んでロドスタと話した。それが俺をいらだたせる。

 会いたい。その思いがさらに募った。顔を掌で覆ってうつむく。

 会いたい、会いたい。今すぐ会って彼女の小さな体を抱きしめたい。


「さて、悪い話ですが」

 俺の想いをよそにロドスタが再び口を開く。

「聞きたくない」

「お暇を戴こうかと思っています」

「は?」

 思ってもいない言葉に俺は顔を上げた。冗談ではないことは、ロドスタの顔を見ればわかる。真剣な顔が俺を見ている。

「アイヤス家の執事をやめるってことか」

「はい。後任の者はすでに決めております。マダレイ殿とリリア殿にも本日話を致しました」

「辞めてどうする?」

「まだ許可は頂いておりませんが、エルディック家にお仕えしようかと」

 考えてもいなかったことを言われて、俺は目を丸めた。


「ミナお嬢様は、この国の王子の信頼を得ているあなたの婚約者。まだ町に噂はたってはいませんが、見るものが見ればすぐに気付きます。しかしエルディック家には執事どころか門番もいない」

「…………」

「ちなみに、エルディック家にはふた月前より見張りをつけています。あちらからアイヤス家までを往復しても、早馬なら四半刻(十五分)もかからない。ですが、私ならその半分の時間で事を済ませられます。意味は、分かりますね?」

 俺は顔の傷に手を当てて深くうなずいた。


「リリア殿にはマダレイ殿がいます。あなたはもう守る必要もないほどお強い。ですが、お嬢様の側には誰もいない。今は店に泊まり込んでいるとのことで安全かとは思いますが、今後のこともあります。エルディック家に腕の立つ執事がいれば、バラク殿も安心かと」

「いつからだ」

「本来であれば今日からお仕えしたいところでしたが、エルディックご夫妻は仕事で出かけておられない。お嬢様一人の家に私が押し掛けるのは、どなたかのいらぬ嫉妬心を招きかねない。ですので、ご夫妻が帰ってくる明後日からでも」

 俺は詰めていた息を大きく吐き出した。

 ミナ嬢が俺の婚約者だからといって、必ず狙われるとは限らない。それでもふた月も前から見張りを付けていたとは、慎重派のロドスタらしい。

 アイヤス家の執事として、一個人の戦士としてこれほど頼れる存在はない。その執事がミナ嬢についていてくれるのはありがたい。が、俺個人としては面白くない。ミナ嬢の側に常にこの男がいると思うと腹が立つ。

 俺は嫉妬の心のままロドスタを睨みつけた。ロドスタはそんな俺の睨みなど全く気にせず、逆に面白そうに笑う。


「そんな顔をなさるなら、さっさと抱いてご自分のモノにしてしまいなさい」

「モノ? そんな言い方をするな。ミナ嬢が穢れる」

「はいはい、私は穢れきってますよ。では、言い方を変えます。さっさと結婚なさい」

 言葉にむうっと唸る。婚約しているのだから、いつ結婚してもいい。だが、ミナ嬢にはまだ傷の話もしていない。次に会えたら話すと言ったが、会うという約束もまだできていない。


「今は時期が悪い。夜会が終わって年が明けたら」

「悠長なことを言っていると、別の誰かにとられますよ」

「たとえばお前か?」

「私はこれでも妻のある身。まあ、この国は重婚が認められているので妻がいても問題はありませんが、国で最強とうたわれる騎士を敵に回す気はありません」

 笑っていたロドスタが、ふと真剣な瞳を俺に向ける。

「冗談はさておき、ミナお嬢様については気を付けるに越したことはありません。少々気になることもありますし、油断は禁物です」

「気になること?」

「取り越し苦労ならそれで結構。今はまだ推測の域を出ませんので、この話はまたいずれ」

 言い置いてロドスタは腰を上げた。

「では、私はこれで失礼いたします。今更ですが、お早めにお休みくださいますよう」

「訪ねてきたお前が言うなよ。だいたい、この話も俺が訓練場から帰ってきたときに話していればすむことだろうが」

「それは、ですね。忠実な執事から主へのほんの心遣いです。訓練や警護に明け暮れるのも構いませんが、時には気を紛らわすことも必要です。服を胸にお嬢様を思って悶々し、眠れぬ夜を過ごせばイロイロな気も抜けるでしょう。夜中に持ってきた甲斐があるというものです」

 俺の繰り出した拳をさっとよけ、さもおかしそうに笑って廊下に出ると優雅に一礼した。


「では、せいぜい歯を食いしばってお休みください」

 にやにやしながら扉を閉められた。俺は拳を握りしめたまま大きく息を吐く。


 アイヤス家の執事は、主をからかうことが生きがいのような気がする。ロドスタの想像通りになるのはかなり不本意だが、おそらくそうなるだろう。気が紛れるどころではない。頭の中はすでにミナ嬢でいっぱいだ。





 テーブルに置かれた紺色の服を手に取る。ミナ嬢が持ってきてくれた服。


 服をぎゅっと胸に抱く。

「会いたい……」

 一人呟いた。







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