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親父

 剣の訓練は夜にもするようになった。月明かりしかない夜の庭は暗い。月の光を鈍く反射する剣を見極めることはできる。けれど、暗い足元から繰り出される蹴りはいまだに避けられない。


「気配を感じろ。目に頼るな」

「足を止めるな」

「相手を感じろ。全身を研ぎ澄ませろ」


 檄が飛ぶ。叱咤の声とともに、右、左と閃くように襲いくる剣を受けとめ、受け流す。時に弾き返し、押し返す。隙を見せればすぐに蹴りが飛んできた。剣を受け止めても蹴りが入る。蹴りをよければ剣が襲ってくる。


 僕の体はまた擦り傷だらけになった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「お前、怪我だらけだな」

「うん」

 公園の噴水で遊んでいるとき、僕の体中にある擦り傷や痣を見て友達から言われた。僕より年上で、来年から騎士見習いとして騎士団に入るらしい。鍛冶屋の息子で、僕よりも身長が高い。けれど、僕はこの友達にも一度も負けたことはない。


「父上と剣の訓練をしてるんだ」

「剣? お前、七歳だろ?」

「うん」

「ふ~ん。どうりで強いわけだ。七歳でそんなにしごかれてるのか」

「うん」

「逆らわないのか?」

「怒られる」

「サボらないのか?」

「……怒られる」

 僕はうつむいた。噴水の水に僕の姿が映っている。黒い髪に茶色い瞳。腕にも足にも切り傷がある。二の腕には剣の腹で殴られた痣が青く残っていた。傷は治れば消えるし痣もなくなる。でもその前にまた新しい傷と痣が作られる。僕の体はいつでも傷と痣だらけだ。


 怒られるのはいい。でも怒られた後はいつもよりきつい訓練が待ってる。また傷が増えてしまう。父上に逆らうことなんてできやしない。


「俺もきっと来年からは騎士団でしごかれるんだろうなあ。ま、騎士になるためなら皆通る道だしな」

「騎士団……」

 騎士団の訓練と父上の訓練はどっちが大変だろうか。また傷だらけになるんだろうか。辛いんだろうか。僕も十二歳になったら騎士団に入るのかなあ。父上の率いている騎士団に。


「なあ、行動で逆らえないならさ、言葉で逆らったらどうだ?」

 友達が面白そうに笑いながら僕を振り返った。

「言葉?」

「そう。お前ってさ、言葉遣いがきれいすぎるんだよ。父上とか僕とか」

「でも、それ以外になんて呼べばいいのか知らない」

「親父でいいじゃねえか。それに自分のことは俺って呼んだほうがカッコいいぞ」

「俺?」

「そう。自分のことは俺、親父のことは親父。クソ親父! ってな」

 目を瞬く。そんな言葉使ったこともない。王様が来ることもあるから、ちゃんとした言葉遣いをしなさいと父上から言われていた。

 父上に逆らう………


「クソ……親父」

 呟いた。ちょっとだけ自分が悪くなった気がする。悪くなることは駄目なことだと母上は言った。でも悪くなることで父上に逆らえた気がした。

 父上に逆らう。考えたこともない。訓練では逆らえない。でも言葉で逆らう。



 『俺』は笑みを浮かべてうなずいた。





 夜の訓練が始まった。


 親父が剣を構える。俺は剣をわざと下げた。夜の庭は暗い。剣を下げれば見えにくくなる。それに親父よりも俺は小さい。足元を狙えば避けにくい。親父との訓練の話をしたら、友達がそう言って教えてくれた。公園で友達を相手に何度も練習した構え。俺の構えに親父が唇を上げる。

「どこで覚えた?」

「クソ親父に教えるつもりはない」

 教えてもらったばかりの言葉を言ってみる。親父は一瞬目を見張り、すぐに笑みを浮かべた。


「なるほど。町の子供もなかなかやる。騎士とは言えないが、傭兵らしくなった」

 親父が動く。俺はすくい上げるようにして剣を動かした。剣がぶつかり合う。暗闇に火花が散った。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 八歳になった。


 最近疑問に思うことがある。親父との訓練は毎日続けている。朝も夜も。だけど、何のために続けるんだ?


 大切なものを守るため?


 親父は戦争で活躍したことで、傭兵から名誉ある騎士となった。だがその戦争はもう十年も前に終わっている。何のための鍛錬だ。何のために騎士になる必要がある。


 誰から守る? 俺の大切なものを傷つける存在などどこにもない。この国は平和で、何も起こらない。鍛錬など必要ない。騎士になる必要などない。


 俺は訓練でだんだん手を抜くようになった。手を抜いて勝てるわけがない。親父からの激や叱咤は無視した。体の傷や痣は増えたが、どうでもよくなっていた。痛みは伴ったが、傷も痣もそのうち消えるものだから。



 そうして迎えた十三月二十五日。年末の夜会が明日から始まるその晩、親父は警護で城に泊まり込むことになった。


 明日は昼から王城へ行くことになっている。母上は夜会に着ていくドレスをいそいそと準備していた。黄色の胸元と背中が大きくあいたドレス。母上は親父と一緒に出席できる夜会がとても楽しみみたいだ。王宮のホールで親父とダンスをするのが楽しみだと言っていた。



 十三月としてはとても暖かい晩に、あの事件は起きた。







はい。『親父殿』の原型が出てきました。

バラクの性格上、父上と呼ばせるのに抵抗があり、この物語を考えたとき主人公たちの名前が決まる前には、もう親父殿と呼ばせようと考えていました。ですが、子供時代から親父殿ではどうかと考え、あの少年が出てきたわけです。


私はこの呼び方結構好きなんですが、皆さまはいかがでしょうか?

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