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足技

お待たせいたしました。4章再開です。短いものが続きますが、4章が終わるまで毎日更新していきます。

子供時代のために一人称の表現が変わっていますが、バラク視点です。


傷、怪我、暴力の表現があります。苦手な方はご注意ください。




 僕の父上は王国騎士団の総指揮官。騎士たちをまとめる凄い地位にいる人だ。しかもこの国の王様と友達で、王城から離れたこの屋敷に時々お忍びで王様が遊びに来ることもある。

 僕は厳しいけれど大きな父上と、毎日笑顔で優しい母上が大好きだった。


 訓練が始まる五歳になるまでは。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 父上の剣が襲いくる。僕は一生懸命それを受けた。だけど父上の剣は早くて重い。手にジーンと痛みが走る。指が痺れて剣を取り落してしまった。

「バラク! 剣を落とすなっ。戦士が剣を落とせば死ぬと思え」

 父上の革靴が肩を蹴りつける。僕は地面に倒れ込んだ。砂が口に入ってジャリっとした。口の中に砂と血の味が広がる。

 起きようとして掌を地面に着く。革の手袋の中も血で濡れている。豆が潰れて、血が出ているんだ。じくじくとした痛みが掌に広がった。

「ふ………っ」

「泣くなっ、馬鹿者が。この程度で根を上げてどうする。お前は騎士になるんだ! 大切な人を守れるように強くなれ」

 歯を食いしばる。それでも溢れた涙が頬を伝った。乾いた砂に僕の涙が吸い込まれて黒くなっていく。上から父上の大きなため息が聞こえた。呆れたような情けないようなため息。


「今朝はこれまでだ。その代り、今夜はいつも以上に訓練する。昼間はいつも通り素振りをしておけ。いいなっ」

 父上が言い捨てて踵を返す。その背が見えなくなる。

「ふぇえええん!」

 僕は胸にためた息と一緒に、涙と鼻水をいっぱい流した。



 毎日朝と夜、父上との訓練が待っている。それが五歳の誕生日とともに始まった。体を苛めるようにして鍛える。筋肉痛で眠れない夜もある。怪我もあちこちにある。お風呂に入るとお湯がしみて涙が出た。

 手の豆は潰れてはまたできて、できては潰れた。掌はだいぶ固くなった。それでも剣を振れば痛む。きっと剣が大きすぎるんだ。幼児用なんかないと言って、騎士見習いが使う小さめの剣をくれた。それでも僕の手には大きい。重さに振り回される。父上のようには振れない。けど、振れないと怒る。


 父上なんか大っ嫌いだ。



「バラク。ほら、じっとして」

 朝の訓練が終わってお風呂から上がると、タオルを広げて母上が待っていてくれた。でも僕は逃げた。母上がタオルを持って走って追いかけてくる。それが楽しくて僕は裸で部屋中を駆け回る。


 父上と母上と僕だけが住むこの屋敷で、味方は母上だけだ。母上はいつも優しくて温かい。でも、父上との訓練の時には姿を見せてくれない。庇ってもくれない。それでも、こうして僕を嬉しそうに追いかけてくれる。捕まえたら傷の手当てをしてくれた。傷に薬を塗ってくれたり、包帯を巻いてくれたりする。僕の体を心配してくれる。

 僕は母上が大好きだ。



 リビングのソファに座って母上が僕の掌に薬を塗り込む。痛さにまた視界がぼやける。

「ぐすっ」

「泣かないの。男の子でしょう?」

 頭を優しく撫でてくれる。その手が温かい。それが嬉しくて笑みを浮かべたら母上も笑ってくれた。

「父上なんか嫌いだ」

「そんなこと言っては駄目」

 僕の文句にピシャリと言われて涙が流れた。拳で涙をぬぐう。また優しく頭を撫でられた。

「マダレイ様は、あなたに強くなってほしくて鍛えているのよ。大切な人を守れない辛さを知っている人だから」

「大切な人?」

「そう。仲間とか友達とか、私たち家族もそう。傷つけたくなくて、でも守れなくて辛い思いをしてきた人だから、あなたにそんな思いをしてほしくないって思ってるの。皆を守れるような強い戦士になってほしいのよ」

 仲間と友達と家族………大切な人。

 僕は自分の手を見つめた。豆の潰れた掌、叩かれた痣、剣で擦った傷、地面で擦れた痕。僕は家族なのに、傷ついているのに、父上はまだ訓練で傷つけようとしてる。

「僕は大切じゃないの?」

 言った瞬間抱きしめられた。

「ああ、バラク。違うの。大切な家族だからこそよ。今はわからないかもしれないけど、いつかきっとわかるときが来る。今はマダレイ様を信じてあげて。お願い」

 ぎゅっとされて僕はうなずいた。

 父上は嫌いだ。でも母上は大好き。だから、母上のお願いは聞いてあげたい。僕にとって大切なのは母上だけだ。大切な母上を守る。そのための訓練なら我慢する。



 父上が王宮から帰ってきて、また訓練が始まった。素振りをしていてまた豆が潰れた。でもしないと怒られる。したら痛くて剣が振れない。また怒られる。でも母上のためだ。大切な母上を守るために。



 でも、一体何から守るの?



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 七歳になった。

 毎日の訓練は続けている。手の豆はもう潰れなくなった。けれど毎日擦り傷と切り傷を作った。それでも五歳の時よりはだいぶ減った。父上の速くて重い剣も受けられるし、避けられるようになった。昼間の素振りも欠かしていない。でも、最近素振りするよりも遊ぶ時間の方が増えた。町の子たちと一緒に遊ぶ。公園で走り回った。噴水で水浴びをした。棒を使って戦ったりもする。僕は負けなし。十二歳と戦っても僕は負けなかった。


 僕は強くなった。



「最近、素振りをサボってるらしいな」

「サボってません。ちゃんと振ってます」

「振るだけで訓練になると思うなっ」


 怒鳴られて言葉に詰まる。

 僕は強くなった。友達の中では負けたことがない。父上は強いし偉い人だから勝てないだけだ。きっと他の大人になら勝てる。

 柄をぎゅっと強く握る。


「強くなったと思っているんだろうが、まだまだだ」

 剣を構えた父上に、僕から剣を打ち付ける。剣をかみ合わせたまま父上の目を睨んだ。その目が一瞬すぼまる。

「足が止まってるぞ」

「なっ!」

 右足を蹴りつけられた。体勢が崩れる。地面に倒れ込んだ肩を剣の腹で殴られた。騎士に足技などない。僕は父上を睨みつけた。

「足を使うなんて卑怯だ!」

「戦場に卑怯なんてものはない。卑怯と思っている時点で負けだ。負ければ死ぬ。お前が死ねば大切な者も死ぬ。死にたくなければ何でも使え。足でも体でも頭でも」

 父上が蹴りつけてくる。それを避けて剣を突き出した。ガキッと受け止められる。いったん離れる。父上の右足がわずかに動いた。蹴りを予測して構える。瞬間、剣が横殴りに襲ってきた。受け止めきれずに手を離れた剣が宙を飛ぶ。父上の剣が突き出される。咄嗟に砂を掴んで投げた。

「ぐっ」

 目に砂が入ったのだろう。父上の動きが止まる。弾け飛んだ剣をとろうと手を伸ばす。けれど、僕の手が剣に触れることはなかった。それより早く動いた父上の剣が僕の喉元に押し当てられている。目をつむったまま、正確に僕の喉元に突き付けられた剣。僕は少しも動けずにいた。

「今日はこれまで」

 目をつむったまま父上が言い、喉元から剣を引いた。どっと汗が流れる。


「相手の目を潰したのはいい。だが、目が見えなくとも気配を探れば戦える。夜でも油断するな。相手はいつ、どこからやってくるかわからない」


 そのまま踵を返す。僕は地面にへたり込んだ。呼吸が荒い。ゼーゼーと息を繰り返す。冷たい汗が背中を流れた。



 本気で、殺されると思った。







バラク君の足技は親父殿譲りです。


さて、今後も血や傷などの表現がどんどん出てくることが予想されます。ので、R15と残酷描写のタグを付けました。

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