早朝の自主練
短っ!
ミナとの相互関係で話が短くなってしまいました。
ベッドで寝返りを打つ。いつもはすぐにやってくる睡魔が、今夜に限って襲ってこない。床にへたり込みそうになるほど疲れたのに、風呂に入ってベッドに入ると目が冴えてしまった。
同じ屋敷内にミナ嬢がいる。それが俺の意識を興奮させる。明日は朝から模擬戦闘だというのに。寝ぼけた頭でできるほど騎士団の訓練は甘いものではない。それでも眼は冴える一方だ。
「はあ」
大きく息をつく。
とにかく、横になって目をつむるだけでも疲労は回復する。少しでも眠れればそれでいいと俺は目をつむった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
まだ暗いうちからベッドを抜け出た。庭で井戸から汲んだばかりの冷水を頭からかぶる。頭を振って水気を振り切る。寝ぼけたような頭が幾分かすっきりとした。
濡れた髪をかき上げる。
「………ッツクション!」
くしゃみと一緒に鼻水が出た。頭から冷水をかぶるには、この日はずいぶんと冷え込んでいた。
まあ、風邪などひくことはあるまい。これから夜明け前までしっかりと体を動かせば、動かした筋肉が内に熱を発する。
しっかりと予備運動で体を温める。今朝は冷え込む。頭から冷水も被ったし、いつも以上に時間をかけて体を温めた。
立てかけていた訓練用の剣をとり、構える。その頃には体中に汗が流れていた。
呼吸を整え、緩慢ともいえる動きで剣を振るう。正眼で止め、また振るう。ゆっくりとした動作で行い、基本の型をしっかりと体に叩き込む。その後、型を崩さぬように同じ動作を瞬時に行う。
シュッと空気を切り裂く音がした。
瞬時に打ち込み、眼前で剣先をピタリと止める。バンが騎士にはないと言っていた足も使って、見えない相手と戦う。
突き、払い、薙ぐ。左足で回し蹴りを繰り出し、その回転の勢いを利用して下から剣を振り上げる。
最後に剣を正眼で構え、ゆっくりと下ろした。
大きく息をつく。今朝の自主練はこれまでだ。夜が明ける前に訓練場に向かわねばならない。
流れる汗をタオルでふき取る。顔を拭いているときに指が傷に触れた。体の傷は他にも肩や腕、脇腹にある。背中全体には引き攣れた火傷の痕。もう痛むことはないが、この傷が消えることはない。俺が未熟なせいで負った傷。
俺だけじゃない。俺が鍛錬を怠ったせいで、手の届くところにいた人も守れず傷を負わせてしまった。もう二度とあんな思いはしたくない。俺の目の届く範囲、手の届く範囲の大切な人は、もう二度と傷つけさせはしない。
「…………」
それにしても、自主練中は近づくなとあれほど厳命していたのに、メイドが一人館の影からずっとこちらを伺っている。
背後の気配には気付いていた。だがあえて無視した。用があれば声をかけるだろうと。だが結局最後まで声をかけられなかった。おかげであまり集中できていない。こんな事なら無視せずにさっさと注意すればよかった。
苛立ちのままにそちらを鋭く睨みつける。立ちすくんだその姿を認めて、俺は目を見開いた。
「ミナ嬢!?」
駆け寄ろうとした足が止まる。俺は今上半身裸だ。体中に傷がある。この醜い体を晒したままでミナ嬢に駆け寄るわけにはいかない。きっと怖がらせてしまう。
「もう見ちゃいました」
せめてタオルで傷を隠そうとしたら、ミナ嬢から困ったような声音で諭された。
ミナ嬢は俺の傷の残る体を怖がりもせず近づいてきた。俺の体を見ても怖くはないのだろうか。この醜い傷跡の残る体を。
俺の足元で顔を見上げるように首を真上に上げる。俺はすぐさまその傍らに膝をついた。黒い瞳が間近にある。そこに怯えの色はかけらもない。
「怖くはないか?」
「怖くないです。バラク様が優しいこと、知ってますから」
「……そうか」
そっと手を伸ばす。ミナ嬢は嫌がらずに俺の手が触れるのを受け入れてくれる。柔らかな髪を撫で目を細めた。
「バラク様、私……話したいことがあるんです。今日はもう無理ですけど、次に会ったときに聞いていただけませんか?」
そう言って見上げてくるミナ嬢の真剣な表情の中に、わずかな不安の色が見て取れた。何を不安に思っているのだろうか。話してくれればそんなもの、すべて俺が取り除いてやるのに。
「もちろん聞こう。それに、俺も話したいことがある」
俺はそうミナ嬢に告げた。彼女も何の話かを察しているんだろう。小さくしっかりとうなずく。
「忙しいと思いますけど、また手紙をください。ずっと待ってます」
「わかった。必ず送る」
にっこり笑った彼女に、俺はもう一度髪を撫でた。
「俺はもう行くが、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。あの………バラク様。ちょっと耳を貸してもらっていいですか?」
耳? 俺は彼女に耳を向けた。二人きりなのに、何の内緒話だ。苦笑しながら待っていると、頬に柔らかなものが触れた。それは一瞬で離れる。
「行ってらっしゃいませ、バラク様」
にこやかに笑ってミナ嬢はそのまま踵を返して走り去った。俺は自分の頬に触れ、走り去るミナ嬢の背中を見つめる。
俺はおそらく、今夜も眠れない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
3章完結でございます。
次章からは子供時代となります。どのくらいの長さになるか、私もさっぱりわかりません。意外に短くなるかも。
なので、考察期間を頂きたいため、更新がしばらく滞るかもしれません。書きあがりましたら順次投稿していくので、お待ちいただければ幸いです。




