突然できた婚約者
「私の婚約者は優柔不断で唐変木」のバラク視点です。
騎士の概念については、崩れまくってますがご容赦ください。強いけど初心で情けない騎士がいたら面白いかもと思って書いてます。
「結婚!?」
「そうだ」
「そうですか。それはおめでとうございます」
「馬鹿者! 結婚するのはお前だ」
慇懃に頭を下げたら、その頭をグーで殴られた。痛くはないが、反射的に殴られた場所を擦って俺は目の前の親父殿を見下ろした。
俺が所属する騎士団の修練と訓練と鍛錬、さらには自分の日課と化した自主練等々、たっぷりと一日体を動かしてから自宅へ帰り、風呂に入ってさっぱりしたところに親父殿に呼び出された。
大きな執務机に大層な椅子。そこに座ってこちらを睨みつけてくる眼光は、六十を超えてもなお鋭く、騎士団を率いていた総指揮官の頃を思い起こさせる。この目を向けられると、見習い時代を思い出して背筋が伸びる思いだ。そんな親父殿も、今は騎士団を引退、自宅に引きこもって余生を過ごしている。
余生というが、あの眼光を見る限り百まで生きそうな気がする。
自分の屋敷の自室であるからと、王国騎士団第二師団長である俺に対して親父殿は遠慮なく暴挙に出ている。俺が所属する王国騎士団では縦の関係が絶対となっている。たとえ親や兄弟でも団内では地位が何よりも優先する。よって、師団長の俺は隠居の身の親父殿よりも上の立場。王城や団内ならば手を上げるなどもってのほかだ。だが今は父と子の関係。俺はその拳を甘んじて受け入れていた。
「私にはリリアという美しい妻と、バラクという馬鹿息子がいるのだぞ。その私が結婚するわけないだろうが」
その馬鹿息子である俺を睨みあげながら親父殿が声を荒げる。
息子である俺の前でもイチャイチャ………いや、仲睦まじい様子の親父殿が、最愛の妻を差し置いて第二の妻を娶るなど考えてもいない。しかし、俺が結婚するなど俺自身も初耳だ。本人が知らぬものをなぜ親父殿が知っているのか。だいたい、なぜ俺が結婚などせねばならんのだ。
「お前は騎士団の中でも古参。しかも今は師団長だ。そのお前が結婚していないからと相手がいるのに婚約さえしない馬鹿どもがいる。その馬鹿どもを納得させるには、お前が納まるところに納まらねばならん」
問うと親父殿はそう答えた。
むうっと俺は唸る。先ほども言ったがこの国の騎士団は縦社会。上の者が結婚しなければ下の者は相手がいても結婚してはいけないという厄介な暗黙の規律がある。そのせいか、俺が師団長の任についてから五年が経つが、第二師団では新たに結婚した者は誰もいない。
そういえば、俺が師団長に就く辞令が出る少し前に結婚ラッシュがあったな。あれはそういうことだったのか。
「最近、早くお前に嫁をあてがえと言ってくる輩が多い。お前ももう三十だし、身を固めるのに早いということはないだろう」
「いや、親父殿。固めるといっても相手が……」
俺は頭に手をやったまま、まだ濡れている黒髪をバリバリとかきむしった。
自分で言うのもなんだが、俺は女性関係に大変疎い。幼いころから、この親父殿にしごかれて恋だの愛だのと言っている暇はなかった。青春という青い日々はすべて剣に捧げた。俺自身も剣の稽古は好きだったし、腕を磨くことは己を磨くことにも繋がると信じていた。
残念ながら、磨かれたのは剣の腕と筋肉だけで、顔は自分でもため息が出るくらい磨かれることはなかったが。
一応、王国騎士でもあるのである程度のマナーはわきまえている。女性にどう接するべきかは見聞きしていたし、知っているつもりだ。ただ、実践したことは一度もない。国王主催の夜会に出席することはあっても、俺の外見があまりにも残念なので女性が近付いて来ることはなかったし、自分から近付こうともしなかった。
なんだか言ってて悲しくなってきたな。俺は自分でもため息が出るほど残念な外見ということになる。
確かに俺は誰から見てもごつい体をしている。騎士団の中で一番ガタイがいいだろう。だが、ご婦人方から人気があるのは、筋肉はあっても細い感じの騎士だ。騎士団総長や第一師団長などは整った顔立ちもあり、夜会ではいつも女性に囲まれている。
ふと親父殿の背後に目をやった。執務机の後ろは大きめの窓が配置され、そこに俺が映り込んでいる。
窓に映る自分の姿をしげしげと眺めた。地味な黒髪に茶色い瞳。吊り上った太い眉。己の顔を強面にさせているのは、左の額から頬にかけて走る傷。それに交わるように鼻から横に真一文字にある傷。そして首元から背中に広がる火傷の跡。褐色の肌の中でそこだけが引き攣れたように白い。そして、毎日鍛錬に明け暮れているためムキムキに盛り上がった筋肉。
ふんぬっ!
腕に力を込めると膨れ上がる筋肉。薄いシャツを通してでも伝わる胸筋と腹筋。このガタイのでかさと強面のお陰で、人の多い通りを歩いていても俺の前には道ができる。女子供はきっとこの体躯と顔が怖いんだろう。転んだ子供を助け起こしてやったら、俺の顔を見て子供が大泣きしたこともあったな。
と、突然頭に拳が落ちてきた。
「何をぼうっとしている! 話を聞いていなかったのか」
おっとそうだった。窓に映る自分を蔑んでる場合ではなかった。俺は目の前の親父殿に意識を戻した。
「親父殿。自分で言うのもなんだが、俺は女子供に怖がられてる。その俺が結婚なんて」
「だが、今のままだと下の者が自分の結婚に納得せん」
「だったら俺を降格させればいい」
「何もしていない者を降格させれば、騎士団として示しがつかんだろうが」
「ふむ。では何か事件を起こすか」
「馬鹿者!」
再び親父殿の拳骨が俺の頭に落ちた。いかに俺が丈夫だからといって、拳骨に手加減なしとは親父殿もよほど切羽詰まっているらしい。
「とにかく、お前の相手はもう決まっている」
初耳だ。そしてなぜ本人が初耳なのに、親父殿は知っているんだ。いやいや、それよりも――
「その相手の女性は納得しているのですか?」
「この際、本人の意思は省いた。相手もお前もな」
いや、それはマズイんじゃないのか。俺はともかく、相手の女性は困るだろう。一生を共にする男が俺では、毎日を泣いて暮らすことになりそうだ。それよりも俺との生活が嫌すぎて逃げ出すことだってあり得る。
「親父殿。いくらなんでもマズイのでは」
「だから直接会ってもらう。日時は一週間後。その結果、否やがないなら、いや最初から答えは決まっているな。嫌でもなんでも、その女性と結婚しろ!」
威圧感のある眼光で命令され、俺は咄嗟に背筋を伸ばして騎士の礼を取った。その後で、俺が師団長で親父殿が引退した隠居の身であることを思い出したが時すでに遅く、俺はこの結婚に合意したことにされた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
親父殿がまだ若く、傭兵部隊で戦っていた五十年前、この国は戦争に明け暮れる国だった。隣国との度重なる戦争で国内はすさみ、大地は荒れていた。ところが、親父殿が三十歳という若さで傭兵隊を率いる総大将として荒くれどもを率いるようになってからは戦の戦況が変わった。その当時の騎士団総長とともに、国王に隣国との和平を進言し、それを成し遂げるためにこの国と隣国との間を駆け回った。
和平を厭う連中に暗殺されかかったり、一介の傭兵が国王に近づくことを良しとしない大臣たちに嵌められたこともあったという。
だが、そうした中でも親父殿は自身の信念を曲げず、膝をつき頭を下げ続け和平のためにと走り回った。結果、三年かけて隣国とこの国は和平が成立し、長年続いた戦争は終わりを告げた。
その功績により親父殿は騎士の称号を賜り、騎士団総指揮官という名誉ある地位に就いた後、六十になるまで騎士として務めた。そして六十歳の誕生日を迎えるとともに、引き留める声を振り払って惜しまれながらも退陣。五年たった今、俺に結婚の話を持ちかけてきた。
これだけを聞けば素晴らしい騎士だったと言える。一介の傭兵が騎士の称号を賜るなどとんでもない功績を残したと言える。だが、その内情は名誉どころか、ただの個人的な感情からきている。
曰く、一人の女性を幸せにしたいから。
もちろんその女性とは俺の母上殿である。戦に出れば母上殿と長期間離れることになる。命だって失いかねない。そこで親父殿は考えた。思いついたのが、この戦自体を終わらせようというものだ。
単純明快な答え。だが、その単純な答えを行動に移せるところが凄い。そしてやり遂げてしまった。信念というより、もはや執念だ。
一人の女性に対してそこまで思い入れられる親父殿。本当に俺はその親父殿の血を引いているのだろうか。はなはだ疑問だ。それとも、そういった女性と出会えば俺も変わるのだろうか。
そうは思えないと首を振る。俺が変わる前に相手の女性が逃げていきそうだ。
親父殿が強制的に指令してきた結婚宣言から一週間。俺は件の女性と顔合わせをすることになっていた。結婚が決まってからお互いに顔合わせとは、何とも情けない。
相手の女性は富豪の娘らしい。あちこちで商売をしながら、三年前にこの王都で店を構え定住した。娘の名はミナ。歳は二十八。愛らしく庇護欲をそそると親父殿は言っていた。ただ親父殿も会ったことがなく、親の受け売りだそうだ。親の受け売りなら言葉通りではないだろう。もっとも、俺が誰かに対して外見でとやかく言える立場ではない。俺と本気で添い遂げようと思っているならば、どんな巨体の女性でも、バランスの取れていない顔立ちでも文句は言わない。
愛せるかどうかはまた別問題だ。
ミナ嬢は年齢が適齢期を過ぎたために、同じく適齢期をとっくに過ぎた俺の嫁にどうかと親父殿に話が行ったらしい。親父殿も俺の結婚のことで頭を抱えていたため、一も二もなくその話に飛びついた。
元は傭兵だったから、階級や爵位にこだわらないところが親父殿らしい。もっとも、俺も全く興味はないが。
しかし、はた迷惑な話だ。俺は結婚に対して前向きどころか、全速力で走っていけるくらい後ろ向きだ。
若い頃はあこがれもあったが、俺のこの顔と体に怯えない女性に今まで出会ったことがない。傷のある強面の俺に怯えながらの結婚生活を強いるなど、相手の女性にも申し訳ない。だから結婚に関してはあきらめていたし、後ろ向きな考えになっていた。しかし、今回はそういうわけにはいかない。動き出した話を止めることは相手に恥をかかすことにもなる。男の俺はともかく、女性に恥をかかすことはできない。
とにかく会って話をして、駄目ならそれまでだ。親父殿も相手方から断られれば仕方がないと納得してくれるだろう。
俺は寝転がっていた体を起こし、辺りを見回した。時間にはまだ余裕があるが、早めに来るかもしれない。
待ち合わせ場所は噴水のある公園。
どこか洒落た食堂で会うことも考えたが、俺に似合うはずもなく、屋敷は親父殿がいて話がややこしそうだ。付き添いがないことをいいことに、常識的な場所はやめて公園という開放的な場所を選んだ。
お互いの了承なしに結婚が決まってから初めて会うのだ。最初から常識を外れているならば何でもアリだろう。顔も体も規格外な俺に常識など必要ない。だいたい、付き添いがないこと自体が常識はずれなのだから。
広い公園内は昼前ということもあって比較的空いている。これだけ空いていればミナ嬢も見分けられそうだ。二十八歳くらいの人を探しているっぽい女性を探せばいい。
芝生で胡坐をかきながら公園を見渡した時、少し離れたベンチに座る青年と目があった。青年は一瞬体をビクッとふるわせ、そそくさと去っていく。
何もしねえよ!
公園を眺めてただけじゃないか。悪態をつきながらも、改めて俺の顔の凶悪さを噛みしめる。ため息を吐いて両手を後ろに着いた時、尻のポケットからカサリと音がした。
そういえば、と尻のポケットから小さなメモを取り出した。手の中の【計画表】なるものを見つめる。
王国騎士団第一師団長であり親友の男に今日の顔合わせのことを話たら、女性に疎い俺を見かねて今日の顔合わせでどういった行動すればいいかを書き連ねたメモを今朝になって届けてきた。
えっと、何々?
会う→洒落た食堂へ誘う(予約済み)→夜までブラブラ→自室へ誘う→襲え!
注意事項
挨拶の時に手の甲へキッス
歩くときはそっと手を握る
部屋の掃除は済ましておき、事を致す時は自室へ誘うこと
もう何から突っ込んでいいのかわからない。
まず手の甲にキスなんてのが無理だ。キスは右手にするのか? それとも左手か? 俺はどっちの手で相手の手をとればいいんだ? 歩くときはどっち側を歩く? 手を握るのはどっちだ?
夜会で騎士たちの振る舞いは見てきたが、手の甲にキスを自分がするなど考えたこともなかったから、そのあたりのことはまったく覚えていない。
だいたい、会った初日に襲うってどういうことだ。しかもなぜ俺の自室なんだ。多少広いとはいえ、両親も執事もメイドたちもいる屋敷で事を成せるわけがないだろうが。
そして、一番の問題は『夜までブラブラ』だ。女に疎い俺がどうやって女と時間を潰す? どんな会話をすればいい? 一番知りたい情報が一番省かれている!
もう頭を抱えたくなる。あいつに話したのが一番の間違いのような気すらしてきた。
メモの裏側を見れば、予約をしてくれた店の名前と「頑張れ」の文字。
ふっと笑みが漏れる。
あいつ、絶対に楽しんでやがる! 明日は奴と猛特訓だな。奴がぶっ倒れるまで相手をしてやる。
メモを握りつぶして尻ポケットにしまう。本当は捨てたいところだが、誰かに拾われても困る。
そんなことを考えていると、目の前で誰かが立ち止った。視線は下に向いていたので足だけが見える。
上品な白い靴が見えた。それにかぶさるように空色の長いスカートの裾。視線を上にあげれば細い腰が。更に目線を上げれば首をかしげてこちらを見下ろす少女。
「あの……バラク様ですか?」
小首をかしげたまま少女がそう言う。黒い瞳が興味深げにこちらを見ている。
「そうだが。君は?」
「初めてお目にかかります、バラク様。私、ミナです」
少女はそう言って笑った。
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