辺境伯夫妻のお出かけ
辺境伯領に移ってから、約二月。
いろんなものが落ち着いてきたので、国境近くまで視察に行こうという話になった。
エリーは目の前の光景に目を丸くしていた。騎士団が視察に行くのだから、当然馬に乗っていく。整列したその馬が…
「おっきい…」
普通の馬より頭一つは大きいだろうという巨大な馬がずらっと並んでいる。
「ローランドの動物はみんな大きいんですよ」
そういう厩務員(生まれも育ちもローランド)もよく見たら大きかった。エリーははっと気付く。
(大柄な騎士団員と傭兵達にまぎれて気付かなかったけど、辺境伯領って人間も大きい!?)
そう思って見れば、地元出身の侍従や侍女も大きい。文官もだ。
どちらかと言えば、小柄なエリーは自分の身体を見下ろす。何か負けた気がした。
「む~」
眉をよせてうなっていると、いきなり両脇に手を入れられてひょいと持ち上げられる。
「ふおっ?!」
「ほれ、乗るぞ」
そのまま馬の背に乗せられた。
「ぎゃああ、高いぃ!!」
「暴れるな、落ちるぞ。掴まってろ」
ヒラリと後ろにまたがったフィルにしがみつき、涙目でにらむと、一瞬目を見開いたフィルがすぐに目をそらした。
「前もって言ってよね!」
「どうせ乗るのは一緒だ」
「心の準備ってものがあるでしょ!?」
いつものように言い合っていると、見送りのサイモンがゴホンとわざとらしい咳をした。
二人ははたと気付く。
これから視察に行くので、騎士団と傭兵団が出発を待っているところだ。つまり、この言い合いは彼らに聞かれていたということで…。
恐る恐る振り返ると、二人の実態を知っていた者は肩をふるわし、知らないものはポカンと口を開けている。
「…出発」
何事もなかったかのようにフィルが号令をかけると、一行は国境へと歩を進める。フィルの耳が薄く朱に染まっているのに気付かなかったのは、前に座っていたエリーだけだ。
「いいなぁ」
「オレも嫁が欲しい…」
「嫁は無理でも彼女くらい…!」
年若い(中には若くないのもいるが)独り者は、新婚夫婦(仮)のいちゃつき(言い合い)に、寂しさを実感し、視察が終わったら本気で婚活しようと心に誓うのであった。
休憩をはざみつつも、昼前には国境の砦へと到着した。 フィルが騎士団長と共に砦の見張りたちと話をしている間に、エリーは国境の結界を見て回る。もちろん傭兵団が護衛についているが、エリーは気にせずあちこち歩き回る。
「ふむ、大体わかったわ。じゃあ、戻りましょうか」
くるりと戻り始めたエリーにあわててついていく傭兵達。
「奥方、なにがわかったんです?」
「ん~、あのねぇ、結構ちょっかい出されてたのよ。結界にいくつも攻撃された痕があったの」
「え、それってまずいんじゃ」
「そうねぇ、ちょっとなめられてるわよねぇ。だからやり返そうと思って」
にっこり笑うエリーに傭兵達は、本能的に服従しようと思うのだった。
砦に戻ると、エリーは見晴らしのいいところに行き、呪文を唱え始めた。ややあって、呪文が終わると、ふうと体の力を抜く。結界の改良はエリーをしても、なかなかの大仕事だ。
「なにをやったんだ?」
「ん。結界の改良。攻撃を相手に撥ね返すようにしたの」
「ほう。攻撃の痕があったと報告があったが、その対応か」
「ええ。今も狙ってるわね」
「ああ、東の方角にいるな」
「フィル、そこに立ってくれる?」
「ここか」
フィルがいわれた場所に立つと、そこめがけて矢が飛んできた。騎士団と傭兵達が剣に手をかけたがフィルが止める。
飛んできた矢はフィルに当たることなく、途中で撥ね返り射手へ一直線だ。当たったのだろう悲鳴がかすかに聞こえた。
「ふふ、成功」
「これで当分ちょっかいは出さないだろう」
「そうね、じゃあ、お昼にしましょうよ。お腹すいちゃった」
昼にするぞというフィルの声掛けで、一行は砦の中へと入っていく。
辺境伯夫妻と主要な面々がにぎやかに昼食を取るのを眺めながら、末端の騎士達や傭兵達はぼそぼそと食べ進める。
「や、なんか、すげえな」
「うん、さすが英雄一行だな」
「最強の夫婦だよなぁ」
こうしてエリーとフィルは最強の辺境伯夫妻として、信者を増やしていくのであった。