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辺境伯夫妻のある1日

 その朝、いつものようにフィルをたたき起こしたエリーは、機嫌が悪かった。フィルから女物の香水のにおいがしたからだ。


「なんだよ、ヤキモチか?」


 ニヤニヤ笑うフィルをキッとにらむ。


「そんなわけあるわけないでしょ!今日は新しい薬を調剤しようと思ってたのに、そんな安っぽい香水嗅いじゃったから出来ないじゃないの!!」


「そりゃ、悪かったなぁ」


「~~何その言い方、全然悪いと思ってないでしょ?!」


 朝食の席で、いつもにも増して激しいやり取りをする辺境伯夫妻に、使用人たちは「おやおや」と内心で苦笑していた。このままいくとエリーの堪忍袋が切れて大きな雷が落ちると思っていたら、その通りになった。


「ごちそうさま!今日は塔に泊まります。食事は塔に持ってきて」


「あ~、書類仕事は…」


「知りません!!」


 フィルにそう言い捨てて、エリーはぷりぷりしながら食堂を出て行った。

 後に残されたフィルは、ぽりぽりと頭をかきながらうなっている。そんなフィルを家令のサイモンが横目で見た。


「ちょっとまずいんじゃないんですか?」


「…わかってるよ。からかいすぎた」


「わかってらっしゃるなら、よろしいです」


「サイモン」


「はい?」


「あ~、金猫印のミントミルクキャンディー買って来てくれないか」


「は?!」


「エリーにだよ!」


「ああ!そういうことですか!すぐ手配します」


 ぶすっと答えた主人にサイモンは微笑んだ。この年下の幼なじみにしては、いい考えだ。24歳と21歳にしては、ちょっと幼い気もするが、脳筋と魔術オタクという恋愛偏差値の低い2人にはちょうどなのかもと思いつつ、サイモンは仕事に戻るのだった。


 エリーは怒りにまかせて、魔術師の部屋のある塔の階段を登った。

 辺境伯邸はロの字型の建物で、そのまま砦として使える、頑丈な石造りだ。屋敷というよりは、小さな城。前部が役所的役割を持ち、後部が辺境伯家族の生活スペースになる。

 四つ角に塔があり、それぞれ魔術師の塔、騎士団の塔、倉庫×2となっている。


 エリーは魔術師の塔の主だった。色々と物騒な本やら薬やらがあるため、結界が張られており、入れる人間は限られている。

 バタンと音をたてて扉を閉めると、エリーは勢いよく机の前のイスに腰をおろした。


「ヤキモチなんて妬くわけないじゃない!」


 ふんと鼻を鳴らすと積まれた本を一冊手にとり開いた。


「なによ、あんな男、酒場の女の胸で窒息すればいいんだわ」


 いつも午前中フィルの書類仕事を手伝っているので、ちっとも片付かないここの蔵書の整理をはじめるが、なかなか進まない。

 内容を確認しながらの作業であることもさることながら、エリーが集中できないことが一番の原因であった。


「む~」


 あまりの進むまなさに、エリーもあきらめた。本を山に戻し、机に突っ伏した。

 しばらくボーっとしていると、サイモンが昼食を持ってきてくれた。


 好物ばかりなメニューに少し気分が上向く。

 幸せそうな顔で食べ進めるエリーに、サイモンが微笑みながらお茶を差し出した。


「うれし~、大好きなものばかりよ!シェフにお礼言っておいてね♪」


「はい。奥様、こちらを」


「きゃあ、金猫印のミントミルクキャンディ!」


「旦那さまからです。お昼のメニューもですよ」


「あ、あら」


「まぁ、あんな男ですけどね、奥様のこと大事にしてるのは間違いないですよ。幼なじみからの助言です」


「ふ、ふーん」


 サイモンはにっこり笑って下がっていった。



 昼過ぎは、穏やか時間が流れた。エリーは午前中とはうってかわって心穏やかに仕事を進めていく。


 思いの外作業が進み一息つこうかという時にドアがノックされた。


「はい?」


「あー、俺だ」


「…どうぞ」


 エリーはフィルの声に居住まいを正して返事をする。緊張に顔がこわばるのがわかる。

 これまた緊張気味のフィルが書類を片手に入ってきた。


「すまないが、これを都まで送ってくれるか」


「今日の分ね、わかったわ」


 エリーはフィルから、書類を受け取った。

 書類等を都へと転送するのは、魔術師の仕事である。一般の魔術師だと、半月から一月に一回送るのがせいぜいだが、実質世界一の実力者であるエリーにとっては毎日送っても何の問題もないのである。

 エリーがフィルのおしりを叩いて書類を作り毎日のように都へ送っていることで、文官たちから感謝・尊敬されていることは、まだ知られていない。


「あの、え~と、フィル。キャンディーありがと。あとお昼も」


「お、おう。あれ好きだったろ。たまに手に入ると、大事に食べてたな」


「うん。あの、さっきはごめんね。言い過ぎたわ」


「俺もだ。からかいすぎた。悪かったな」


 お互い目をそらしながら、謝るとしばし沈黙が流れる。先に口を開いたのはエリーだった。


「フィ、フィル。お夕飯一緒に食べてもいいわよ」


「…シェフに言っとく。じゃあな」


「後でね」


 来たときより軽やかな足取りでフィルが出て行くと、エリーは椅子に深くその身を預けた。もらったキャンディーを一つ手にとり、口にする。


「おいしい」


 エリーはゆったりと微笑んだ。

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