辺境伯夫妻、残念がる
短いですが。
収穫祭からしばらくして、強盗事件が動いた。
ミリーが解読した古代神聖文字の文書を書いた人物が判明したのだ。
「…私が知っているのは、このくらいです。もう10年も前のことですが」
兄のように可愛がってもらっていたとマシューというその人物を説明して、さみしそうにミリーは執務室を後にした。
「…ずい分優秀だったみたいね」
エリーが神殿からの報告書を手につぶやく。
「とりあえず、手配書をまわすか。エディーには俺から話をとおす」
フィルが騎士団長と傭兵団の頭に目配せをすると、2人はスッと席を立った。これから2人で色々と段取りをつけるのだろう。
2人を見送ると、執務室は通常の業務に戻るのだった。
元気の無いミリーを気にしながら、フィルとエリーは日常業務に追われる。警備の配置や学校、教会をどうするかなど決めなければいけないことは山積みだ。
翌日の午後、フィルが執務室で書類にサインをしながら文官の説明を聞いていると、いきなりミリーが入ってきて、腰に手をやり宣言した。
「私調査に協力するから」
固まる文官達を横目にフィルは大きなため息をついた。
「はぁ〜、遂に元に戻ったか」
その言葉に文官達が動揺する。傷つきか弱く物静かな聖女ミリーは、彼らの憧れの的だった。
「みんな聖女って肩書きに騙されるんだよな〜」
フィルの言葉に打ちひしがれる文官達にフンと鼻を鳴らすミリー。4年間共に旅をしたフィルからすれば、何の冗談かと思うのだが、世の男達は「聖女」に夢を見るらしい。
ショックを受ける文官達をほって置いて、フィルとミリーは話を進める。
エリーのようにポンポンと言葉を返すミリーに、フィルは頭の中に「完全復活」の文字を思い浮かべた。
ミリーが神殿関係を、フィルが騎士団を担当すると決まった頃、今度はミリーを心配したエリーが駆け込んでくる。
ビシバシ書類を処理するミリーを見て、エリーは残念そうに肩を落とした。
「あ〜あ、元に戻っちゃった。か弱い聖女さま、可愛かったのに…」
エリーの言葉に文官達が更に落ち込んだとか。
その夜、夕食を一通り食べ終わるとやることがあるからとサッサと部屋へ引っ込んだミリーを見送ったフィルとエリーは、お茶を手にため息をついた。
「本当に元に戻っちゃったわねぇ~」
「だな。まあ、エディーも一安心だ。あ、今度は無茶しないかっていう心配があるか」
「まったくねぇ。エディーは、ミリーのやることすべてが心配なんだもの。ん~、でも私も、もうちょっとか弱い聖女様のお世話をしたかったんだけどな~」
「…エリーは旅の間もみんなの世話を焼いてたよなぁ。もしかして魔術師長は?」
「引き取られて3日で自分で自分の面倒見なきゃって悟ったわ。大きくなったら、魔術師長の子供達の世話もしたし」
きっぱり語るエリーにフィルはやっぱりと思うのであった。
「じゃあ、いつ子どもが出来ても大丈夫だな」
意味ありげなフィルの発言と視線に、エリーは目を伏せた。
「ま、まあ、その内ね」
「ああ、その内だな」
頬を染め、やたらと時間をかけてお茶を飲むエリーを、ニヤニヤしながら見守るフィルであった。