人騒がせな辺境伯夫妻
「暗いな」
傭兵団の頭グレンは辺境伯の執務室に入るなり言い放った。
文官達が苦笑しながら、頭を下げ挨拶をする。
グレンはツカツカと暗さの発生源である辺境伯フィルへと近寄るが、どんよりと仕事を進めるフィルは反応しない。
「奥方にツムジを曲げられたんだって?フィル坊」
「フィル坊言うな、うるさい」
書類から目を離さず返答するフィルにグレンは笑う。
「何やらかしたんだ?サイモン」
エリーの代わりに手伝っているサイモンを振り返った。
「酔っ払ってせまって寝落ちしたらしいですよ」
「あ〜、そりゃ奥方怒るわなぁ」
ゲラゲラ笑うグレンとニヤニヤ笑っているサイモンにフィルは無言でペンを投げつけた。
感謝祭の休日の3日後のことである。
それから5日後。
「そろそろ許したら?エリー」
「許すって?」
「フィルよ。いいかげん暗くてうっとうしいわ」
「あら、そうかしら」
「エリー…」
応接室で優雅にお茶を飲むエリーを目の前にして、ミリーはため息をつく。
感謝祭の休日、昼近くに起きてきたエリーは、静かに、だがとても怒っていた。フィルは、と聞いても、そのうち起きてくるんじゃない?と知らん振り。夕方にフィルが起きてきても無視するにいたって、周りの人々はフィルが何かやらかしたと確信した。
大いにヘコむフィルをなだめ諭しエリーに謝罪させたが、エリーは受け付けず、今に至る。
そのうちエリーのお冠の理由がなんとなくわかると、周りもしょうがないなぁと見守ることになったのだ。
一応フィルは反省しているらしく、あれから一滴も酒を口にしていない。そして毎日エリーに贈り物をしてくる。(自分で渡す勇気がなくてサイモン→アルマ経由なのが残念であるが)
「お部屋が贈り物でいっぱいになっちゃうわよ。金猫印のミントミルクキャンディは誰かさんが買い占めたお陰で品切れですって。騎士団長の娘のローラが残念がってたわ」
「ふ、ふ~ん」
エリーは、ちょっと周りに影響出すぎたかなと心の中であせった。エリーも3日目くらいには冷静になってきて、フィルを許してもいいかなと思ったのだが、その時にはなんだか大事になっていて、引っ込みが付かなくなってしまったのだ。
ミリーが差し出してくれたミントミルクキャンディという口実を使わない手は無い。
「…仕方ないわね、夕食のときに話してみるわ」
「そうしてね」
仕方ないという割りに口元がゆるんでいるエリーを見て、ミリーはやれやれとお茶を口にした。
その日の夕食の席で、8日ぶりにエリーに声をかけられたフィルは舞い上がった。尻尾があったら椅子をバシバシたたいたであろう。
「謝罪をうけいれるわ、フィル」
「エ、エリー、許してくれるのか!?」
「これ以上金猫印のミントミルクキャンディ買い占めたら、皆がこまるでしょ?」
フィルはブンブンうなずいた。
「さ、じゃあいただきましょう」
エリーの言葉で夕食がはじまる。久しぶりのにぎやかな食事になった。
その夜、入浴を済ませたフィルは期待に満ちた足取りでエリーの部屋との扉の取っ手に手をかけた。
「あれ?」
回らない。何度やっても回らない。仕方なく、扉をノックする。
「あの~、エリー?」
「…何かしら?」
「このドア開かないんだけど」
「ああ、いい忘れてたわ。あの夜の返事はまだ保留中だから」
「え”」
「おやすみなさい」
エリーの声が遠ざかっていく。
フィルはがっくりと肩を落とすのであった。