翌朝の辺境伯夫妻
宴の翌朝、フィルは幸せな夢の中にいた。
エリーと思いが通じ、腕の中にエリーを閉じ込めて眠っている。
目覚めたら、エリーがやさしくおはようと言ってくれるだろう。
ああ、なんて幸せなんだ…。
が、幸せは、突然の衝撃と共に終わりを告げた。
「いい加減に起きなさいよ、フィル!!」
おでこに強烈な一撃を受けて現実に戻ると、目の前には額を赤くして目を吊り上げて怒っているエリー。
「あれ?エリーがいる」
「あれ、じゃないの!早く腕ほどきなさいよ!!」
「へ?」
見ると、エリーはフィルに抱きしめられて身動きがとれないようだ。あわてて、腕を離すと、エリーはさっとベッドの上に起き上がり、腕や首を回している。
「は~、やっと解放されたわ」
「あ~、何がどうしてこうなったんだ?」
首を傾げるフィルにエリーは噛み付く。
「昨夜のこと覚えてないの?!」
「ゆうべ…。奴らにつぶされかかって、逃げ出したら具合が悪くなって、廊下に座り込んで―」
「通りかかった私がここまでつれてきたの」
「お、おお。すまない。で、確か服を脱がせてもらって…。そこから記憶がないな~。いい夢は見たんだけど…!!」
はっとしてエリーの顔を見る。あきれたように半眼でフィルを見ているエリーにフィルはもしかしてと恐る恐る聞いた。
「あ~、もしかして、子どもはまだかっていわれるって愚痴ったか?」
エリーがこくんとうなずく。
「…俺はエリーがいいけどエリーは俺じゃだめかって聞いたか?」
エリーは大きくうなずいた。
「…イヤじゃないって、言ったか?」
エリーはすいとフィルから目をそらして小さくうなずいた。その頬はほんのり赤く染まっている。
「夢じゃ…なかった…」
フィルはがばっとエリーを抱きしめた。エリーがじたばたもがいている。
「ちょ、フィル、苦しい!は~な~し~て~!!」
「悪い。夢が現実になるのかと思うとうれしくて」
「まだよ」
「お?」
「酔った勢いで言って、しかもそのまま寝ちゃうなんて最低。身動き取れないし。私のことなんだと思ってるの?昨夜の返事は保留にさせていただきます!」
エリーは言うだけ言うと、呆然としているフィルを置いて、自室へと通じる扉から出て行った。
我に返ったフィルがエリーの部屋へと通じる扉に手をかけたが、もう開くことはなかった。
「…とりあえず、もう一寝入りしよう」
二日酔いで最悪のフィルは、のそのそとベッドにもぐりこむのだった。
自分の部屋に入るとすぐさまエリーは今くぐってきた扉に再び魔法をかけ、開かないようにした。浴室へ行きパッと風呂を用意すると、飛び込んだ。本来なら侍女が用意し、湯浴みを手伝ってくれるのだが、今日は収穫祭翌日の休日。使用人は全員お休みだ。もっとも、エリーは旅の経験もあって、一人で湯につかることに全く困ることは無い。かえって、気を使わなくていいくらいだ。
「は~、全く、人のこと抱き枕にしてくれて…。お化粧も落とせなかったわ。お肌が荒れたらどうすんのよ」
ぶつぶつとフィルに文句を言いながらも、お風呂を堪能すると少し気分が良くなった。フィルにがっちりホールドされて動けなくて固まった身体もほぐれて、すっきりした。
ほかほかになった身体で浴室を出ると、動きやすいドレスに袖を通す。乾いた髪を三つ編みに結えば、どこにでもいる普通の女性だ。辺境伯夫人には見えない。
外を見れば、もう大分日も高い。朝というより昼に近い時間だった。
台所に行くと、ミリーがお茶をいれてくれた。朝からお茶当番をしているのだと、楽しそうな友人の姿に、エリーも笑顔になる。
朝食をとり2杯目のお茶を楽しんでいると、ミリーがフィルのことを話題にした。
「フィルはまだ寝てるの?」
「ええ。昨夜あれだけ飲んだんだもの。まだ起きれないわね。来年からもう少ししめないと」
ふふふと黒い笑みを浮かべるエリーになにがあったかと聞ける勇気はミリーにはなかった。
その後、夕方になってようやく起きてきたフィルは、エリーに無視されて盛大にへこんだという。