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辺境伯夫妻、宴を開く

 朝起きて朝食を食べ、狩り(刈り)に行き、昼食を食べ、狩り(刈り)の続きをし、夕食を食べて帰って眠るという規則正しい収穫祭の生活は、5日目となった。本日は最終日である。


 エリーは、指示を出し時には魔法で協力してと充実した初めての収穫祭を過ごしていた。

 収穫されたモノは、動物にしろ農産物にしろ大きくて最初はびっくりしたが、すぐに慣れてしまった。今年は例年以上に大きいと聞き、豊作にみんなで喜んだ。

 途中で王都からジェイがミリーの様子を見にやってきた(エディーに送り込まれた)ので、もちろん収穫の手伝いをさせる。暗器の使い手であるジェイは実に良い作業員となり、エリーを満足させた。

 今日は最終日なので、収穫は午前中で終わり。午後からは片付けにまわり、夕方からは宴会になるのである。


 エリーは、起き抜けのフィルをつかまえて今日の予定を再確認し、送り出した。なにしろ、今日の宴会は辺境伯夫妻の主催なのだ。これだけ大規模な宴会は初めてなので、準備にやりすぎることはない。

 一通り打ち合わせを済ませると、エリーは厨房へと向かう。


 今日の厨房は戦場だ。宴会の準備に加えて、明日の休みのための保存食作りもあるからだ。収穫祭の翌日は、領民皆が休みになる。(国境警備の騎士団は別だが)この日は、食事を作らず保存食をたっぷり用意しておくのが慣例だった。

 主婦の休みのためよね、と初めて聞いたときにエリーは感心した。誰が決めたか知らないけどいいことだとミリーと二人、うなづいた覚えがある。


 厨房に顔を出し、明日用の食べ物に保存の魔法をかける時間を確認する。エリーがいるので辺境伯邸の明日は普通の食事が出せるのだ。邸の使用人がものすごく感謝してることを、エリーはまだ知らない。

 

 朝食を食べ、最後の収穫をし、そろそろ昼食にという頃、フィルを先頭として狩部隊が帰ってきた。狩部隊のうきんは朝から夜の宴会のことで頭がいっぱいらしく、今日の成果はあまり無いという。

 結局、昨日までの成績で傭兵団の頭グレンがフィルの賞品をもらうことになったようで、グレンが大笑いしているのが響き渡っている。

 その横で次点の騎士団長が娘のローラに慰められているのが目に入り、エリーが思わず頬をゆるめているとフィルがやってきた。


「おお、鬼の騎士団長も娘にはでれでれだなぁ」


「あら、ローラはかわいいもの。奥さん似で良かったわよねぇ」


「だよなぁ、おれも娘なら自分に似て欲しいとは思わんぞ」


「ん~、フィルなら大丈夫だと思うけど…?」


「そうか?」


 という辺境伯夫の会話を近くで聞いていたミリーとアルマの動きが止まる。


「聞いた?アルマ」


「聞きましたとも、ミリー様」


 二人はにんまり笑いあうのであった。



 後片付けはあっという間に終わった。皆早く宴会へと行きたいのだ。さすがに、辺境伯邸に領民全部を受け入れることは出来ないので、今年は主だったものとその家族が呼ばれた。来年からは、地域ごとに呼ぼうという話になっている。


 大広間に料理が並べられ、全員の手に飲み物が行き渡るとフィルの挨拶で宴会は始まった。

 フィルをはじめとする騎士団員や傭兵達、戦う男達(中には女も)は基本的によく飲む。そして同じくらいに辺境伯領の民もよく飲むのだった。宴会はあっという間にくだけたものになった。


 あちこちで飲み比べが始まり、笑い声と話し声でそれはうるさいくらいにぎやかだ。フィルがジョッキを開けている横で、ジェイがお酌の集中放火を浴びせられている。エリーはミリーと二人で旅の途中の酒場みたいだと笑う。ちょっとだけ飲んだミリーはほんのり頬が赤い。エリーもちょっといい顔色になっている。周りの女性たちはもっとだ。杯を重ねるごとに、口は軽くなる。辺境伯夫人も聖女も関係なく、収穫祭を共に乗り切った仲間として皆でおしゃべりを楽しんだ。

 やがて、周りで駆けずり回っていた子供達も眠くなってきたのかおとなしくなってきたので、子連れの女性達が帰るのにあわせてミリーも部屋に戻ることに。


 子供がいなくなると、そこからはもう赤裸々な話のオンパレード。のろけ話とグチとよそのうちの夫婦生活の話を散々聞かされ、フィルとの話を聞き出され、エリーの顔は酒のせいだけでなく赤くなっていった。

 ようやく話がそれたので、エリーはこれ幸いとこっそり抜け出す。


 邸のプライベート部分に差し掛かると、廊下の隅に男が一人うずくまっていた。


「…フィル、なにしてるの?」


「…あ~、エリーかぁ。新婚だからって、あいつら寄ってたかって俺のことつぶしにかかりやがって…」


「しょうがないわねぇ、歩ける?」


「う~」


 何とか肩を貸して歩き始める。旅の間に何度も酒を飲んだフィルを見たが、こんなにひどく酔ったことは無い。よほど飲まされたらしい。のうきん達にあきれながら、エリーは軽量化の魔法をかけたフィルを部屋へと連れて行く。自分が魔術師でよかったとしみじみ思うエリーなのだった。


「ほら、フィル。部屋に着いたから、ベットに行くまで寝ないで!」


「ん~」


 半分眠りかけてるフィルを叱咤しベットまで連れて行き、腰掛けさせる。このままでは寝にくいので、上着や靴を脱がせる。


「ほら、万歳して、万歳!」


 上着を脱がせると、ぐらついたフィルに抱き込まれて、ベットに転がる。


「ちょっと、フィル!しっかりしてよ」


「…みんながさ、つぎは子どもだってうるさいんだよ。なぁ、おれは エリーが いい。エリーは おれじゃ いやか?」

 

 エリーは返事に詰まった。何の話かは、分かる。酔ってるせいにするには真剣すぎるフィルの瞳に、ごまかすことは出来ない。エリーは酔いも手伝って口に出してみた。


「イヤじゃ、ないよ」


「よかったぁ」


 フィルがにへらっと笑う。まるで子どもみたいだ。近づくフィルの顔にエリーは目を閉じた。


「…?」


 いつまでたっても何も起こらないので、目を開けるとそこにフィルの顔はなかった。横を向くとすやすやと幸せそうに眠るフィル。


「この状態で寝る~!?」


 頭にきたエリーがフィルの身体をはがそうとするが、がっちり抱き込まれていて身動きがとれない。かえってきつくなっただけだった。魔術でどうにかしようとしても、どうにも出来ない。

 しばらく悪戦苦闘した結果、息が切れただけだったので諦めることにした。


「明日は説教だわ」


 エリーは硬く決意するのであった。

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