辺境伯夫妻、収穫する
お久しぶりです。
収穫祭の朝、辺境伯夫妻の気分は高揚していた。
「いよいよだな」
「いよいよね」
朝食の席でフハハハと意味もなく笑い合う。
同じテーブルのミリーは、強盗団の事件以来ずっと通常業務と収穫祭の準備で二人とも睡眠不足気味だったからなぁと思いながら、1人もくもくと食べ進める。
ミリーの見るところ、使用人達もいつになく浮足だっていた。それほどみんなが楽しみにしている収穫祭はどんなものなのだろうとミリーも興味がある。話に聞くと、辺境伯領の収穫祭は通常の神への感謝祭ではなく、収穫そのものを祭と称しているらしい。巫女としてその辺に興味を引かれるので、祭が終わったら調べようと思うミリーであった。
朝食も終わり、家令のサイモンの声賭けでいよいよ辺境伯夫妻が腰を上げた。
「行くぞ、エリー」
「ええ」
フィルがなにげなく片腕を差し出し、エリーがなにげなくその腕をとる。普通の夫婦だったらなんてことないその動きに、ミリーと侍女アルマの足が止まった。
「見た?アルマ」
「見ましたとも。ミリー様」
こそこそと話しながら、二人の後に続く。話題はもちろん辺境伯夫妻の仲だ。アルマはサイモンの妻なので、二人の結婚の真実を知っている。サイモンといつ本当の夫婦になるかという賭けをしているのであるが、最近ここにミリーが加わったのだ。以来、二人してこっそり辺境伯夫妻を観察しているのである。
「このところ、お二人のスキンシップが多くなってきてますね~」
「やっぱり、そう思う?」
「はい。で、お二人ともそれに気がついてないようで…」
「あ、エリーはね、よ~く見てるとたまに後で気が付いて挙動不審になってるときがあるわ」
「まあ、今度注意して見てみますわ!」
などと話していると、あっという間に玄関だ。文官や騎士団長、傭兵団長が待っている中、扉が開けられた。
辺境邸の庭を領民が埋め尽くしていた。入りきらない人々は、門の外にもあふれている。
「すごい…」
エリーが目を見開き、つぶやいた。フィルがにやっと笑う。
「今年は特別らしいぞ。いつもは皆持ち場で開催の合図を待つらしい。新しい辺境伯夫妻が珍しいと見える」
「まあ、良いじゃない。やる気があるってことで」
クスクスと笑いあってると、サイモンがごほんと咳ばらいをした。
「おっと、いかん。じゃ、やるかな」
フィルが辺境伯の顔になって、腕をとったままエリーと共に前に出た。ワッと歓声が上がるのを、片手で制すと、フィルは収穫祭の開催を宣言した。
「皆よく集まってくれた!私も妻も始めての収穫祭だ。さあ、自然の恵みをいただこう、収穫祭の始まりだ!」
爆発するような歓声と共に、人々がいっせいに動き出した。あまりの騒がしさに大声を出さないと話も出来ない。
フィルは、辺境伯が着るにふさわしい上質だが華美でない上着を脱ぐと、エリーに手渡す。袖をまくり、シャツのボタンをあけ、サイモンからエリー経由で愛用の剣を受け取るとエリーの耳元で叫んだ。
「んじゃ、行ってくるわ。大猟を期待してろよ?」
「そっちこそ!いってらっしゃい!!」
その様子が傍から見ると新婚のいちゃつきにしか見えないことを、二人は全く気付いていない。
「野郎ども、いくぜ!!」
「「「うおおおぉ!!」」」
すっかり傭兵団の頃に戻ったフィルに引きつられて、騎士団の半分と傭兵団からなる狩猟部隊が出発していった。騎士団の半分は、通常の国境守備だ。いくら収穫祭だといっても、気を抜いてはいけない。
後に残ったのは、エリー率いる農作物収穫部隊である。
「さあ、私達も動くわよ。まずは、子供達を屋敷の中に預けてきてね。アルマ、よろしく!」
「はい。では、お子さんを預ける方、こちらへどうぞ」
エリーの指揮の元、次から次へと人が動いていく。収穫する班、運搬する班、加工する班、倉庫にしまう班など。さらには領民総出なので飲食班や医療班もばっちりだ。神殿にいた頃に災害復興の手伝いのあるエリーは、その経験と今までの収穫祭のやり方とをすり合わせて、新しい方法を考案したのだ。エリーの睡眠不足の原因は、主にこれによるものだったりする。
「うふふ~、皆配置に付いたわね~。さあ、始めるわよ!採ってとりまくるわよ~!!」
エリーの声に、それっと皆が働き始めた。今日は、学生もお手伝いだ。一番小さな5歳児はさすがに、書類を任せたミリーに見てもらっているが。学校に行っていない小さな子どもは、アルマ担当で辺境伯邸に集めた。母親達は、邸内での作業に関わってもらってる。
エリーは、司令塔として進行状況を把握し、的確な指示を飛ばしていった。実際の収穫はお荷物になるから指示に徹すると宣言したのだ。
「奥方様~、これは~?」
「それはね~」
という会話が一日中交わされ、一日が終わる頃にはすっかり領民達とうちとけていたのだった。
フィルは久しぶりの実戦に燃えていた。毎日鍛錬はしていたとはいえ、書類仕事には飽き飽きしていたのだ。堅苦しい服を脱ぎ、傭兵団にいた頃に戻ったような開放感にひたっていた。
周りの傭兵達も、騎士団員も、心底楽しそうに狩に興じている。
「今年の獲物はまた例年より大きいな」
今狩ったばかりのイノシシを見て、騎士団長がつぶやく。
「へ~、よし!一番の大物を狩った奴に俺から賞品をだそう」
「「「おおぉ~」」」
フィルの思いつきに、男達はさらにボルテージがあがったのだった。
収穫祭はまだ始まったばかり。