辺境伯夫妻の友人
エリーがフィルと辺境伯領ローランドに来てから3ヶ月。いつものように朝一で都から送られてきた書類を見ながら話していると、コトリと新しい手紙があらわれた。
定時以外に転送されてくる手紙は非常に珍しい。毎日送ってるエリーが規格外なだけで、必要な魔術師の力が大きいため魔術師団のある王都でも日替わりで担当するほどだ。
「なんだってんだ。よほどの緊急なのか?」
いぶかしげに手紙を開けたフィルの顔が強張った。
「フィル?何が書いてあるの?」
エリーが不安げに問うと、フィルはゆっくりとエリーに振り返った。
「…ミリーが刺された。助けようとしたケガ人にだ。エディーの妻の座をねらった貴族の仕業らしい」
「な…?!」
一瞬立ちすくんだエリーは、我に返るとすぐさま強張った顔で部屋を出ようときびすをかえしたが、フィルに腕を掴まれそれはかなわなかった。
「離してよ、フィル!王都に行かなきゃ、ミリーが…!」
「落ち着け!王都には癒しの術の専門家が大勢いる。神官長もミリーの両親もだ!治療はすんでるよ。それにミリーにはエディーがついてる」
「…ああ、そうね。そうだわ…」
フィルの言葉にエリーの力が抜けた。ふらつくエリーをフィルがうけとめ、そのまま抱き上げる。
「客室で少し休ませて来る」
震えながらフィルにしがみつくエリー。そのエリーになにかささやきながら客室へと向かうフィルを執務室にいた全員が言葉もなく見送った。
「いや…、奥方があんなに取り乱すとは…」
「ミリーとエディーって…聖女と英雄?」
「これは、一波乱ありそうだな」
辺境伯領の役人たちは、ため息をつくと、今日一日を辺境伯夫妻抜きでしのぐ算段を付け始めた。
当の辺境伯夫妻は、客室のソファーに落ち着いていた。フィルはまだしがみついたままのエリーを膝の上に乗せ、なだめるように背中をなでている。
「どうした?旅の間にもっとひどいこともあっただろう?」
「あの時は目の前にいたわ。私も癒しの術をかけたし、薬も使った。だから回復していくのも見れたもの。いまはどんな傷でどれだけ回復したのかもわからない」
「…わからないのが不安か」
「…うん、そうだと思う」
エリーがフィルの服をぎゅっと握り締めた。
「―魔術師長が、ミリーをこちらに静養に来させるかもしれん」
エリーがはじかれたように、顔をあげた。
「ここに来るの?」
「辺境伯邸の守りは、王城と同等かそれ以上だからな。エディーたちは今回仕組んだ首謀者の貴族だけでなく、貴族たちの大掃除をはじめる気らしい。今までにも色々やってたらしいぞ?」
「…王様にしたら、棚からぼた餅ね。英雄と神殿と魔術師団が本気で動くなんて」
エリーは眉をひぞめている。王はそれを狙ってたんじゃないかと思えてきたのだ。
「まあな。どうせなら、この際使えない貴族どもはつぶしてしまえばいい」
フィルも嫌なことを思い出したのか、ぶすっとしている。エリーはひそめていた眉を戻した。
「それは、私も同意見だわ」
翌日、国王と魔術師長と神官長と騎士団長エディーの連名で、聖女ミリーの辺境伯領での静養が決まったとの知らせが来た。エリーは家令のサイモンや侍女達と、迎える準備に大騒ぎだ。
フィルは、一緒に送られてきたアルやジェイからの手紙と、騎士団への指令書を読んでいる。
「ミリーの警護を第一に、か。エディーのヤツ、そうとう頭に来てるな」
辺境伯領の騎士団の役目は、国境の警備だ。それをよくわかっているはずのエディーがミリー第一と言ってきた。今のエディーなら、この国の貴族すべて滅ぼすかもしれないとアルとジェイがそろって書いてきている。
「まあ、あっちはアルとジェイに任せるか。こっちもどうするか考えないとな」
フィルは、今後の体制を相談するため、文官長と騎士団長、傭兵団の頭を呼び出すのだった。
5日後、ミリーはエディーに抱きかかえられて、辺境伯邸へとやってきた。薬が効いているので、眠ったままだ。癒しの術とて万能ではない。一気に回復させると反動で身体を痛めるため、ある程度回復させた後は、薬や自然治癒に任せることになる。ミリーはここで、ゆっくり静養して回復を図ることになるのだ。
「ミリー…!!」
青ざめたミリーを見て半泣きのエリーをなだめて、フィルはエディーを用意した部屋へと案内する。
エディーはベッドにミリーをそっと寝かせると、切なそうにミリーの頭をなでた。
「フィル、エリー。 ミリーを頼む…」
「まかせて、エディー」
エリーにあとを任せて、フィルとエディーは部屋を後にした。
「すぐ帰るのか?」
「ああ、早くカタをつけたいからな」
「エディー…」
「…フィル。俺は奴らを絶対に許さない。ミリーが許すと言ってもだ」
フィルは邪竜と対峙したとき以上に厳しい顔をしたエディーに息を呑んだ。そして、自分だったら、と考えて心臓をつかまれたような気になった。
「…そうだな。俺もそうするだろうな」
エリーがどれだけ自分にとって特別な存在なのか、フィルはその時初めて理解したのだった。