彼と彼女のはじまり
5つの国に別れている大陸に異変が見え始めたのは、10年前だった。
森や草原の獣が狂暴化し、魔物が増えた。軍や傭兵がそなえるのは、他国の脅威ではなく魔物たちとなった。
やがて、各国ごとでは対応しきれなくなり、5つの国が手をとった。原因の特定とその排除を目的とした討伐隊の結成である。
騎士団からは一番の剣の使い手エディー、神殿からは癒しの巫女ミリー、魔術師からは若き天才エリー、傭兵団からは代表のフィル、裏の世界からはジェイ、そしてお目付け役として元騎士団一の弓兵だったアルが選ばれた。
アル以外いずれも若いが実力者揃いである。
4年間、大陸を巡り、魔物を倒し、この異変の原因を探った。そして遂に、邪竜の存在を突き止め、長い死闘の末に撃ち破った。
ぼろぼろになった彼らは、近くの小屋にたどり着き、身体を休めること数日。
傷の深かったミリーとエディーはまだ床についていたが、他のもの達は動けるようになってきた。
今もジェイは組織のものに連絡をつけに行っている。
「ミリーとエディーの具合はどうだ?」
アルが二人の様子を見てきたエリーに声をかけた。
「ええ、大分回復してきてるわ。明日には王都に戻る転移術に耐えられるようになるでしょう」
「そうか」
アルとフィルがホッとしたように顔を見合わせる。
そこへジェイがふらっと帰って来た。
「都ではお祭り騒ぎらしいよ、邪竜をたおした英雄一行だってさ」
開口一番ため息をついている。フィルとエリーはぎょっとして、顔をひきつらせた。アルはただ一人落ち着いている。
「だろうなぁ」
「先に休むね~。あ~、あと追加情報。エディーは伯爵で騎士団長、ミリーは聖女、フィルは辺境伯、エリーは魔法師副長、アルも伯爵に昇格、ボクは陛下直属の諜報部隊長だってさ」
盛大にアクビをしながらジェイはさっさと眠ってしまった。
アルがふうと息をついた。
「これから大変だぞ。私は既婚者だが、皆は独身だ。邪竜を倒した英雄達と繋がりを持とうと貴族達が押し寄せて来るだろう。
ジェイは決まった女性がいるし、ミリーはエディーと神殿が守るからな。矛先がフィルとエリーに集中しそうで、心配だよ」
眉を下げたアルはそう言い残してお先にと眠りにつく。
後に残されたフィルとエリーは、頭を抱えていた。
「まずい、まずいわ!都についたら結婚が決まってたりしたら…!」
「ああ、お前そういえば貴族だったよなぁ、子爵令嬢か。魔術師長が何とかするんじゃないのか?」
「甘いわよ、いくら5歳から魔術師長に育てられても、今でもあの家の娘なのよ!父親に決められたら逆らえないわ。大体あなただって人事じゃないでしょう、男爵の息子なんだから」
「もうあの家とは関係ない。上官ともめて騎士団辞めたときに縁は切った」
「そう思ってるのは、あなただけよ。向こうはこれ幸いと縁談押し付けてくるわよ、きっと」
「…めんどくせーなー」
「あなたはいいわよ、男だもの。まだ自分の意志が通るわ。ああ、どうしよ~。だれかに婚約者役を…。だめだわ、婚約者じゃくつがえされちゃう」
いつもみんなのお母さん的存在のエリーが声を潜めつつも動揺する様子に、フィルがふと真顔になる。
「婚約でダメなら、結婚があるな」
「え?」
「うん、それがいい。エリー、俺と結婚しろ」
エリーは、もう声も出なかった。