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ようやく、ゆうしゃがやってきました

 ボクの心配はよそに、時間は過ぎ、準備は着々と進んでいた。

「近隣住民の方は城に部屋を用意しておりますので、そちらへどうぞ」

 アニエスとかいうらしい姫のお付きが声を張り上げる横で、小僧はこれといったことをするでもなく佇んでいた。

「おい、ユーニス」

「何ですか? 魔王様」

「本当に逃げなくても良いのだろうか?」

「……どうでございましょうね」

 彼も分かりかねているのだろう。まあ、それはそうだ。姫は政治の話に持ち込みたいようだが、その前提があまりにも危うい。精霊の加護があるとは言え、只人にその相手をさせようというのだから。

 それにしても風が強い。陸地から海の側に向かって吹く風だ。本当のところを言うと、島の反対側から風が吹き抜けて行っていると言うべきだろう。

「おい、フィア」

「なんだ、小僧?」

「こいつ借りてくぞ」

 指さしたのはユーニス。彼もキョトンとした様子でボクの顔とクレアの顔を交互に見ている。

「勝手にしろ」

 言い捨て、さっさと背を向けて歩き出す。今更どうしようもない。今のこともそうだが、この状況そのものが。生まれついての宿命なのだから。

 しかし、歩き出したはいいものの、行くあてなどないことにすぐに気がついた。魔王城はまだ基部しかないし、知り合いもいない。いや、いたところでそれは人間だ。頼ることなど出来はしない。

「ちっぽけなプライドだな」

 つい口をついて出てくる言葉。本当にそうだ。魔王なんてものを守るために人間は必死になって、しかもボクはあまりにも無力すぎる。頼れないなんて言葉は、ちっぽけなプライドを守るためのものだ。

「どうなされましたか?」

 いつの間にか城の前まで来ていたのか? いや、違った。日傘をさして徘徊していた姫にかちあっただけだった。

「お前こそ」

 これが城主。そして、ボクをなぜか守ろうとする人間。

「わたしは散歩を。フィアさんは?」

「……やることがなくてな」

 そう答える他ない。そうですか、と彼女は呟き、ゆったりと歩き出した。ボクはそれに追随し、

「勝算はあるのか?」

 思わずそんな問を発していた。

「ないのなら、今すぐにやめろ。でなければ、反逆者として制裁を加えられるのはお前たちだぞ」

「ふふふ……優しいのですね、フィアさんは。ですが、大丈夫ですよ。クレアさんはわたしが知り限りの最強ですから」

「随分と狭い――」

 言いかけ、気づいた。この島にはかつて全盛期のボクを殺し得た男がいる。それを差し置いて最強。

 レティシアは優雅に笑い、日傘を深くさして目元を隠す。

「数日中にお目にかかれますよ。彼の本気を、ね」

「そうか」

 それきりボクは黙り、彼女もボクに言葉をかけることなく並んで歩いた。

 そして数日後。姫に勇者到来の知らせを受けてからきっかり十日。

 ボクとレティシアは土嚢と樽で作ったバリケードで身を身を隠し、そばにはなぜかグレンが控えていた。

 一方、今日の主役となるはずのクレアは桟橋から足を垂らし、水面を蹴って遊んでいた。ユーニスはそれよりは後ろであるものの、バリケードの向こう側であることに違いはない。どうやら、小僧はユーニスの力を借りる腹積もりのようだ。戦闘能力は今ひとつと言わざるを得ないが、確かにあれの能力は馬鹿にできない。

「お前はあの小僧の作戦を聞いているのか?」

「いえ。一切、というほど聞いてませんよ。すべて任せきりです。ただ、この近辺を無人にしてくれと頼まれただけ」

 信頼か放置か。考えるまでもなく前者だろうが、しかし、

「それに足るのかどうか。相手は勇者だ」

「ふふふ……」

 ボクの懸念をレティシアはただ笑みで答えた。

 数十秒だったか、数分だったか。緊張のあまり時間の感覚がわからなくなっていたが、視線の先の少年が顔をさっと上げ、そして続く動きで軽やかに立ち上がる。

 装束は黒を基調にしたコート。魔王に扮するという役柄上、必要なことだ。ただし、その中身はいつもと変わらず袖を曲げたシャツに裾を折ったズボン。やる気があるのかないのか。

「ユーニス!」

 鋭い声で一つ目を呼ぶ。彼も呼応するように頷き、右手をさっと振り上げ、

「メイズっ!」

 声を張り上げる。同時、視界の中のものが二重に映り、そして、その片方が変貌する。空間の変形転写。実に虚を重ねることによる実態を持った幻影の領域。ユーニスは数少ないダンジョンメーカーとしての力を持つ。それゆえの地位だ。

 顕現させた空間は焼け落ちる街のもの。黒い影が跳梁跋扈し、既にここが魔の領域であると勇者たちに錯覚させるつもりか。

 メイズの展開から数分もしないうちに、船影が見えた。船団ではなく、単独のもの。

 クレアが右手を横に払う。その手に握られていたのはいつか見せてもらったことがある

精霊の加護を宿したと覚しき装飾品。だが、彼はそれを背後に捨てた。

「なッ!?」

 訳が分からず、思わず声が漏れた。

「大丈夫ですよ。あれはむしろ――」

 レティシアの言葉より早く、それは如実に見て取れた。彼の背後に浮かぶ羽根を模した翠玉の色の紋様。

「宿し子、なのか……?」

「はい」

 装飾品が加護の品というのはフェイク。彼の身に宿る精霊の一部を仮の器に入れていたに過ぎない。

「じゃ、始めようかね」

 不敵に哄笑をあげ、そして、無造作に手を前に、

「覆水盆に返らず、ってな!」

 微かに緑色を帯びた風が水面に押し寄せ、衝撃で水柱が起こる。過たず、水柱は近づいてきていた船へと迫り、


 ギュゴッ――


 何かを圧縮したような音と同時に一抱えもあるような光の柱が生まれ、水を砕き散らす。使い手を確かめる必要すらない。ボクがこの世界に生まれ、何度となくこの身を穿ってきた聖光の宝剣の一撃。あれの前ではいかなるものも砕き散らされる絶対破壊の剣。

 だが、今の応酬は互いにとって小手先調べ。挨拶がわりのようなものだろう。

 懸念は残る。如何に宿し子と言えど、あの一撃をどうするつもりなのか。武器の情報は一応伝えたし、なにも対策を練ってないなどということもないだろうが。もはや、ボク自身が打って出れる状況でもなくなってしまった故、確かめることはできない。

 そうこうしているうちに、勇者側から今度は仕掛けられた。船から飛び降り、海上を突っ走る一人の“少女”。ありえない光景ではない。水、もしくは風の系統を操ることができるなら容易い技だろう。

 何の系統を操るかはすぐに明白になった。握りこんだ手に水が集まり、巨大な刃を模す。そして、水面を蹴ってその刃を振りかぶる。

 彼我の距離は直ぐに埋まった。激突する水の刃とクレアの無造作に掲げられた腕。予想したような反応はなく、刃はすり抜けたかのようにクレアの背後にあった。その使い手たる少女もたたらを踏み、手応えのなさに戸惑う様子が伺えたが、それもすぐにぬぐい去られ、背後から轟然と斬りかかった。

「勇者御一行だというのに、背後から斬りかかるなんてどういう教育なんだろね?」

 にやり、と口元に浮かぶ三日月のような笑み。逆袈裟の一撃を手刀で迎え撃つ。水の剣が容易く分断された。

「くっ!」

 歯ぎしりするのも無理はない。片や水を集め、刃という形を作って見せた少女。それを風の刃で分断してみせたのだ。単純な力量差を見せつけるに十分なものだったろう。

 クレアの左の拳が少女の腹を捉えた。一瞬強張り、しかし四肢が弛緩したことから気絶したことが伺える。

 手も足も出なかった、ということか。

 しかし、今までの攻防の隙を突き、船は港へと乗り付けていた。舳先から飛び降りた人影は四名。先頭に宝剣を携えた勇者と覚しき青年。そして、その傍らに杖を抱えた少女と本を広げるこれまた少女。そして、勇者の背後で見えにくいが、なにやらアクビをしながら降りてきた赤髪の女性一名。

「お前が魔王か? すでにこの島を支配においていると見えるが」

「質問なぞ必要ないだろ? オレとお前は殺し合う関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「そうだな」

 勇者は剣を、クレアは拳を構える。脇に控える二人も緊張を高める。

 火蓋はクレアが切って落とした。ここからが本番だというのに気負った様子もなく、ほとんど動作すら見せず、船を真上からの圧で叩き壊したのだ。そして、続くのは竜巻。ひしゃげた船体は今度は真下から水を含んだ一撃を受けてねじ切れ、なお止まらない竜巻は木材を巻き上げながら背後から勇者一向にその身をよじらせた。

 斬撃一閃。圧縮した光がやや濁った音を立てながら突き進めば、竜巻は一瞬のうちに姿を消す。ほとんどの水も蒸発し、一瞬だけ霧が生まれただけ。

 そして、勇者はその一撃をそのまま小僧に振り下ろした。

 距離を無視する光の斬撃は一抱え以上もある太さを有し、振り下ろす速度も常人のそれを遥かに超える。だというのに、彼は身じろぎすらしなかった。避ける気配すらないまま、その姿は光の中に沈んだ。

「っ!?」

 驚いたのは彼が光に飲まれたからではない。直線上にすべてを砕くはずの聖光は歪み、クレアを起点に真上へと向かっていた。ありえない光景だった。それは彼らの側にしてみても同じようで、三人の顔に動揺が走る。

 だが、流石に魔王討伐に乗り出すほどの猛者。立ち直りも早く、脇の二人からの追撃と再度振り上げてからの切り下ろしがクレアに迫る。左右から雷撃と炎弾、上からは光剣。

 逃げ場はないといっていい。だが、クレアはまたしても動かなかった。にもかかわらず、そのすべての攻撃が真上へと跳ね上げられる。

「どういうことだ?」

 ボクは隣にいる姫へと問いかけた。彼女は笑みを含んだ声で、

「風の大精霊を宿す彼は常に攻撃を受け流します。もともとは掴み所のない風の再現としての受け流しでしたので、物理特化でしたのですが、彼の素地がすべての能力を底上げ。結果として、概念としての受け流しと化しました。つまり、彼に攻撃を加えるなら許容量を超過する質と量を兼ね備えた一撃が必要になります。ですが――」

 彼女は一度言葉を切り、

「勇者たちの一撃はそれを成し遂げられないでしょうね。お付きの二人にはまず無理でしょうし、勇者本人も剣に使われている状態ではとても」

 確かに。勇者は光の一撃だよりで、使っているように見えるが、発動の威力にやや押されている様子も伺える。

「だとすると、あちらはジリ貧か?」

「ですね。クレアさんは体力バカでもありますし」

 散々な言われ様にも思えるが、事実そうなのだろう。

「ユーニス」

 ふと、彼が一つ目の名前を呼んだ。心得たようにユーニスも腕を振り上げ、

「メイズ!」

 空間の改変が再度なされ、勇者と他三人を突如として出現した壁が分断した。




 魔王たちが見守る中、クレアと勇者の本当の激突が始まる?

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