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かつてのゆうしゃが、そこにいる。

 ボクはクレアとかいう若造にカップを差し出す男、グレンからそっと視線を外す。若造は訝しげな顔をしていたが、気にする必要もない。

 グレン。懐かしい人物だ。愛した人が困っているというだけの理由で魔王城まで押しかけ、勇者でもないのに魔王たるボクを殺した人物。そう、それだけの技量を持った強者。

「まさか、再開できるとは思ってなかったな」

「……そうだな」

 彼の方も特に視線を合わせることなく、言葉少なに肯定する。

「体は大丈夫なのか?」

「は?」

 しばしの沈黙のあとに言われた言葉が理解できずに、思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「だから、傷は大丈夫なのか? と……」

「ふんっ……心配するな。魔王の体はそんなにやわじゃない。そも、気遣いをするぐらいなら、最初から殺さないで欲しいものだな!」

「アイツの――アーシャの願いだったからな。すまなかった」

「はあ……まあいいさ。お前との戦いは楽しかったし、あれ以上この世界に留まっていても意味はなかっただろうしな」

 アーシャ。顔は知らないが、グレンの妻であろう人物で、彼がボクを殺しに来た理由となった人物。その顔を拝ませてもらおうと口を開くと、意外な言葉が返ってきた。

「ああ、母さんなら死んだよ。十年前にな」

「病弱だったからな。仕方あるまい」

「…………」

 案外、淡々としたグレンの言葉。本当に仕方がないと思っているのかは、表情からは知りようもなかった。

「しっかし、因果なものだね。あの時は大陸の方に降臨し、十数年居座ってお前に倒されたと思ったら、今度は平和な島国。しかも、前回の英雄様がいるとはね」

「てかさ、なんで親父俺に教えてくれなかったんだ? 前の英雄だったってこと」

「教える必要があったか?」

「……ないな」

 なんか勝手に納得した若造。出会って間もないが、どうやら自己完結しがちな人物らしい。微妙にやる気の感じられない目といい、ラフな格好といい……

「というか、今って冬じゃないのか?」

「あ? 聞くまでもなく冬だろ。それがどうかしたのか?」

「いや、だとするとお前の格好は……」

 薄手の長袖シャツの袖を折り曲げ、下は膝丈のズボン。どう考えても、冬の格好じゃない。

「いーんだよ、そんなの。いつだって俺はこの格好だぜ? まあ、色々と加護があるってのがホントの話だが」

 そう言って、無造作に突っ込んでったと思しき装飾品をポケットから取り出して見せる。

「精霊系の加護か。面白いものを持ってるものだな。誰にもらったんだ?」

「これか? この島の姫様だ。昔の話だが、城下町で迷子になってるところを連れ戻してやったんだけど、そのお礼にってな」

 この男はこの男で経歴が凄まじいような気がする。前回の英雄の息子で、この島の王女と知り合い。しかも、それを気負うことなく話してみせる感性。

「というかさ、城がなくなったってことは、家がなくなったってことだろ? どうするんだ?」

「別にどうもしないさ。城が再び組み上がるまで、その辺で過ごしていればいい」

 そう、別にどうということもない。今までだって、城がないときはあったし、その時は近隣の魔族の集落に身を寄せていたり、それこそ野宿するときもあった。

「なんだよ……女の子が野宿なんて関心しないぞ?」

「ふんっ、ボクは女である前に魔王だ。そもそも、女の子なんていう年齢でもないしな」

「でも、体はいろいろ未発達――」

 ひと睨みすると、カップの中身が一気に沸騰した。

「熱っ――」

 と言いながらも、なぜか平静な顔でカップをテーブルに置くクレア。言葉と行動が一致しないし、あまつさえ、指をお茶の中に突っ込んで温度を確かめる始末。

「おい」

「なに?」

「よく頭のネジが外れてるって言われないか?」

「さあ? 覚えてないよ、そんなこと」

「じゃあ言い直そう。脳みそスライム級だな、お前」

「スライムに脳みそあったっけ?」

「ない」

 間髪いれない返答に、しかしクレアは少し首を傾げただけで、

「それよりさ――」

 などと話題を流そうとする。本当に、よくわからない人物だ。

「たとえ貧――」

 頭をホールド。指にありったけの力を込めるが、

「乳で、しかも年増だからあんまり需要はないかもしれないけどさ、やっぱり見た目少女なわけだし、野宿はダメだと思うんだ」

 ピン、と指を立て、

「部屋空いてるし、うちに泊まれば? 城が元に戻ったら帰ればいいんだし」

「き・さ・ま――言っていいことと悪いことがあるだろ! しかもなんだ。アイアンクローが全く効いてないって」

「いや、十分に痛いんだけどさ……だから、離してもらえると嬉しい」

 ああ、こいつはおかしいんじゃない。徹底的に外れてるんだ。そう理解した。理解の範疇にないことを理解した、とも言える。ある意味、不死身の種族よりも恐ろしいかもしれない。

「ちなみに、なんでアイアンクローがあんまり効いてなかったかというと、やはりこれのお陰ね」

 そう言って、再び掲げる装飾品。まあ、かんざしだ。

 精霊系の魔法は埒外だが、どんな効能かは薄々察することができた。

 ため息を吐くほかなく、ボクは疲労を感じて椅子の背もたれに体重を預けた。

 思うことはいろいろある。過去の因縁なんかはどうでもいいが、それよりも重要なのは現代の勇者の存在。四年という歳月は彼らに十分な猶予となり、力を蓄えることができただろう。だというのに、今のボクは最低限の魔法を行使することしかできない、下級魔術師程度の力。

 死ぬのが怖いのではない。するべきことをできないうちに滅されてしまうのが口惜しいだけだ。

「…………」

 煮え湯となったお茶を懸命に冷まそうとしている若造と、その父親である前回の英雄グレン。この二人との出会いはどう転ぶのか。

 まあ、考えても仕方ないのかもしれない。

 薄汚れた天井を見上げ、ボクは東の風が運んでくる運命に想いを馳せた。




 魔王デルフィア、後にこの平穏を噛み締めることになるとは思いもよらず。

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