カミサマデッドコピー2
カミサマデッドコピーの続編です。
地球。
日本。
千葉。
浦安。
某巨大遊園地。
この場所で俺の左手は、それよりも小さな何かにつかまれていた。
今日は休日。ここが遊園地ということもあり、アトラクションのサイレンであらゆる音がかき消されてしまう。だから俺に用があるのなら声を掛けるよりもつかんだ方が確実なのもわかる。そう、奴だ。奴が来たんだ。
「カミサマだ」
「うっす。おはようさん」
俺は彼女(仮)に挨拶した。
少女は何とも無いという態度を装ってはいるが、楽しみだったのだろうか、表情から笑みまでは隠しきれていない様子。この辺はさすがに子供っていうか、非常に分かりやすい。黙ってりゃどこにでもいるガキなんだけどな。
「しっかしまたずいぶんオシャレしてきたなぁ」
俺は少女の着ている服に目をやると言った。特段喜んでもらいたいだとか、気に入られたいなんていう下心があったわけじゃない。それでも自分の子供時代に比べたら格段にお洒落に見える。そういう意味合いでの『オシャレ』なのだ。
思いとは裏腹に、言葉の意味をストレートに受け取った少女は嬉しそうに目をパッと見開いて、素直に歓迎した。
「そうか、我がそんなにかわいいか? これは【スイートフラット】ドット柄袖チュニック ピンク 3,280円(税込)。重ね着風のチュニックが乙女心を華麗に演出! シフォン生地のドットがモテ率アップで超キュート! 胸元にはハートの銀色刺繍がはいっているよ☆彡 らしいぞ」
「ほう、こじゃれた割にはお手頃価格だな……とかいいんだよそんなことは。どこで買ったか知らんがコピー&ペーストで説明するな。小説は描写で伝えるのが基本だ。好き勝手やってるとそろそろ恐い大人の人に怒られるぞ」
「ネタのためとはいえ、作者がグーグルで女児の服を検索している様は滑稽だったぞ。これはちょっとイメージが違うなぁとか、妙なこだわりが痛々しい」
「かわいそうに。ちゃんと履歴消しとけよ? 家族が心配するからな」
あの衝撃的な出会いから数日、俺たちはこんな風に軽口が叩けるほど慣れ合ってしまっていた。けど、今日の俺はある一つの決意を強く胸に秘めている。遊園地というシチュエーションに、手つなぎデート、極めつけはポケットに忍ばせた一つの指輪……って違う! 今日こそうまく別れ話を切り出すんだ。こいつには悪いが俺にはクラスに好きな人がいるんだから。
「キサマ……目の下にクマが出来ているな。相当楽しみで昨夜は眠れなかったとみえる」
「睡眠不足は苦悩だ。勘違いも甚だしい」
神様ならそれくらいわかれ。と言いかかったが、こいつはただのデッドコピーだった。徐々に洗脳され始めてるな。ここらで一発、どちらの方が立場が上なのかをしっかり教え込んでやった方がいい。
「今日ここに俺が来てやっただけでも感謝しろよ? あんまり調子に乗ってるとキレるからな? 俺は鉄の拳を持つ男と呼ばれて学校でもそこそこ恐れられてんだ。いざとなりゃあ、おまえなんか俺の鉄拳で粉々に……」
「泣くぞ?」
「ははっ、まずは何で遊びましょうか神様? いえ、今日はお姫様と呼ばせて頂きます。なんでもお申し付けください」
「我はスプラッシュヒルに臆病なキサマと乗ってやろう」
「いつか必ずぶちころ……」
「何か言ったか?」
「いえ」
脳内でコイツに200コンボをキメた。俺竜拳と俺旋風脚が華麗に炸裂。しかもパーフェクト。
俺たちは販売所で中人一枚、小人一枚の計二枚チケットを買うと、ゲートをくぐり抜けた。代金をどっちが払ったか気になるところだと思う。あえて一つヒントを出すなら、俺の隣で特性カチューシャを頭に着けながら満足気にソフトクリームをなめてる女は財布を持っていない。これに尽きる。
「にしてもおまえは神様なんだよな?」
スプラッシュヒルへの最短ルートを歩きながらいう。
こんな質問を投げかけると、いつもはコイツを調子に乗せるだけなのだが、俺はある一つの重大な秘密に気がついたのだ。それは今までの理屈を根底から覆すことのできる秘密。勝った。
「なぁ、バッグの隅に篠崎美鈴っておちゃめな名前が書いてあるけどそれはなんだ?」
「うっ!?」
明らかな動揺。少女はお気に入りの大きなリボンの付いたバッグを小刻みに揺れ動かし始めた。俺の視界にぼやけて映るよう努力しているが、時すでに遅しだ。こいつと出会って初めて会話のイニシアチブを握れた気がする。
「鬼の首を取ったとはまさにこのことだな! いや、神の首か? んなことはどうでもいい篠崎美鈴! おまえは所詮一般家庭の平均的なガキなんだよ。きっと両親にはおまえの産声が鈴の音のように美しく聞こえたんだろうな! はっはっはっ! 調子に乗りやがって。今度からは美鈴ちゃんって呼んでやるからな。ん? どうした? 悔しいのか? なにか反論してみろや」
「こっ、これは戒名だ!」
少女は苦し紛れの言い訳を始めた。見苦しい。俺は怒涛の猛ラッシュを開始する。
「戒名? おまえは戒名を付けて歩く趣味があるのか? 変態やないか! みなさーん、俺の隣に変態がいまーす」
「そうだ。悪いか? キサマが死んだ時も、児童院炉利之助をくれてやるから安心しろ」
「ジドウインロリノスケ? そんな、生前に何度も後ろ指さされてそうな名前いらねーよ」
「拒否するのか? ならば大きなお兄さんにイタズラされてるって叫ぶぞ?」
「死後と言わず、今日から私を児童院とお呼びください」
「うむ。良い心がけだロリノスケ」
「できれば児童院でお願いします。あとカタカナはマジでやばいです」
いつの間にかイニシアチブは奪われていた。しかも奪い返す気力も無い。口下手な俺がこいつに勝てるわけないのだ。されど諦めるな俺。いつか必ずギャフンと言わせるチャンスはやってくる。
そんな風に虎視眈々(こしたんたん)と一筋のチャンスに狙いを定めていたが、目的にしていた対象物が見えた瞬間、思わず言葉を失った。
スプラッシュヒル――それはアトラクションというよりデトラクション。マルタに直にしがみ付いて渓谷から飛び降りるというデトラクションは死後の世界への直通便に見えた。
「おまえホントにこんな恐ろしいものに乗れる……いや、しがみつけるのか?」
「できる!」
少女の大きな決意を聞いた係員は、俺たちをマルタの乗り場に案内した。それもどことなく渋谷っぽく。そう、ファーストフード店でバイトしているあの渋谷っぽい店員さんだ。まさかバイトの掛け持ちだなんて見かけによらず苦労人らしい。
そんなどことなく渋谷っぽい係員さんの案内を無視して、全校集会にチンタラ向かう学生のように辺りを徘徊していた俺は少女に背中を押されるようにして、強引に乗り場に進まされた。こんなものに乗りたいと思う馬鹿がいないせいか、この遊園地にしては珍しく待ち時間無しで待合レーンを進むが、心の準備のためにも少し時間がほしい。
しかしこいつに俺の気持ちなんて知る由もなく、
「我はとっても楽しみだ。今日はジドロリもめいっぱい楽しむがよい」
「略して呼ぶなよ! いや、少しぼやけたからいいか」
水面に浮かぶひと筋のマルタ。木で出来たそれの前後に二人がしがみついて人工で作った滝から飛び降りるというシステム。血気盛んなアメリカ人がビデオに撮って投稿してきそうな危険行為だ。
観念した俺は静かにマルタにしがみ付く。
そして今日一日を共にする相棒に最終確認。
「やめるなら今だぞ?(やめたいんだけどなんとかならねぇか?)」
俺の懇願の思いを乗せた最終確認の言葉。だが返事がない。
おそらく少女は怯えているのだろう、そう思い、マルタに埋めていた顔を上げると、自分の後でしがみついてるはず(?)の少女に振り返った。
「おい……っていねぇ!? どこいった?」
しかし残酷にも、無残にも、無碍にも、無慈悲に、甲高い出発のサイレンが鳴った。
カタカタ音を立てて、俺一人を乗せた二人乗り用のマルタは水面を進んでゆく。
付近をくるりと見渡すと、少女は渋谷っぽい係員さんの傍でいじらしく『私まだ子供だからこういうのちょっとNGなんです』みたいな表情で甘えていた。おいコラ、子役もどきが。
「ふっざけんなよ! さっきまでの余裕は何なんだよ! 怖いなら怖いって先に言えよ馬鹿野郎! 戻ってきたら絶対八つ裂きにしてやぁるぅうううえええええ――!」
――時が変わって十分後、
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、ふぅ」
「キサマ、どうした? 息が苦しい時は、ひぃ、ひぃ、ふぅ、だぞ」
「ひぃ、ひぃ、ふぅ――――ぅうっざけんじゃねーぞコラァ!」
他の客の視線などかまわず怒鳴り散らした。
「もう絶対ぶっ殺す。今日の夕刊の一面記事はおまえが俺に殺されたっていう刺激的な内容にしてやるよ」
俺はこいつが二度とナメた口を利けないようにしてやろうと思って、モテ率アップで超キュートなドット柄チュニックに掴みかかった。少女も必死になってジドロリと俺の名(?)を呼ぶがその四文字はさらにイカれた高校生男子の握力を強めるだけだ。
しかし、何故か偶然も必然も少女の味方で、
「そこの君! 少女になにしている!?」
一度しか聞いたことがないけれど、忘れられない聞き覚えのある声が緊迫した現場を包む。
「いたぞ! 夢の国で白昼堂々と婦女暴行だ! ……って君たちじゃないか! 僕だよ僕、覚えてるかい? フリーの警察官の岳富だよ」
「なんだよフリーの警察官って。要はクビになって警備員やってんだろ? この前はあんたの勘違いのせいで大変なことになったんだぞ!」
「嫌な……事件だったね」
カナカナカナカナ。
「てめぇ。何を他人事みたいに」
「はははっ、許してくれよ。実は今日君たちがここに来ることを知っていたんだ。だから気を利かせてパレードを行うように手配しておいたから怒らないでくれよ」
まともな装備も与えられていないこいつにそんな権限があるようには見えないが。
けど今はそんなことよりも、だ。
「あんた、そもそもどうして俺たちがここに来ることを知ってたんだ?」
岳富はペコちゃんみたいにぺロリと舌を出しながらウインクした。
「ふふっ、君たちの予定くらい簡単に調べがつくさ。元警察官をあなどっちゃだめだよ」
「元警察官ならやって良いことと悪いことくらいわかるだろ?」
分別の付かない元警察官ほど性質の悪いものはない。
そして隣にいるもう一人の性質の悪いガキが岳富をかばうようにしていう。
「おいキサマ、口が過ぎるぞ。岳富は良い民だ。我とキサマを急接近させたからな」
「何が良い民だ。そのせいで俺はこうしておまえと遊園地に来なきゃならなくなったんだろうが。おまえらはいったい俺の何なんだよ!?」
すると、少女の瞳からはじわりじわりと滲むようにして水がこみ上げた。微量だが確実に現れたそれは次第に透明な粒となって、最後に誰が見ても涙と認識できるほどの水滴となる。
やっちまたと思ったのも時既に遅し、さっきまで殺っちまうつもりでいた俺に芽生える不鮮明な罪悪感は鬼になりきれない俺を苦しめた。こんな気持ちになるなんて、どうやらこの数日で俺は『鬼』ではなく『お兄』になり下がってしまったらしい。
この場をしのぐための最終カードはさっきの岳富の言葉にあった。リスクは高いがこの場はこの方法でしのぐしかない。
「おっ、お姫様、このジドロリと共にパレードに参りましょうぞ。おいっ、そこのナイトやら、手配はすべて整っているな?」
岳富に向かって尋ねると、馬鹿みたいな大声で威勢のよい返事が返ってきた。
「はい、もちろんですジドロリ様!」
テメーにジドロリと呼ばれる筋合いはない。
だが俺の殺意溢れる視線など臆することなく、自身の行為が大いに役立ったと満足している様子の岳富は叫ぶ。
「よぉおおし! 気合が入ってきたぞぉ! こうなったら婚約パレードだ」
どうなったらそうなる。頼むから待ってくれ。来世分の一生のお願いも使うからやめてくれ。
俺の気持ちを考えもしないであろう少女は一瞬黙り込んでマリッジブルーを気取ったかと思うと最終的に大きく頷いた。
「うむ。我とジドロリで婚約パレードだ!」
「この岳富、最後まで見守らせて頂きます」
なにこの展開。こいつら以外の誰が得するの?
「我は最高に幸せだ! 今日は最後まで付き合ってもらうからな」
「まさか今日はお城でお泊りですか。なーんちって冗談どぅえーす」
「下品だぞ岳富」
うわぁあああああああああああ。
「ジドロリ、なぜ何も言わない? そうか! 感極まっているのか!」
「あぁ、寒極まってるよ。凍え死にそうだ」
「これからもよろしく頼むぞ」
「いや、さすがに結婚はちょっと……」
「婚約破棄か? 慰謝料請求するぞ」
俺の人生初めての婚約相手は縦笛の似合う少女だった。