裏の話
ヴィクトリア・マーマレイズには前世の記憶があった。とはいえ、感覚的には前世から地続きで人生があるようなものではなく、前世というものは窓から見える景色のような物で前世の自分と今の自分は異なる存在と認識していた。
そんな前世には魔法というものはなく、科学というもので栄えていて、だけど、魔法というものがあると信じられていた歴史もあり、魔法に関した内容の物語も数多く存在した。
前世と違うスペック。最高ランクの教育が受けられる環境。
ヴィクトリアはそれが嬉しかった。
ヴィクトリアが努力すれば努力するだけ身に付く技術。それに褒めてくれる人。それが何よりも嬉しかった。
………ヴィクトリアの前世はヴィクトリア自身が客観的に振り返ると辛いものだった。
ヴィクトリアの前世には兄と姉がいた。一言でいえば、二人は優秀な兄と姉だった。
ヴィクトリアの前世……自分がやっとのことで出来るようになったことも両親は褒めてくれたことはなく、兄や姉なら一回で出来たのにどうして時間が掛かるのかしらと呆れられた。
褒められたことはなく。兄や姉は優秀なのにと常に言われ続けていて、自分がやりたいと強請ったことは叶えてもらえなかったのに兄や姉はすんなりさせてもらえた。
『あんたがしても学費の無駄』
顔を見ることなく背中を向けて言われた言葉。
小学校の時に絵のコンクールで賞を取った時に褒めてもらえると期待して絵を見せたことがあったが、
『絵のデッサンも乱れているのによく賞がとれたわね。レベルが低い』
一瞥してそれだけ告げられた。
その日。泣きながら絵を燃やした。
自分の努力が褒められたことも両親からすれば兄や姉に敵わない駄作にしかすぎなかった事実が胸を締め付けていた。
そんな環境だったが唯一、父方の祖母が気に掛けてくれて、兄や姉は祖母の所に行くのを嫌がっていたのだったが、自分はよく遊びに行き、そこでは自分のことを素直に吐露出来ていた。
『魔法が使えたら……お母さんたちが望む娘になれたのかな………』
テレビという不思議な板を見つめて、そこに映っている魔法でいろんな姿に変身している女の子の絵を観て呟く自分を祖母は背後から抱きしめていた。
そんな前世の自分の人生を終えた時は、中学の卒業の時。
あんたに使う学費がもったいないと言われ、高校に行かずに兄と姉の学費のために働けと強要され、ほぼ同時期に自分を愛してくれた祖母が亡くなった。
心が折れての自殺だった。
その記憶を思い出した時屋敷内に響くくらい号泣して慌てた両親が抱きしめてくれた。
(ああ、わたくしは愛されている)
愛されたくて努力して、唯一愛してくれた祖母を亡くして絶望した前世の自分ごと抱きしめられた気がした。
そんな前世と比べるのも烏滸がましいほど今の人生は幸せだ。
好きなことをいくらでもさせてもらえる。出来た分だけ褒めてもらえる。
………魔術にのめり込み過ぎたかなと気付いたのは二つ名を得た時だったが。
公爵令嬢としては完璧と言われるほどになり、その上魔術師としても優秀な人材になったわたくしは優良物件とも言えるが婚約した相手によっては劣等感を抱かせて夫婦生活が破綻するのではないかと言う事実に気付いたのは事情通たちの噂話を耳にしてから。
前世の私のような思いを婚約者に抱かせてしまうのではないかと自分のやり過ぎに気付いたのだが……。
『ヴィクトリアは本当に魔術が好きなんだね』
婚約者のサーチェスさまはそんなわたくしを肯定して受け入れてくれる。頼もしいと告げてくれる様にこの方と結婚出来るのは幸せだと未来に希望を抱けた。
それが曇ったのは魔王と言う存在が現れたと報告を受けた時。
サーチェスさまのご両親。国王陛下夫妻が、魔王出現によって狂暴化した魔獣のために殺された事件が発生した時。
魔王を討伐する勇者一行に正直選ばれたいと思った。それだけの実力はあるつもりだった。だけど、同時に両親を失い、非常事態の国を守るサーチェスさまの手助けをしたい気持ちもあり、勇者一行についていくのを諦めて公務を行うことにした。
そんな選択に迷いはなかったと言えば嘘であるが、すべきことだと理解はしていた。していたのだけど、見透かされたのだろう。
「ヴィクトリア。婚約を解消しよう」
泣きそうな笑みだった。
「君は君のしたいことをしに行くといい」
サーチェスさまは心配しないでと告げていたけど、心配する要素しかなかった。
「……………分かりました」
でも、そこで行かないと告げたらこの方は苦しむ。だからこそ。解消を了承した。
翌日全ての怒りをぶつけるために魔王を討伐する勇者一行に合流した。合流してすぐに勇者たちにすべての話をぶちまけて、襲ってきた魔物の大群にせん滅魔術を放ったのはまあご愛敬だろう。
「多分、サーチェスさまのことだから、魔王を倒してくれたお礼に自分に出来る範囲で願いを叶えてくれると言い出すから、婚約の復活を頼むつもりよ」
「まあ、俺らも、それに関しては異論ないけど……」
いろんなところで褒賞をもらえるだろうし、出世も見込めるし……。勇者の言葉にみんなが頷く。
「後は、わたくしが去った後に他の女が擦り寄ってきていないかだけど……まあ、魔王をすぐに倒せば問題はないでしょう」
「すぐに倒せる発言しているよ……」
「でも、出来そうなんだよね……彼女がいると……」
気弱そうな……でも戦闘になるとバーサーカーになる戦士の言葉にみなが頷く。
「当然よ。――だって、ここにいる者たちは世界でも三本の指に入ると認められて送られた英雄たちなのだから」
それくらいできるわと告げると、勇者が顔を赤らめて、
「うん……お前国を導く王族の素質あるわ」
この褒め殺しめ。
「でも、彼女の婚約者も褒め上手なのよね。うちの旦那が、あの方のためなら孤軍奮闘しても生き残れる自信があると宣言しているし」
「神殿でも殿下が即位するのが楽しみだと期待されていましたからね……」
暗殺者と神官の言葉に流石サーチェスさまだと誇らしくなった。
うん。あの方は自分に自信がないだけで、周りにいる者たちの才能を認めて、それをより伸ばす方向に導くのが巧みだ。
それはあの方に生涯を捧げたいという気持ちを生み出すほどの才能で、平時ならばわたくしがいなくても側近たちがあの方を支えられただろう。いかんせんタイミングが悪かった。
側近たちも。国を案じていても、まず自領を心配していたから気もそぞろになっていたことがあったし……。
「国を回復させる以前に魔王の脅威があるから現状を維持するのがいっぱいいっぱいなのよね」
よく保たせられているものだと感心するのだが。
そんな想いで魔王と対峙したのだが、正直、あの戦いは一瞬で終わらせた。詳しい話を聞かれるが、説明できないというしかない。
と言うかしたくない。
ただ一言言えるのは、魔王は両親に甘やかされて、傲慢になった前世の兄姉を彷彿とさせた。
それだけだ。
勇者の剣に魔装をさせて、さっさと倒させたから。
ああ、自分が倒されるのが最後まで信じられないと驚愕した顔だけは見ものだった。あれには前世の私の心が晴れたものだ。
「早く帰りましょう。サーチェスさまに結婚してくださいと言質取らないと」
「魔王退治よりもそっちが重要みたいだな」
呆れたように告げた勇者にわたくしは自分の中で二番目に綺麗な微笑みを浮かべて。
「当然ですわね」
と答えたのだった。
魔術大好きになった理由がこれ。




