影に潜む者と、静かなる怒り
ふと意識が浮上し、俺はベッドの上で身を起こした。
隣のベッドを見るが、そこにはシーツの乱れがあるだけで、寝ていたはずの少女の姿はない。
「……どこへ行った?」
まだ重い体を無理やり動かし、部屋を見渡す。
すると、部屋の隅。カーテンの影に隠れるようにして、彼女が立っていた。
無言で、刺すような視線をこちらに向けている。その瞳にあるのは、深い警戒と、出口のない絶望だ。
放っておけば、彼女は再び夜の闇に消えてしまうだろう。
俺はあえて、あくびを一つ噛み殺し、ゆったりとした動作で椅子を引いた。
「おはよう。……そんなところに立っていては、せっかくの休息が台無しだ。とりあえず座るか?」
「……うん」
ぎこちなく、彼女は俺の向かいに腰を下ろした。
細い肩が、まだ微かに震えている。
「なぜ、あんな街道の脇で果てていた。……誰から逃げていたんだ?」
俺の問いに、彼女は視線を落とし、消え入るような声で答えた。
「……『シュピアル』から」
その名を聞いた瞬間、脳裏に王宮で受けた警告が蘇った。
非合法な奴隷売買、誘拐、そして闇取引を専門とする組織。
この世界において、奴隷という存在そのものは珍しくない。
だが、これほど幼い少女を死に体になるまで追い詰め、消耗品のように扱うやり口。
その事実が、俺の中にある「現代人」としての倫理観を猛烈に逆撫でした。
「逃げてる最中に……魔力が、切れて……」
必死だったのだろう。幼い体がボロボロになるまで。
俺は拳を握りしめた。筋力1の拳は、怒りで小さく震えている。
だが、少女の目には、その震えが「あまりに強大な力を必死に抑え込んでいる賢者の威圧」に見えたらしい。
彼女は息を呑み、俺を見つめた。
「……そうか。カスどもが」
低く、短く、俺は吐き捨てた。
魔法も剣も、俺にはない。ステータスは相変わらずの「1」だ。
だが、この世界には力では解決できないこともある。
「安心しろ。俺の旅路に、そんな不純物は必要ない。
…この街に根付いた澱みは、俺が取り除いてやろう」
伝説の薬品『クルドリカル』を探す旅。
その最初の障害として、俺は目の前の理不尽を叩き潰すことに決めた。
戦う力がないならば、奴らの「常識」を、俺の「知識」でハメ殺してやるまでだ。




