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王宮の呪いと、静かなる断罪

通された王宮の寝室は、息が詰まるほどの熱気と、妙に甘ったるい香香こうの匂いに満ちていた。

 天蓋付きのベッドに横たわるのは、この国の第一王子。

その顔は赤く腫れ、ヒューヒューと喉を鳴らして必死に酸素を求めている。

「……ふんぬッ! 悪霊退散! 聖なる光よ、呪いを焼き払え!」

王子の傍らで、宮廷魔導師を名乗る老人が仰々しく杖を振るっていた。

杖から放たれるまばゆい光。

だが、それが発生させる熱風が舞い上がるたび、王子の咳き込みはひどくなっていく。

(……おいおい、地獄かよ、ここ)

俺の目は、王子の胸の上で優雅に毛繕いをしている「真っ白な猫」に釘付けになった。

 猫が動くたびに、陽光に透けた微細な毛とフケが宙に舞っている。

閉め切られた窓、厚い絨毯、舞い散るハウスダスト。

(原因は「悪霊」じゃない。ただの重度な猫アレルギーと喘息だ)

「どうされましたか、賢者様。やはり、悪霊の格が違いますか?」

王女エルーシアが不安げに覗き込んできた。

俺は、あまりの環境の悪さに溜息を漏らした。それが彼女には「救いようのない愚策への呆れ」に見えたらしい。

「……嘆かわしい。一流の魔導師が揃っていながら、この程度の『不調和』すら見抜けぬとは」

「な、なんだと若造! 貴様、このワシの除霊を侮辱するか!」

老魔導師が吠えた。

同時に、目に見えない魔力の波――「魔圧」が室内に爆ぜる。

周囲の騎士たちがその圧力に身を固くする中、俺はただ、鼻先をかすめるピリピリとした静電気のような刺激に眉を寄せただけだった。

「……随分と騒がしい。それが王国の英知を束ねる者の振る舞いか?」

「なっ……ワシの魔圧を食らって、顔色一つ変えぬだと……!?」

老魔導師が驚愕に目を見開く。

驚くのも無理はない。

俺は前世で散々上司の長い説教と、ものすごい魔圧を受けていたからこんな魔圧屁にもならない。

俺は無言で歩み寄り、王子の胸から猫をひっつかんだ。

「ぎゃっ!? 何をする、聖獣様に触れるなど――」

「黙れ。この獣は精霊を惹きつけすぎる」

俺は猫をエルーシアに押し付けた。

そして、傍らに控えていた騎士たちを鋭く見据える。

「今すぐ窓をすべて開け放て。この部屋を支配しているのは、悪霊ではない。……あまりに『純粋』に偏りすぎた、理の歪みだ」

「出鱈目を! 掃除程度で呪いが解けるはずがあるまい!」

「……三日だ。三日間、俺の言う通りに部屋を清め、この獣を遠ざけろ。魔法の介入は一切禁ずる」

俺は老魔導師の杖を指先で軽く押し返した。

「もし三日経っても王子の咳が止まらなければ、俺の首を好きにしろ。だが、もし回復したなら――あんたのその立派な杖、まきとして俺に献上してもらうぞ」

「……っ、よ、よかろう。試してやろうではないか!」

老魔導師が毒づきながら去っていく。

沈黙が支配する寝室で、俺は王子の枕元に「清めの石(ただの粗塩)」を置いて、悠然と部屋を後にした。

廊下に出て、誰もいない角を曲がった瞬間、俺は大きく深呼吸をした。

心臓は早鐘を打っているし、膝も笑いかけている。だが、心地よい達成感があった。

(……熱い。マジで心臓に悪いわ、この商売)

三日後。

 換気と掃除を徹底した王子の呼吸は、魔法でも成し得なかった劇的な回復を見せた。

「真理の眼を持つ本物の賢者だ!」

 王宮中にその名が轟く中、俺は最高級の客室でふかふかのベッドに身を沈めていた。

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