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死の淵のポーカーフェイス

ステータス「1」の衝撃から立ち直れないまま、俺はとりあえず川へと向かった。

立ち上がるだけで膝が痛い、ただの歩行が重労働だ。

 

ふと、足元に転がる白い石が目に留まる。

「これ……石灰岩か?」

前世で地学を少しかじっていたのが幸いだ。この世界ではただの石ころだが、火を通せば「生石灰」に変わる。

水に触れれば激しく発熱する、危険な化学物質だ。

今の俺に剣は振れない。魔法も使えない。

なら、この世界の住人が知らない「現象」を武器にするしかない。

俺は震える手で石を拾い集め、必死の思いで火を熾した。

一晩中、弱々しい焚き火の番をしながら石を焼き、砕いて粉にする。

指先はボロボロで、喉は煙で焼けるようだ。

だが、この白い粉だけが、俺の「命」を救ってくれるはず。

森の出口は、最悪の男に塞がれていた。

名をゴルド。新人冒険者をカツアゲして回っているという、典型的な「三流の壁」だ。

「おいおい、なんだそのステータスは。バグか?」

ゴルドがニヤニヤしながら、手にした水晶玉――『簡易鑑定の魔道具』を叩く。

俺の目の前には、無情な文字列が浮いていた。


【 ALL STATUS:1 】


「STR(筋力)が1……? ぎゃはは! 赤ん坊でも3はあるぜ! お前、よくここまで生きてこれたな!」

ゴルドと取り巻きの笑い声が響く。

俺の心臓は、壊れた時計みたいにうるさく鳴っていた。

敏捷(AGI)も1だ。逃げても一歩で追いつかれ、背中を斬られて終わり。

「……笑いすぎだ。喉に詰まるぞ」


俺は懐から白い粉を撒く。ただ、バラ撒くのではない。

「自分の足元だけ」を避けて、円を描くように。

雨が降ることを心で願いながら。

解決策はこれしかない。

すると

雨が降り出し、生石灰が牙を剥いた。


――シュアアアアアアッ!!!


立ち込める白煙と、肌を焼くような熱気。

ゴルドたちが悲鳴を上げて後退する中、俺は冷汗を流しながら、その円の中心に立ち尽くしていた。


(あ、熱い……! 対策してこれかよ……!)


俺はあらかじめ、自分の服に泥水を染み込ませ、即席の断熱層を作っていた。

それでも、ステータス1の貧弱な体には、漏れ出る熱気だけで意識が飛びそうだ。

肺が熱を拒絶して、呼吸が浅くなる。

だが、ここで眉間に皺を寄せれば終わりだ。


「……言ったはずだ。理を知れ、と」


俺は、熱さでガチガチと震えそうになる奥歯を、必死に噛み締めて笑った。

その必死さが、ゴルドの目には「底知れない余裕」として映ったらしい。

「ひ、ひぃっ……! 測定不能オーバーフローかよ……っ!」

逃げ出すゴルドたち。

勝った。そう確信した瞬間、煙の向こうから、さらに絶望的な音が響く。


規則正しいひづめの音。

白煙を切り裂いて現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ騎士団と、一服の絵画のような馬車だった。


「――実に見事な無詠唱魔術だ」


馬車の窓から、透き通った声が響く。

現れたのは、輝くような金髪を持つ少女――エルーシア王女。

彼女の瞳には、疑念ではなく、狂信的なまでの「期待」が宿っていた。

「熱を操り、霧を生む……。魔力の残滓すら感じさせないその技、もしや貴方は、伝説の『理の探求者』ではありませんか?」

(……やばい。嘘だと言いたいが、声が出ない)

実際、熱気で喉がやられて声が掠れているだけなのだが、それが彼女には「深遠なる沈黙」に見えたらしい。

「沈黙は肯定と受け取ります。……賢者様、どうか我が王家に伝わる『解けぬ呪い』、その叡智で救っていただけないでしょうか」


 【強制クエスト:王女の呪いを解明せよ】


俺は、熱気で今にも倒れそうな体を、ハッタリという名の精神力だけで支え、ゆっくりと頷いた。

「……いいだろう。案内しろ。退屈しのぎにはなりそうだ」

死ぬほど熱い。今すぐ川に飛び込みたい。

だが俺は、一歩もふらつくことなく、優雅な動作で馬車へと歩き出した。

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