スタンピード討伐
軍は大森林の前の平原に陣を敷いていた。ここがこの領を……ひいては国を守る最前線だ。
「エリーズはちゃんと逃げただろうか……」
そう呟くのはこの軍を指揮するこの領の領主エトワイズ・ド・トゥアールである。
「エリーズはお転婆なところがありますからね」
そう返すのは領主の息子のルシアンだ。
「今回のスタンピードは今までに前例のない規模のものになる……」
観測された大森林に発生した魔力だまりの規模が異常だった。それに引き寄せられた魔物の数もだ。
領民の何割かはすでに避難している。
だがまだ多くの領民が領内にいるのだ。
異常な数の魔物の群れは間違いなく城塞都市を崩壊させるだろう。
今回の作戦で籠城戦を選ばなかった理由がそれだ。
少しでも多くの領民が避難できるようにする為のカナリアの役目だった。
ようするにこれは敗北が前提の作戦なのだ。
「神に祈りますか。エリーズと領民達の安全を」
「うむ……もはやできることは祈ること位なものだ……」
前線では悲壮な決意を皆がしていたのだった。
魔獣を召喚したはいいが移動のことをすっかり忘れていた俺は場所を確認するため魔力を探ってみた。
ようはエリーズから感じている力みたいなものが魔力ということだろうと思い、そのような力の気配を探る。
するといるわいるわ大量の魔力の群れがこちらへ向かって移動中だった。
姿を見れないかなと思い。試しに遠見をしてみることにした。
意識をその魔力の群れに集中する……するとだんだん見えてきた。
その数森の中にあふれんばかりに集結している。
今にも出てきそうだった。
こりゃまずいな……
前線で張っている連中(多分この領の軍だろう)が森の前で陣を敷いていた。
それなりに戦力をそろえているようだが全然足りないだろ……
多分過去のスタンピードの経験をいかして十分な戦力をそろえたのだろうが……
文献によると過去最大のものでも3000体程。その時は周囲の村々を犠牲にして城塞都市での籠城戦でなんとかしたらしい。それなりに被害も出たらしいが。
今回はその10倍の規模だ。それもどうも見たところ大型の魔物が多い。いわゆるボスモンスターて感じの奴が。それも過去の文献と一致しない。ここまでくると国の危機だな……
どう考えても無理だろ……
これ、急いで逃げないと間違いなく壊滅するぞ……
正直逃げたいが建前だけでも戦ったことにしないとかっこつかないからな……
まぁそのために魔獣を召喚したわけだが……
「どうやら連中は3日も待ってはくれないらしい」
俺がそういうとエリーズは驚いた顔をした。
「そんな……お父様とお兄様が危ない……!」
なるほど屋敷に誰もいなかったのが気になっていたが皆前線に出張っていたか。
使用人もいなかったのは大方逃げたんだろうな。
「ではいくか。エリーズ」
「!……ええ。でもどうやって?」
「こうやってだ」
俺は魔法陣を展開した。俺たちと666の魔獣の群れは一瞬で目的地へと到着する。
いわゆる転移魔法というやつだ。
「転移魔法まで使えるのね……人類はその理論だけでまだ実現していないというのに……」
まぁその理論のおかげなんだが。あとは魔力とイメージと感覚で何とかした。
「魔物の群れだ!」
「なんだどこから現れた!」
森の出口と陣の間に急に現れた俺たちは当然軍の連中に見つかる。
「騒がしい連中だ……来るぞ。死にたくなければ下がっていろ」
とかかっこつけて言ってみたが。
果たして数を揃えただけの魔獣で対抗できるだろうか?大体その数で何十倍も劣っているんだが……
あ、なんか胃が痛くなってきた……
まぁいざとなったら空間転移で逃げよう……
森から一斉に出てくる魔物の群れ……ゴブリンとか狼とかの小型の魔物の他にオークっぽいのとかサイクロプスっぽいのとかその他いろんな魔物がわんさか出てきた。さっき見た時はでかい魔物が結構いたような気がしたがまだその姿は見えない。
「やれ……」
666の魔獣の群れをけしかける。
瞬時に俺の命令を実行し魔物の群れに襲い掛かる。
するとどうだろう。魔獣をけしかけられた魔物の群れは片っ端から抹殺されていく。
一方的な蹂躙が始まっていた。
あれ……なんかこの魔獣たち強すぎない?
それとも下級の魔物だからかな?もっと強いのが来たらこうはいかないだろうな……
「圧倒的じゃないか……なんだあの魔獣の群れとそれに命令を出せるある男は……」
そんな声が聞こえた気がした。
ただの平凡なニートです。過度な期待はしないで下さい。
その内それぞれがボス級らしい大型の魔物が出てきた。
流石に苦戦するだろう……そう思っていた時期が俺にもありました。
ミキサーにかけられたかのように一方的に屠られていくボス級魔物たち……
なんだこいつら?いやおかしいだろ。強すぎてちょっと異常だぞ?これじゃ動物虐待じゃないか……
次々と断末魔の声を上げていく魔物たち。
地獄のショーだった。魔界の魔獣恐ろしや。
となりのエリーズを見ると無表情でその光景を見ていた。
あんまり見るんじゃありません。子どもが見ていいものじゃない。
あまりの惨状に逃げ出す魔物もいたが逃げ出す端から軒並み抹殺されていった。
「惨い……」
兵士たちの一人が呟いた。
俺も完全に同意だった。命令したのは俺だがこの魔獣たちには情けってものがないのだろうか?
そうこうしているうちに虐殺の時間は終わった。
ものの十数分か精々数十分てところだろうか……
静まり返るあたり一帯。
見ろ。みんなドン引きだよ。
「よくやった。それでこそ我が配下だ」
俺もドン引きだよ。
「お褒めいただき光栄です」
魔獣の一匹が言った。
褒められた犬みたいだった。
何だこいつら……
「終わったのか……?」
「スタンピードを全滅させた……?」
「……俺たちは助かったのか?」
静まり返っていた周囲が息を吹き返したかのようにざわつき始める。
「お前たち。俺を召喚した我がマスターに感謝するんだな……」
ここにもう用はない。というか正直惨状が酷すぎて無理……
「帰るぞエリーズ」
「えぇ……そうね」
「では我々も帰らせてもらいます。またの召喚を心待ちにしております」
「うむ」
うん、怖いからもう呼ばない。
次々に姿を消していく魔獣たち。
俺たちも帰ろう……
そうして空間転移で屋敷に戻った。
こうして発生した3万のスタンピードは俺が召喚した666の魔獣たちの活躍によって(かなり一方的に)討伐された。
領地と国の危機は去ったのだ。