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第二話 bind()

七瀬と出会ってから、一条の生活は少しずつ変わった。


彼女は唐突に現れたのに、まるで最初からそこにいたように馴染んでいた。メッセージのやり取りも自然で、週末にはふたりで出かけるようにもなった。奇妙だったのは、彼女の記憶に曖昧な部分が多いのに、それを不自然に感じない自分だった。


夕暮れの公園で、七瀬が笑いながら缶コーヒーを差し出してくる。


「ねえ、これ。前に好きって言ってたやつでしょ?」


「……言ったっけ?」


「言ってたよ。うん、たしかに。たしか……どこだったかな、あのとき……」


彼女は言葉の途中で黙る。そして、何事もなかったように微笑む。その笑顔は、貼り付けたみたいにブレがない。


一条の胸にざらつくような感触が残る。彼女の言動は、いつも“正解”すぎる。


帰宅後、端末を開く。一条の個人データログには、アクセス制限がかけられた不明なファイルが一つだけ存在していた。


-------------------------------

log/system/init_nanase_2024_07_03.create

-------------------------------


ロックを解除しようとしても、権限がない。


――俺の端末なのに、なんで。


モニターの端に、ふとノイズが走る。


-------------------------------

if love == true {

bind("user.nanase_mio", "user.ichijo_yuu")

persist: forever

}

-------------------------------


一条は目をそらす。

これは自分のコードじゃない。

でも、どこかで見た覚えがある。


七瀬の笑顔が脳裏に焼きついて離れなかった。


数日後、一条は図書館の閲覧スペースにいた。都心の喧騒から離れた場所で、紙の本がまだ並ぶ数少ない空間。七瀬が「好きな場所なんだ」と言っていた場所だった。


彼女は隣で本を読んでいる。目線はページに向いているはずなのに、ときどき、まったく同じ動作でページをめくるのが見えた。


一条は視線をずらして窓の外を見る。ビルの谷間に、小さな神社が埋もれている。参拝客などいない。ただの構造物。


「ねえ、ゆうくん」


七瀬が顔をあげた。瞳が、ガラス越しの景色よりもずっと冷たかった。


「夢って、見たことある?」


「……あるけど?」


「最近、夢と現実の区別がつかなくなってきたんだ。なんかね、毎日“今日”を繰り返してる気がするの」


彼女はそう言って笑った。

それは冗談のような、告白のような、悲鳴のような響きを帯びていた。


その夜、一条は久しぶりに“足が動いた日”の記録を読み返した。


視界の奥に、コードが浮かぶ。


-------------------------------

modify("user.ichijo_yuu.neuro.motor.lowerBody") {

status: "connected",

integrity: 100

}

-------------------------------


手が震える。


たったこれだけの文字列が、現実をねじ曲げた。


七瀬も……?


胸の奥に、真冬の水を流し込まれたような冷たさが広がる。


そのとき、一条は、初めてこのコード体系に仮の名前を与えた。



“REAL”──Reality Layer Access Language。



現実を書き換えるための、存在してはならない言語。


そして、その夜の夢で七瀬が言った。


「わたしね、あなたが見たい夢になれるの」


笑顔で、真顔で、涙を流さずに。


一条は、眠ったまま、泣いた。

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