雨森 鍋パをする
雨森とAとB。
いつもの仲良し三人組が雨森の家で鍋パを開催。
普段の学校でのやりとりとはまた違う、休日を過ごす三人のお話。
金曜日。雨森は自宅でこたつを組み立てているところであった。
雨森は一人暮らしを始める際に、母親の勧めでテーブルを買うならせっかくだしこたつにしなさいと言われ、言われるがままこたつを買ってもらっていた。だが高校生になり三年が経つが、三年間の間一度もこたつが活躍することがなかった。そもそもデスクがあるが故にテーブルすらも組み立てることがなかった。
そんな日の目を浴びたことのないこたつを、なぜ今更組み立てる気になったのか。それは今週の月曜日に言われた言葉がきっかけだった。
「雨森って家にこたつあるっけ?」
そう言い出したのはBだった。突拍子のない発言にも聞こえるが、その時の話の前半は鍋パを雨森の家で開催するという内容。その話の流れで、Bは聞いてきたのだった。
「あったっけな・・・いやあるわ」
「マジ?じゃあこたつに入って鍋パできるじゃん!」
雨森は実際こたつは持っていたが、Bにそう言われるまで自室にこたつが眠っていることなんて頭の中になかった。そして正直にこたつがあると答えたのを少し後悔もした。なんせ組み立てるのが面倒だった。そして組み立てるということはまた押し入れに仕舞わなくてはいけない。そんな期間限定の労働が少々面倒だと思ってしまった。
しかし、Bはこたつに入れると決まった瞬間から先ほどよりもテンションが明らかに上がっており、ここでこたつを拒否してしまうのは可哀想な気もした。それに同じ話に参加していたAも「初めてこたつに入る」と二人して完全にこたつの虜のなってしまっていた。
そんなことがあり、土曜日にAとBが来ることに備えて雨森はこたつを組み立てていたのだ。とは言っても雨森は一人暮らしなため、家族用の大きなこたつではなかった。それが幸いとなり、雨森が脳内で想像していたものよりも簡単に組み立てが終わりそうであった。
「あとは、こたつ用の布団と天板を乗せて終わりか」
一人暮らしサイズといってもいざ組み立てると、部屋の中で大きな存在感を放っている。そして冬全開といった様子になった。使ったことはないが、コードが劣化して使えないと困るので一旦繋げて暖かくなるか様子を見ることにした。コンセントにコードを挿し、それっぽくこたつの中に下半身を入れる。この時点で雨森は軽く汗ばんでいた。酷い運動不足なせいで、ちょっとした慣れない動きで簡単に汗を流してしまう。組み立てている途中に着ているパーカーが途端に暑くなり、脱ぎ捨てた。なので今雨森は半袖のTシャツ姿でこたつに入っていることになる。先ほどまでは動きながらの組み立てだったため、半袖でも問題なく過ごせていたが、だんだん汗が乾いて背中辺りがひんやりとしてくる。雨森が明日AとBが来るのに風邪をひいてしまっては困ると、脱ぎ捨てたパーカーをもう一度拾いに立ち上がり、羽織りながらこたつの中に片手だけを潜らせると、明らかに部屋の温度よりも布団の中が暖かくなっていることに気がついた。よかった、コードは無事に機能してくれた。そう安堵し、雨森の任務は完了した。
「BとAだよ、開けてー」
「はいはい」
こたつを組み立てた次の日の土曜日。AとBは約束していた通りの時間に雨森の家にやってきた。外は雪が降っていたのか、二人の頭のてっぺんや上着の肩のところが若干濡れていた。
「これうちから持ってきた土鍋!」
「重いのにありがとね、寒いから二人とも入んな」
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
Bが持ってきてくれた土鍋を抱えながらキッチンに置きに行く。家に入ってきた二人は、過去にも雨森の家に来たことがあるので上着を邪魔にならない場所へやった後に、手洗いうがいをする為に二人で洗面所へ入って行った。AとBがそうしている間にハンガーを二つ取り出し、二人分の上着をハンガーラックにかける。
「あ、上着ありがとう。これ、うちのお母さんが作ったケーキなんだけど・・・あとでみんなで食べないかなって」
手洗いうがいを済ませたAが保冷バッグから取り出したのは、三個のケーキだった。Aの母はお菓子作りが趣味なため、こうして雨森達に振舞ってくれることがあった。クオリティも高く、味も最高に美味しいため雨森とBは喜ぶ。
「めっちゃ美味しそう・・・!絶対食べよ」
「いつもありがとね、冷蔵庫に入れておくよ」
ケーキの入った容器を受け取り、冷蔵庫へとしまう。容器の中を確認すると、今回のケーキはチョコタルトのようだった。雨森はチョコが好きなため、心の中で大きくガッツポーズをした。
「ケーキ見たらお腹すいちゃった。もう作らん?」
「いいよ、と言うかもう昼だしね」
雨森はエプロンを用意して身につける。律儀にもAとBまでエプロンを持参していて、側から見たらまるで調理実習の様だと雨森は思った。
「みんなエプロン持ってきてるの偉すぎる」
Aは自分の持ってきたシンプルなエプロンを身につけながらそう言い、笑っていた。Bも意気揚々と自分のバッグからエプロンを取り出し、身につけ始めた。
「えまってごめん、すごい見覚えのあるエプロンなんだけど」
雨森はその既視感から思わずBの動きを止める。
「私もめっちゃ・・・なんか懐かしい感じがすごい」
「え?このエプロン?」
「うん・・・」
「これ小学校の家庭科で作ったやつ」
そのBの発言を聞いてAは盛大に吹き出した。
「やっぱちっちゃく見える?」
「ごめんごめん、馬鹿にしてるんじゃなくて。いまだにそれを普段使いしてる人初めて見たからびっくりしちゃって」
Aは口で謝りながらも、息も絶え絶えにそう言い訳した。雨森の感じた既視感はそう言うことだったのか。みんな一度は作るやつだからかと納得した。雨森は確かその授業でドラゴンが大きく描かれたエプロンをチョイスして作った記憶まで蘇った。
「なんか雨森とAのやつオシャレじゃね?」
「や、そっちのが斜め上すぎるかな・・・」
「そう・・・?これ作った時死ぬまでエプロン買わなくていいじゃんって思ってたからさ」
「その一枚に色々託しすぎじゃない?」
エプロンでこんな懐かしさを急に味わらせられるとは全く思っていなかったが、ようやく鍋作りに取り掛かることにした。食材は事前にAと雨森で買い出しに行っていたため、冷蔵庫から買ってあるものを取り出していく。今日の作る予定のものはキムチ鍋。雨森は切って欲しい食材をBに手渡し、Bが洗った野菜をAが切っていくと言う流れだった。一通り渡し終わった雨森も野菜の洗う工程に参加し、三人で雑談を交えながら調理をしていく。
「C組の松井って絶対あやちゃんのこと好きだよね」
「それよく言うけどさあ、Bしかその噂立ててないよ?」
「いやだってあんな頻繁にうちらのクラス来るのがおかしいじゃん、しかも毎回あやあやって」
「あやちゃんだって別に嫌がってないんだからいいんじゃないの」
「てかその二人双子だし」
「え?」
「え?」
一通り食材は切れたので、雨森は火をつけておいた鍋に具材を入れていく。ここからは肉や野菜に火が通るのを待つ時間になるので、雨森が鍋の管理を任され2人はリビングへと一度出て行った。カウンターから見える位置にいるBが雨森の部屋の壁にダーツボードが飾られているのを発見し、「これやってもいい?」と聞いてくるので「いいよ」というと、デスクの上にあったダーツを三本持ちダーツボードに向かって構えた。
「なんか部屋にダーツボードとか、しゃらくせえな」
Aがニヤニヤしながらこちらへと投げかける。
「中学の同級生が誕生日にくれたんだよ・・・」
雨森は聞こえるか聞こえないかわからない声量でキッチンで答えた。
「見て!一つだけ刺さった!」
「二つは届かなかったんだね」
「もう一回やるわ」
Bは床に落ちたダーツを拾い上げ、視線をまた壁に移して不思議そうな顔をしだす。その視線の先には一枚のポスターが貼ってある。そのポスターには直筆と思われるサインまでされており、真ん中に大きく女性アーティストらしき人が写されていた。
「ねえ雨森ー、これ有名な人?」
「どれ?」
「このポスターの女の人!」
鍋の蓋を開けてそろそろリビングに持って行こうかとミトンを手にはめていた雨森は「ああ」と声を出す。
「最近やっと有名になってきた人かな」
「へぇ!」
「きっとAとBも知ってる曲あると思うよ。」
そう言うと、Bは「なるほどなあ」なんて全くこの話には興味がありませんと言うようにまたダーツボードに構えていた。
「それもうできた?」
「うん。できたからそっち持って行こうかなって」
「OK。テーブルの上片付けて箸とか皿とか並べるね」
Aが鍋の確認をしにきたあと、そう言ってキッチンから再びリビングへ戻っていく姿を見て、雨森はコンロの火を消そうと屈んだ時だった。リビングから二人の重なった声が聞こえたのだ。「あ」とその一言だけだったが、雨森はきっとたまたまダブルブルにでも矢が刺さったのだと思っていた。そう思いながら雨森は鍋の取手を掴み持ち上げようとする直前。一瞬顔を上げた視線の先にいた2人は、明らかにやらかした顔でこちらを見ていた。
「え、なに?」
「ほんとごめん」
「なにが・・・?」
「ごめんね」
「普通に意味わかんないんだけど・・・?てか鍋持っていくからそっちいくけど」
そう言うとBはあたふたしだす。なんだ?イタズラでも仕掛けているのか。雨森はリビングでなにが起こっているかなんてわかりもしないので、お構いなしに鍋をこたつの上へと運ぶ。Aは鍋敷をこたつにセットしながら必死に笑いを堪えている様子だった。そんな真逆な2人の態度に余計雨森は混乱していた。
「雨森・・・」
「ほんとにどうしたの」
「ちょっとこれ見て・・・」
鍋の蓋を開け、片手に熱々の蓋を持ったまま雨森はBの言う方を見る。
「ミミナちゃんの目が!!!!!!!!!!!!!!」
雨森はBの指す方を確認し、今日イチの大声を出した。なぜならポスターに写っているミミナちゃんの綺麗な右目に矢が刺さっていたからだ。雨森はショックのあまり持っていた鍋の蓋を足に落とし、「い゛った!!!」と叫びその場で文字通り崩れ落ちた。その姿を見たAがとうとう我慢の限界を迎えたのか声を出して笑い始める。
「色々と大丈夫じゃ無くなっちゃった・・・私のせいだ・・・」
「面白すぎて肋軋んだんだけど」
「雨森マジでごめん」
Bはしょもしょもとその場で立ち尽くし、居心地悪そうにしていた。雨森は足からくる激しい痛みと、大切なポスターに画鋲以外の、よりによって眼球に穴が空いている事実も混ざって頭の中がカオスになっていた。
「それ・・・直筆限定ポスターなんです・・・」
「でもよりによって目に刺さるってすごくない?」
「この場合何点・・・?」
「うーん、200点」
「やったー!」
「ふざけんな!マイナスだよマイナス・・・」
AはBにすこぶる甘い。しかしやっと痛みが落ち着いてきた雨森も、自分があんな場所にポスターを貼っていたのも悪いと言うことでなんとか落ち着きを取り戻した。
「いや、雨森も悪いからもう謝らなくていいよ。鍋食べよっか・・・」
「クヨクヨしててもしょうがないし食べるか」
「切り替えの早さすごいな・・・」
Aはそう言い切ったBにまた大笑いし、こたつの中へと入った。切り替えが早すぎるBもこたつに入り「あったけぇ!」と喜んでいた。雨森はなんか足とか心とかも痛い気もするが、AとBが念願のこたつを喜んでくれたことに安心していた。
「じゃあいただきます」
「いただきまーす!」
AとBはそう宣言し、トングやお玉を使って鍋の中から具材を取り分け始めた。Bは好き嫌いが多いため、何種類かの野菜を入れない代わりに最後はラーメンを入れて食べることになっている。三人ともラーメンは大好きなので結果オーライである。
「鍋とかいつぶりだろう」
「Aの家ではそんなに鍋とかしないんだっけ?」
「二人暮らしだから全然しないかな」
「好きなだけ食べていいからね」
「ありがとう」
雨森もAからトングを受け取り、自分の分を器に入れていく。熱い湯気から香るキムチ鍋のスープの香りに、足の痛みもすっ飛びすっかり空腹感に支配されていく。キムチ鍋にして正解だったかも知れない。今日は雪もちらついていたようだし。雨森はそう思った。三人とも辛い食べ物はそこまで得意ではなかったが、白菜や肉の味で辛さは中和され、大変食べやすいと感じた。
「なんか、理想の冬のご飯って感じするわ」
「めっちゃわかる」
「毎日これでもいい」
AとBにとってもこの鍋は好評だった。辛いものでガッツリと腹を満たした後には、Aの母が作った甘いケーキも待っている。全てが完璧に感じられる食事。
「確かに毎日これでもいいかも」
雨森もBの発言に同意した。ただ、辛い鍋にこたつは少々暑すぎるかも知れない。案の定雨森以外の二人は着ている服を掴んで扇ぎ出した。雨森も羽織っていたジャージを脱ぐ。昨日のこたつ組み立てスタイルに戻って食事を続けていると、Bが雨森に羨ましいと言う感情の目を向けていた。
「雨森半袖じゃん!いいなあ。私も半袖持ってきたらよかった・・・」
羨ましいと感じていたのは雨森の服装のことだったらしい。実際雨森は今半袖に切り替えたことで、下半身は暖かく、上半身で熱を逃している状態だ。だが、本日のBの服装は上着を除いて上半身はニットのセーターのみ。きっと本当に暑いのだろう。
「雨森のでよければ半袖貸してあげられるけど」
「いいの?でも汚しちゃうかもしれないしなぁ」
「汚れても別にいいよ、Tシャツ屋さんかなってくらい持ってるから」
Bにそう言いながら、雨森は自室のクローゼットを開けた。そして比較的汚れの目立たなさそうな柄と色のものを選び、Bに手渡した。
「マジでありがとう!着替えてくる!」
「Aも着替える?こう言うのでよかったら」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて・・・」
Aもモコモコとしたトップスを着ていたため、雨森のTシャツを渡すと喜んで受け取り洗面所へと移動していった。
引き続き鍋をよそっているといい感じに鍋の中に空きができそうだったため、ラーメン作りに取り掛かれるよう雨森以外の二人の器にも少し具材を入れ、また鍋をキッチンへと運んだ。
「服ありがと!めっちゃ楽だわ」
「ほんと?よかったよかった」
「あ、もしかしてラーメン作る?」
「うん。もう作っちゃおうかなって」
「イェーイ!!」
二人は雨森とは服の好みが全く違うため、雨森の趣味の服装で雨森の家にいることがなんだかおかしかった。二人はまた自分の座っていた場所につき、器の中の鍋を食べ始める。
「次からこうやって鍋パするときは着替え必要だね」
「それな!雨森がTシャツ貸してくれてよかった〜」
「でもなんかさ・・・」
「ん?」
「やけにいい匂いしない?この服」
「え?・・・ほんとだ」
「しかもさ、タグ見たらSサイズって表記だった」
「雨森肩幅あるからSは着れないって前に言ってたよね?」
「うん・・・。なんかこう・・・」
「女?」
「・・・」
「・・・」
いい感じにラーメンが完成に近づく。普段自炊なんて全くしないが、今日の作った料理は簡単だったのかうまく作ることができたので、思わず自分は料理ができる人間のように感じてしまう。そんなことを考えているうちに、ラーメンが食べ頃になったのでミトンを手に着けて再びリビングへと運んでいく。雨森が二人の近くにきた際に少し二人が驚いたような顔をしていた気もするが、今は割と気にならなかった。
「お待たせ、どう?めっちゃ美味しそうじゃね?」
「ほんとだ!ラーメンにして正解だったね」
Bは小柄なのによく食べるため、先ほどたくさんのキムチ鍋を食べたにも関わらず、目を輝かせていた。
「熱いうちに食べよう。先とっていいよ」
「じゃあとっちゃお」
「なんかさっきやたら静かだったけど何話してたの?」
一瞬Bのトングを動かす腕の動きが止まる。しかし瞬きをすれば動きは再開し、少しだけ気まずい空気が流れ出す。二人はなんてことないですよなんて顔をしているが、雨森は人の顔色に敏感なためその空気を逃さなかった。
「内緒」
「なんだそれ」
Aが微笑みを作りながらそう言った。三人の中にも秘密というのはあるが、こんな場面で内緒と言われたということは、きっと雨森には踏み込みずらいことの会話でもしていたのだろう。全部雨森の想像でしかないが、そういうことにしておく。
「女の子には秘密があるんです〜」
「雨森も女だけど・・・?」
「あるんです〜」
「誤魔化すの下手だな」
Bの調子のいい声のおかげでなんとか気まずい空気は軽くなった。
ラーメンも綺麗に完食し、三人で洗い物を片付けることにした。
「鍋と皿と箸だけだし二人は休んでてもいいよ」
「なんでよ、手伝わせてよ」
「お客さんだし」
雨森は人に気を使いすぎるところがあると、よく二人に嗜められることがあった。そして今も案の定二人は「あのさあ」と言った顔をしていた。結局二人は雨森の言葉を無視し、3人で洗い物を始めた。洗い物をしながらもおしゃべり大好きなBは相変わらずあのクラスの誰々は〜だとか、あの先生は〜などと会話を無限に喋り倒していた。
「佐々木先生ってさ、絶対お気に入りの生徒がいると思うんだけど」
「そう?でも佐々木先生ってほぼ生徒と話さないじゃん」
「うちのクラスのそうまと仲良いの知らん?」
「知らないなぁ。あの先生がそうまみたいな陽キャと仲良いのが想像できん」
今の二人の話題は数学の佐々木先生と同じクラスのそうまの話らしい。
「よく佐々木先生のとこいってくる!って休み時間いなくなるじゃん」
「日直の時だけじゃないの?」
「いっつも言ってるって!」
「あの二人親子だもんね」
「え?」
「え?」
洗い物は結局、雨森の手で片付いた。
食後のデザートを忘れてはいけない。
食後特有のだるさと、満腹感からくる眠気を振り払い雨森は冷蔵庫からAの母が作ってくれたケーキを取り出す。
「そのケーキ試作だって言ってたから美味しくなかったらごめんってお母さんからメッセージ来てたわ」
きっとその心配はないだろう。ショートケーキからクッキー、フィナンシェまで色々な手作りお菓子を食べさせてもらってきたその経験がそう言っていた。
雨森の家にはちょうどいいサイズの皿は存在しない。そのため、とても大きなお皿かとても小さいお皿のどっちかになってしまう。迷った挙句雨森が選んだのは大きなお皿だった。そのお皿一枚一枚に丁寧にケーキを乗せていく。お皿がデカい結果、まるでコース料理のデザートのような見栄えになってしまったがそれはそれでいいだろう。
「お皿に乗せたから自分の持っていっていいよー」
「わー・・・ほんとにこの皿であってる?」
「ケーキが小さいのか皿がでかいのかわからんって」
「ごめんけど皿がでかいんだわ」
やはりお皿について言及されてしまったが、アルミホイルやラップじゃないだけいいということにした。
「Aのお母さんいただきまーす!」
「感想聞いて来てって言われてるから感想よろしく」
「美味しい!そこまで甘くなくて食べやすいし、これ甘くないよね?え?甘くないチョコですよね?甘味が薄くて、薄いって言い方ダメか。程よくて、これビターですよね?私の発言が間違っていた場合こちらまでご連絡ください」
「食レポ下手すぎん?」
雨森が食べ始める前のBの感想にいろんな意味で心配になったが、雨森もケーキを口に運んだ。
「どう?雨森」
「あ、ほんとに甘さ控えめだ。めっちゃ食後にちょうどいい味で好きだわ」
「これくらいシンプルでいいんだよ感想なんて」
「なんならちょっと気が動転してたじゃん、プレッシャーにやられて」
Bは出会った初期からAの母は怖い人だというイメージがあるからなのか、その人から感想を求められていることに気が動転したようだった。そう思うのも仕方のないことだと思う。実際Aの母はちょっと怖い。
予想通り美味しく食べられたケーキを完食した結果、三人の胃袋は限界を迎えていた。鍋、ラーメン、からのケーキ。限界を迎えても無理はないラインナップだ。BはともかくAは普段あまりがっつり食べている姿を見ないため、今日全て完食した姿を見て若干感動もしていた。
その後もまた洗い物を済ませ、軽く対戦ゲームで遊んだ雨森たちの時間はあっという間に過ぎ、気がつけば帰りの電車の時間が迫っていた。
「あ、そうだTシャツ洗って今度学校で渡していい?」
「こっちで洗うから持って帰らなくていいよ。荷物になっちゃうし」
「いやいや、借りてるものは綺麗にして返したいから!」
「私も今度学校で返すね」
そう言ってAとBは着ていたシャツを畳んで自分らのバッグへとしまった。
「じゃあ今日貸してくれた土鍋も今度学校に持っていって渡すね」
「それこそ今でいいわ。学校に持ってこられるの恥ずいから今返して」
冗談を挟みながら二人は帰り支度を済ませていく。雨森はふと窓の外を確認すると、雪が降っていることに気がついた。AとBが今日この部屋に来た時も少し濡れていたのを思い出し、雨森は駅まで2人に傘を貸し自分も駅まで見送ろうと決めた。そう決めた雨森も厚手のジャンパーを羽織り、傘を二つ用意すると二人もちょうど家を出られる状態になっていた。
「あれ、雨森もこれからどっかいくの?」
「二人が駅に着くまで雨森もついていくよ。傘も必要みたいだし」
「そうなの?わざわざ申し訳ない」
「いいのいいの」
そう言って三人は雨森の家をでた。
無事に何事もなく駅まで辿り着いた雨森たちはその場で解散となった。
Bが抱えていた土鍋が少々重そうで気がかりだったが、電車の中なら荷物も置けるだろう。あとは二人が家に着いたと連絡をくれるのを待つのみとなった。駅で二人を見送り、雨森は二人に貸したTシャツのことを考えていた。
あんなシャツなんてもっと前に捨てて仕舞えばよかったと。
AとBの話していた予想は的中していた。
前回よりもかなりあっさりした内容になりました。
短いですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。