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雨森 ラブレターをもらう

高校三年生の仲良し3人組が、一通の手紙を読むお話です。

「あ、そういえば今日下駄箱に手紙が入ってたんだよね。」


 時間はその日のすべての授業が終わって、特に意味もなくいつもの3人で教室に残り世間話やらを駄弁っていた時だった。

 雨森の突然の話題にそれまで最近の広告は整形か脱毛ばかりだとか、赤点だったテスト用紙で焚き火をしようなどと話していた2人の視線が雨森へと集中した。雨森はただの呟き程度のつもりだったが、それを聞いた2人は腰掛けていた椅子を雨森の方へ向き直るように座り直した。

「下駄箱に手紙?もう読んだの?」

 最初に質問をしたのはAからだった。手紙を雨森はまだ読んでおらず、手紙と表現したが内容はなんてことない他の生徒からの伝言かもしれない。いや、もしその程度の内容だとしたらメモ用紙と表現していただろう。メモ用紙と口にしなかったのは、しっかりとした封筒にシーリングワックスで封がされていたからである。

 雨森は首を横に振りながら、通学カバンから実物を取り出し机の上に置いて2人に見せた。するとすぐにBが置かれた封筒を手に取り両面を確認する。

「下駄箱に手紙なんて、ラブレター一択でしょ。ワックスで閉じてあるし凝ってるね。」

 そういいながらBは封筒の厚みを触りながら確認した後、再び机の上に戻した。

 戻された封筒を今度は雨森が手に取る。シーリングワックスで封をされている面にも、裏面にも送り主の名前は記載されていなかった。

「ねえ、今ここで読みなよ。」

 Bがワクワクを隠しきれない表情で提案する。雨森から手紙の話題を出したが、少し開けることを迷っていた。きっと3人で読んだとしても内容をこの2人は茶化さないし、送り主に対して失礼なことも言わないと理解はしている。が、問題は自分の気持ちだった。自惚れているのは重々承知だが、こんなところが、こんな姿が、雨森のどこが好きだなんて書かれているのを読むのは、いくら親友以上に親しい仲の2人の前であってもやはり気まずい。というかシンプルに恥ずかしい。

 だが、ここで自分の気持ちを最優先にして「やっぱり帰ってから1人で読む」なんて言おうものなら2人は納得しないだろう。そしてきっと一週間は手紙についての話題で質問の嵐になることは明確だった。だったら今ここで話題にした自分の責任を持って開けるべきだと腹を括るしかなかった。

「そう言うと思った。・・・読むか。」

 雨森がそう答えると2人は待ってましたと言わんばかりに机に身を乗り出す。そして雨森はそっと派手に破けないように封を開けた。すると、中に入っていた便箋を引っ張った時に封筒の中から細長いものがポロッと机に落ちてしまった。それはカラフルな糸で編み込まれた紐。と言うよりミサンガと言った方が正しいものだった。

「可愛い色!これミサンガかな?」

 Aが机に落ちてきたミサンガらしいものを見て言った。そして触ってもいいか雨森に確認して許可が降りるとそっと持ち上げ、手のひらにのせて編み込まれた柄や編み方がどうなっているのかをよく確認し出した。Bも一緒になってミサンガを見ている。

「よく見たらただの糸じゃないものも編んである・・・。光に当てたら若干キラキラしてる気がする。」

「そういう糸も売ってるもんね。ラメっぽいやつとか!」

 手芸とは無縁な生活を送っている雨森はそう言うものがあるのかと感心した。2人がミサンガに夢中になっているうちに雨森は便箋が三枚入っていることに気がついた。はっきりとはまだ読んでいないが、文字がぎゅうぎゅうに詰めて書かれており、これは長くなるかもしれないと思った。そこでようやくミサンガの評論が終わった2人も便箋の存在を思い出したようで、お読みください。と合図を出した。

「あの、読みたいんだけど、あまりにも文字がギチギチに書かれてて。小さいし。」

「ハ⚪︎キルーペ持ってきてないの?」

「そもそも持ってすらないんだけどさ。」

 便箋がもう少しで鼻先に触れてしまうような距離でなんとか読むことができそうだ。そして一文字めからゆっくり読んでいく。

「『雨森先輩へ。人生で初めて恋文を書きます。なんだか緊張しますね。私は一年生のさちたやと申します。』」

「さちたや?雨森がつけたニックネームとかなの?」

「そんなニックネームの後輩はいないし、手紙にそう書いてあるだけ。」

 2人は一瞬頭が混乱したのか、お互いの目を見たがなんとか納得させたようにまたこちらに向き直った。そして雨森も少し混乱していた。先ほど伝えたように、自分の後輩にさちたやと呼ばれている、もしくは呼んだことのある知り合いがいないから。だが、続きの文章でさらに雨森は混乱することになる。

「『本名はさちと言います。先輩とお付き合いした際には私のことはさちたやとお呼びください。』」

「さちの願望かよ。」

「『先輩に恋人としてあだ名で呼ばれてくて、このあだ名は三ヶ月かけてやっと一つに絞ることができました。』」

「その三ヶ月はかなり無駄になってない?」

「さちにとっては有意義な時間だったんじゃない。」

「だって三ヶ月間の思考が自分のあだ名のこと考える時間だったんでしょ?」

「さちにとっては有意義な時間だったんじゃない。」

 Aは手紙のかなり序盤から考えるのをやめた様子でBに返事をしている。そして願望を書かれた張本人である雨森も先が思いやられる気持ちだった。雨森は冷静に、恋人同士の呼び名は結ばれた後に決め合うことではないのか?とも考えたが、一旦最後まで読むことに決めた。

「・・・とりあえず続き読むね。」

「今のところこっちは不安しかないけど。」

「いや、最後まで読んだらその気持ちも変わるかもよ。」

「なんでAはそんなにさちの気持ちを汲み取ろうとしてんの・・・?」

「『私は先輩と直接話したことはありませんが、先輩がとても思いやりのある人だと言うことは誰よりも理解しています。』」

「話したことないって書いてんのに言い切ったな。」

「実は過去に雨森に何かしらで助けられたとか?」

 Aはきっとフォローしたつもりでそう言ったのだろう。しかし、雨森にはさちという生徒を手助けしたことも、間接的であっても何かをしてあげたことはなかった。それなのにここまでさちという生徒が雨森に思いを寄せているのか。心当たりがなさすぎて雨森はさらに混乱していた。

「『先輩はいつも同じ2人の女性と話していたり行動していますよね。その優しさに私は感動したんです。』」

「この女性って絶対私らじゃん。いつもってことは気づかない間に私らのこと見てたんだね。」

「でも優しさって部分がよくわからないな。別に仲のいい友人と一緒に行動するのは変わったことじゃないし。」

「・・・。『あの2人は先輩にくっついて歩くことで周りにアピールしているとしか思えません。なのに先輩はそんな人たちに付き纏われても嫌な顔ひとつせず、相手しているのを見て、なんて器の大きい人なんだろうと、感激したんです。』」

 そこまで読むと、さち側に立って少しでもフォローしようとしていたAは途端に怒りを通り越して呆れたように姿勢を崩した。Bは読んでいる途中こそ何も口出しはしなかったが、ひと段落読み終えたそのすぐ後に机を叩いた。

「え、言い方悪いけど私たちって雨森の金魚のフンだと思われてるってわけ?」

「流石にこの書き方は自分もいい気にならないなぁ。冗談だとしても面白くない。」

「もうそんなの破いて燃やしちまおうぜ。」

 この文章は悪意の塊でしかなかった。雨森と友人2人の関係性も知らないくせ、なぜここまで書けるのか、雨森には到底理解ができなかった。恋は盲目というが、前提として恋をしている相手の友人に攻撃的になりさらにそれを恋をしている相手本人に書いたという事実が、さち自身の評価に影響しないと考えなかったのか。本当は2人の親友として、さち本人に直接物申したかったがそんなことをしたら友人2人が嫌がらせなどに遭うかもしれないと思い、アクションを起こすのは心苦しいがやめた方がいいと結論づけた。

「どうする?まだ読んだ方がいいかな。はっきり言ってここから自分が付き合おうってなるのは確実にないけど。」

「私もめちゃくちゃ腹立つけど、このミサンガがなんなのかがここまで来ると気になっちゃうんだよね。」

 文章のインパクトで完全に脳内から消え去っていたが、確かにこのミサンガがどういう意味で入れられていたのかわからないのは後々気になって煩わしくなりそうだった。

「じゃあ続き読んでいくね。」

「いいよ。一周回って楽しんでる自分もいるから。」

「『そんな優しい先輩に私も何かお手伝いをしたいと考えていました。』」

「でも話したことないんでしょ?面と向かって。」

「文章では積極的だけど、実際はシャイなのかね。」

「『ところで、先輩がいつも利用している学校の自販機の先輩が好きなサイダーが二つに増えたのはご存知でしょうか?』」

 これには雨森にも心当たりがあった。と言ってもさちに関する心当たりではなく、ただ単にいつからか雨森が好んで買っていたサイダーがもう一枠にふえていたことだが。というか今更になるが、さちという人物はどこまで雨森のことを一方的に知っているのかが疑問である。

「サイダー?あの雨森しか買ってないだろって言ってたやつ?」

「言われてみればふえてたよね。それがふえたせいで私のいちごみるくが消えたのはまだ納得いってないけど。」

 2人も当然雨森の好みは把握済みなので、その自販機のことは察しがついていた。そしてBがいうように、好みのサイダーが一つの自販機に二つに増えたことで本来の増える前にあったBの好きないちごみるくがなくなってしまったのだ。

「『実はあのサイダーが売り切れ状態にならないように、数を増やして欲しいと私が校長先生に直談判しに行ったのです。』」

「お前のせいだったのかよ!!!!!!!!!」

「いや待ってこの場合誰が悪い?」

「雨森に惚れたさちも悪いし、馬鹿正直に増やした校長も悪いし、さちを惚れさせた雨森も悪い!!!!!!」

「メチャクチャすぎる・・・。」

「変な伏線回収みたいになったって・・・。何も知らずに喜んでた自分が馬鹿みたいに思えるわ。」

 小さな親切大きなお世話すぎると雨森は思った。サイダーは好きだったが、そもそもあのサイダーは好きなのにこんなことを言うのはアレだが雨森しか買ってないと思っていたのに。もっと言ってしまえば酷評だったまである。それなのに雨森が在学中一回たりとも姿を消さなかったどころか増えたのは、今になって不審ではある。

「私のいちごみるく返せよ!!!!!!!」

「校長に直談判しに行ったらまた買えるようになるかもよ。」

 Aは姿を消したいちごみるくがこんな形で舞台から姿を消したことが発覚して、それがおかしくてしょうがない様子だった。現にAにとっては痛くも痒くもないのでギャグ漫画でも読んでいるようなことなのだろう。

「な、なんかごめん・・・。いやでもこれマジで自分が悪いの?」

「別に誰が悪いとかの話じゃないでしょ。思い切りが良すぎて行動力が半端ないさちがちょっと怖いって話じゃないの?」

 その通りだと思う。雨森だってさちに「あのサイダー好きだから増やしてくんね?」なんて頼んだわけでもない。ただたださちの決めたさちの行動に雨森とBが巻き添えを食らっただけである。

「アンガーマネジメントでなんとか落ち着いたわ。続きどうぞ。」

「アンガーマネジメントって本当に効果あるんだ。」

「『喜んでいただけましたか?』」

「あやばいまたキレそう。」

「全然効果ないのに言葉は効いてるじゃん。」

 そこからしばらくは感謝している姿が目に浮かぶとかなんとか、さらにBを煽ってしまうような言葉が並んでいたため、サイダーに関する内容が終わるところまでは声に出さず、流し読みすることにした。そして内容が次の話題へと変わったところでひとつ咳払いをして声に出しながら読んでいく。

「『そういえば先輩は学校の敷地内によくいる野良猫を可愛がっていますよね。』」

「うちの学校の敷地に猫なんて来るっけ?」

「あー・・・。実は穴場みたいな場所があって、穴場って言っても人がそもそも滅多に来ないだけなんだけど。そこによく野良が来てるんだ。」

「そうなんだ、全然知らなかった。そんな場所のことも猫のことも。」

「2人ともアレルギーだったり動物苦手だし、たまに1人でそこに行って撫でたりしてたんだよね。」

 さちのインパクトに3人とも慣れてきたのか、なんでそんなことまでさちは把握しているのかを指摘するものはいなかった。

「触れるってことは人懐っこい猫ちゃんなの?」

「うん。白黒の毛色だからうしちゃんって呼んでる。」

「あだ名までつけてんじゃん!溺愛してんなぁ。」

 わざわざあだ名まで2人に言わなくてもよかったが、脳内で可愛がっているうしちゃんの特徴を思い出した時に最近会ってない寂しさや、可愛いことを自慢したい気持ちで思わず口から出ていた。それに気がついて少し恥ずかしくなり、2人は猫に対して何も思ってない様子なのに誤魔化すように小さく咳払いをして続きを読み始めた。

「『確かうしちゃんって言うんですよね?』」

「怖い怖いなんで知ってんの。」

「うしちゃんの名前まで割れてんじゃん。」

「猫の存在を知ってるのは理解できるけど、2人にしか教えてないあだ名まで知ってるのはなんでなの?うしちゃんが自己紹介したの?どうも、雨森に可愛がられてるうしちゃんです。って?」

「想像したら可愛いな。うしちゃんの自己紹介。」

「和めねえよ。うしちゃんの心配が勝つわ。」

 まるでうしちゃんを人質にされて、その犯人からの脅迫メッセージのような書き方に雨森は恐怖しかなかった。正直言って今すぐうしちゃんの安否を確認しに穴場まで駆け出して行きたかったが、この時間はそもそもうしちゃんは学校には来ない。そして可愛がっている猫のことまで手紙に書かれ、先ほどから読んでいるさちの行動を踏まえて考えると続きを読むのは気が引けた。うしちゃんが先輩を独り占めしていて気分が悪いので市に通報しました。なんて書いてあったら立ち直れない。うしちゃんとの時間は雨森にとっての最高の癒しであり、唯一人が来ないオアシスだったから。

「おーい。大丈夫?」

「相当うしちゃんを可愛がってたんだね。そりゃあこんな手紙に書かれたら気が気じゃないよ。」

「あぁ、ごめん。続き・・・『うしちゃんのことを最近見かけなくなったことには先輩も当然気がついていると思います。』・・・。」

「最近学校に来てないんだ、うしちゃん。」

「実は野良猫じゃなくて飼い猫だったのかもよ?迷い猫だったけど、最近自分のうちに帰れたとか・・・。」

 2人にも雨森のうしちゃんに対する想いが伝染したのか、傷つかないようなフォローを入れてくれる。Bが言うように飼い猫だった可能性だって大いにある。それか里親的な存在の人が見つかって、拾ってくれたのかもしれない。これらはうしちゃんが幸せになっていると決めつけたただの妄想でしかない。今自分で動けることといえば、目の前にある手紙の続きを読むことだけだった。雨森は腹を括って続きを読み出す。

「『うしちゃんは私が責任を持ってお世話をすることに決めました。今も私のそばでゴロゴロ言いながらくつろいでいます。』」

「お前が拾ったのかよ!!!!!!!!」

「うしちゃんは家ができて幸せかもしれないけど、雨森の至福の時間まで奪うなよ!」

「え?寝取られたってこと?」

「ほらもう話変わってきちゃったじゃん。さっきの雨森の心配も返せよ。」

 一先ずうしちゃんは大丈夫そうなことに安心したが、果たしてさちは本当に雨森のことが好きなのだろうか。この手紙が終わるまでこのカオスから抜け出すことができないのか。サイダーの件に関しては、好きな人が喜んでくれるだろうという意図を汲み取れたが、うしちゃんに関しては雨森からしてみれば好きな人の幸せをひとつ奪ったようなものだ。可愛がってると知っていながらそれを自分のものにする。その意図を理解できなかった。

「うしちゃん・・・。まあ、流石に動物に酷いことはしないだろうとはわかっていたけど、雨森へのダメージはでかいなぁ。」

「でもあだ名つけといてよかったんじゃない?あだ名なかったら雨森の名前をそのままつけたりしそう。」

 Bの言う通り雨森も最悪なケースも考えてはいたが、読んでみてみればなんだこのオチは。所謂メリーバッドエンドというやつに似ている気がする。Aの言っていることはさちへの偏見でしかないが、そんなことはしないと完全に否定もできなかった。

「この短時間でただの紙切れに感情を動かされすぎてすごい疲れるんだけど?」

「それは私たちも一緒だから。」

 まさに感情のジェットコースター。ただの紙切れと言っても、文字にも相手の感情が載っているようなものだ。それを読むことで相手の思いを自分だけで咀嚼していかなければならない。それは当然大変であり、疲れる。

「なんかもう、うしちゃんが健康ならいいわ。多分もう一生会えないけど。」

「確かに会うのは今後厳しいかもね。時々うしちゃんが家から抜け出して学校来てくれるなら希望はあるけど。」

 雨森だけでなく、2人も内心うしちゃんを心配していたようでその緊張の糸が解けてやっと一息つけたようだった。

 少し本来のペースに戻れたところで、手紙はまだ続いていることに気がつく。時間も読み始めてからまあまあ経ってしまっていた。このままでは3人とも帰りが遅くなってしまう。だが、帰る事にして読むのを中断するのも嫌だった。なんとなく、読み終わらないままではこの紙は得体の知れないもののように感じて。

「時間もあれだし、さっさと読んじゃうね。」

「時間は気にしなくていいよ。でも早く続きは知りたいかな。」

「えーと・・・。『早くうしちゃんと私と先輩の同棲生活がしたいです。待ち切れないなあ。』」

「さちは自分が振られる可能性を考えてないのか?」

「高校卒業と同時に暮らし始めそうな勢い。」

「これさ、うしちゃんがさちの家にいることで雨森もうしちゃんに釣られて付き合えると思ってない?」

「だとしたら舐められすぎだろ・・・。」

 雨森はそこまで自分の人生について固執していない方だと自負していたが、猫一匹で人生を賭けてしまうようなことはしない。

「『そういえば、同封してあるミサンガは見ていただけましたか?』」

「きた!!ミサンガまでの助走長かったなぁ。」

「本題ミサンガみたいになってるけど、これ一応ラブレターだからね。」

 ラブレターというよりも怪文書。そう言いかけて口を閉じる。さちの肩を持つ訳ではないが、ラブレターはきっと書くのにも勇気がいることだろうし本人に渡すのもかなり勇気がいることだ。さちが書き慣れているなら話は別だが。

「『赤色の糸と、黒い糸、そして白い糸だけを使って作ったシンプルなミサンガを作ってみました。』」

「大人っぽい色合いで作ってくれてるんだ。」

「でも時々光に反射してキラキラしてる気がするけど・・・。真上に蛍光灯あるからそう見えるだけか。」

 デザインや色合いは派手なものではないし、正直にいうと好みな方だった。雨森は私服に選ぶ服は基本的に黒か白の二択で、ミサンガには赤が使われているので服の差し色にもなるだろう。

「『赤い糸は運命を表しています。私たちは結ばれる運命にあるので、ミサンガを結ぶことで物理的に結ばれますね。』」

「運命の赤い糸だってことで合ってる?」

「多分そういうことだろうね。物理的に結ばれようとしてるのが強引な気がするけど。」

 赤い糸は言葉としては存在しているが、目に見えないからこそのロマンというか。無粋なことを言っている自覚はあるが、赤い糸の説明を聞いても心は動かなかった。そして物理的に結ばれるというパワーワードが引っかかる。

「『黒い糸は死を意味しています。ミサンガが視界に入ることで、お互いが死ぬまでの時間を一緒に過ごせる幸せを強く意識させるために。』」

「パーソナルカラー診断?これ。」

「心理テスト受けてる気分になるわ。そして意味がしっかり重い。」

「普通に嫌でしょ。ミサンガ見るたびに死を意識するなんて。」

「死じゃなくて幸せを意識するんだよ。」

「どっちも怖えよ。」

 ミサンガは願掛けに身につけるものだと雨森は今日この瞬間まで思っていたが、どうやらミサンガとはそういうものではないらしい。呪詛を唱えながら作り、糸に宿った言霊が身に付けた人物を縛り付けるものなのか。そんなものが誰でも簡単に作れる時代になったのか。法律で禁止させるしかないのでは?

「『白い糸は結婚を意味しています。ウェディングドレスの純白を表現するために使用しました。いつまでも初心を忘れず、結ばれた時の気持ちを忘れないでいるために。』」

「さちに心当たりがない雨森からしたら、この手紙への感情が初心になるじゃん。」

「その気持ち忘れんなよ。」

「こんなの読んで気を確かに生きていける自信ないよ。」

 さちは雨森もさちもまだ学生にも関わらず、結婚する未来は確実なような書き方だった。そして結ばれることもまるで疑っていないように思える。手紙の序盤こそもし付き合えたら。なんて書いていたが、書いていくうちに色々抑えられなくなっていたのだろうか。

 そんなことを考えながら続きに目を通すと、どうやらミサンガに使われている糸が3色だけではないことに気がついた。

「他にも違う糸が使われてるみたい。」

「え、そうなの?みた感じ色はさっき書いてあった通りみたいだけど。」

「『これらの意味をさらに先輩に強く感じていただけるように、私の髪の毛を数本混ぜて編んでいます。』」

「本気で言ってんの?このミサンガお焚き上げに持って行こう。」

「扱いが因縁物になっちゃったよ。」

 この一文を読み上げると、友人2人は思い切り顔を顰めた。Aに関しては読み終わると同時に手に持っていた髪の毛入りのミサンガを机に叩きつけた。どこの誰かもわからない人物の体毛が編み込まれているのだ。当然話が変わってくる。雨森自身もミサンガの説明を読み上げたすぐ後に、ミサンガから距離を取るように座っていた椅子を机から離した。Bはスマホに向かって「お焚き上げ 近くのお寺」と音声入力を始めた。

「あのさ・・・、2人ともミサンガ見ながらキラキラしてるって言ってたけど・・・。」

「髪の毛が反射してたってこと?やっば!!!!」

「鳥肌がすごい。意味がわかると怖い話じゃん。」

 今時はラメのようにキラキラする糸が売られているのかと感心していた数十分前の自分に教えてあげたい。それ髪の毛だよ。って。そしてこの手紙を下駄箱から取り出して鞄にしまった時の自分を全力で止めたかった。だが全て時すでに遅し。この激ヤバなミサンガを雨森はどうすればいいのかわからず、頭を抱えた。仮に捨てたことがさちに万が一バレてしまったら、行動力の塊のようなさちはどんなことをするかわからない恐怖。それなら受け取ってしまった責任を持って家で大切に保管するしかないのか。全ての意味を知ってしまったこのミサンガと暮らすなんて雨森はきっとできないと思った。だからと言って、Bの言うようにお寺にでも持って行って事情を説明して対処してもらうべきなのか。雨森はそこまで大袈裟にするのも気が乗らなかった。ここまで考えた結果、ミサンガに対する解決策は完全になくなってしまった。

「まだ背中がゾワゾワしてる・・・。手紙って今ので読み切ったの?」

 Aがいまだに顔を顰めながら雨森に聞いた。雨森もミサンガの行く末を考えていて頭から抜けていたが、手紙は残りわずかで終わることにハッとする。

「後少しで読み終わる。この手紙を触るのも億劫なんだけど。」

「後少しならさっさと読んで処分しちゃおうよ。最後まで読まないで中断して処分したらなんか・・・。なんて言えばいいかわからないけど、よくない気がする。」

 Bの言いたいことはニュアンスで雨森にも伝わった。ここまできてホラーチックになってしまったこれらを不完全燃焼にさせるのは今後何らかの影響があるかもしれない。雨森は今日何回目かもわからずまた腹を括って読み上げることにした。

「『私の想いは伝わったでしょうか。伝わっていたら嬉しいです。』」

「急に普通のラブレターみたいな書き方になったな。」

「青春って感じするね。」

「どの辺が?この思い出は多分一生青春とは言わないけど。」

 ミサンガの衝撃を何とか打ち消そうと3人は必死にいつものペースに戻そうとしていた。

「『お返事は必要ありません。先輩がミサンガを身につけて学校に来たのを私が見た時に、正式に恋人として結ばれたと言うことになりますので。』」

「なんかの儀式に巻き込まれてない?ミサンガって表現してるけど実は儀式に必要な道具なんじゃないの?」

「もしそうだとしたらどこの窓口に相談したらいい?スクールカウンセラー?」

「校長じゃない?」

 返事を雨森から告げなくて良いと言うことに雨森は安堵した。雨森は手紙を読み進めながら、どう断ろうかについても頭を悩ませていたからだ。今読んだ部分をとても簡単に考えると、返事がノーの場合はただこのミサンガを今後身につけなければ良いと言うことではないのか。

「『これからの私と先輩の未来が輝いて見えます。最後まで読んでいただきありがとうございました。』」

「さちは振られる確率を宝くじが当たる確率ぐらいに思ってない?」

「はあ、長かったね。ツッコミどころしかなかった気がするけど。」

「つまりミサンガを今後自分は身につけなければ付き合わなくていいんだよね?」

「そう言うこと・・・なのかな?」

 これでもしも、雨森が明日からミサンガを身につけていないことに気がついたさちが逆上してしまうのはおかしい気もする。返事はいらないと書いてあるし。なので付き合うことは回避できることになるが、このミサンガはどうすれば良いのか。今一番厄介なのはそれであった。

「とりあえずこのミサンガは持ち帰るよ。」

「持ち帰ってどうするの?・・・って言っても、ここじゃどうすることもできないか。」

「しばらく経ってから頃合い見て処分するかな・・・。」

 髪の毛入りのミサンガとの共同生活に限界が来た時にでも処分しよう。結局そう言うことにして自分を納得させることしかできなかった。限界と言っても、一週間耐えられるか怪しいほどだったが。これがもし食べ物とかであれば、口にすることはなくても何となくの感想を伝えられるのに。消費期限もないアクセサリー、おまけに髪の毛入りは絶句して感想どころではない。

「まあ、そうするしかないか。」

「うん。それに返事はいらないって書いてあるから、そもそも手紙さえ読んでないことにだってできるだろうし。」

「確かに!」

 それに気がついた3人は明日から学校では今日の手紙については話さないようにしようと決めた。手紙なんて読んでいませんが?としらを切り通す。それで時効になればいいと考えた。うっかり口にしなければ穏便になかったことにできるのに雨森は安心した。クオリティー高く手作りしてくれたミサンガには悪いが、こいつも自分で早い事処分しよう。

「こんなに時間経ってたんだ。ごめん付き合わせちゃって。」

「全然いいよ。なんだかんだ面白かったし。」

「これで明日学校来た時に雨森がミサンガ身につけてたらもっと面白いけど。」

「関係ないからって遠慮なくいじり倒すじゃん。」

 3人は先ほどまでの恐怖の手紙のことを何とか楽しかった思い出として消化させようと、笑い話に変えつつ帰る身支度を始めた。外はすっかり暗くなっていた。雨森は空の様子を確認しながら机に広げたままだった手紙やミサンガを通学鞄へと押し込んでいく。そして3人とも身支度が終わったのを確認して、自分たちしかいなかった教室の電気を全て消して教室を出た。下駄箱へ向かっている途中で学年主任の先生とすれ違い、こんな時間までいるのはお前たちだけだと笑われた。3人も少し気まずそうに笑いながら会釈をして横を通り過ぎる。学年主任もまさかこの3人がラブレターを読んでこんな時間になっていたとは思わないだろう。そして一年生の1人の生徒がミサンガに自分の髪も編み込んでいることも。下駄箱へ向かっていくにつれ、廊下が冷たい空気に変わり外が冷え込んでいることがわかった。こんな時間になってしまったせいで2人が風邪でもひいてしまったら雨森は自責の念に襲われるだろう。そんなことを考えながら、雨森より先に靴を履き替え外に出ていた2人に目をやると、手を繋ぎながらくっついて雨森が出てくるのを待っていた。

「遅い!こっちは生脚なんですけど!」

「ごめんごめん!お待たせ、帰るか。」

 息は白く、3人はピッタリとくっつきあいながら帰っていった。






「ん?この教室だけ扉が開けっぱなしじゃないか。」

 学年主任は先ほどすれ違った3人のクラスの前でそう呟いていた。

「あの3人組だな・・・。」

 学年主任は大体の目星がついていた。このクラスで、最後に出会った生徒はあの3人しかいない。

「椅子もズレてる。・・・ん?落とし物か?」

 ずらされたままの椅子の下に何かが落ちているのを発見した。もしかしたらこのクラスの生徒がカバンにつけているキーホルダーかもしれない。最近の生徒はたくさんのキーホルダーを身につけている分、それらを落としてしまって職員室に確認しにくる生徒も多かった。

「またキーホルダーの落とし物か?・・・何だこれ、チェーンも何もついていないな。」

 そう呟きながら拾い上げたものは、よく見かける生徒がつけているような小さなぬいぐるみも、おもちゃのようなものもついていないただの編み込まれた紐だった。

「ミサンガか・・・?運動部のやつがつけてたのが切れたのか。」

 ミサンガは自然にちぎれた時に願いが叶うと言われているのを思い出す。

「身につけてたやつは願いが叶ったんだなあ。綺麗に編み込まれているが、これは処分でいいか。」



 雨森は後に帰宅しミサンガだけがないことに気がついたものの、人知れず勝手にミサンガが処分されたことに気づくことはなかった。

人生で初めて小説を書きました。

暇つぶしにでも読んでくださると嬉しいです。

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